第5話「美少女の休みは鰻で買える」
「おはよ、白山くん」
土曜日、午前10時。
寝起きでぼんやりとTwitterを巡回していると、唐突にチャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこには当然のように黑谷ちゃんの姿が。
白のブラウスにグレーのワイドパンツ、ベレー帽とだいぶ清楚系にまとめてきた感じで、ほんと見た目だけならクール系お嬢様というところ。
俺は小さくあくびしながら尋ねた。
「朝から何の用?黑谷ちゃん。俺、休みは家でダラダラするタイプなんだけど」
「じゃあ行ったらいるってこと?好都合だね」
「で、何の用?」
「実はパパから映画のチケットもらってね。折角ならどうかな、って」
「映画か……嫌いじゃないけど今日は気分じゃ──」
「白山くん、私良い鰻出す店知ってるんだけど」
「5分で準備するから待ってろ」
◇◇◇
現在時刻は13時過ぎ。
昼食を終えた俺達は店の近くを散策していた。
「あ〜ほんっと鰻って最高だわ♡マジで最っ高♡」
「ね、TS美少女が一番最初に見せるメスの顔が鰻ってどうなの?」
「しゃ〜ないじゃん♡美味しいんだから♡」
「……あ、精がつくってこういうこと?」
「まあいいや」と俺の手を取ったまま歩いていく黑谷ちゃん。
ちなみに奢ってもらった代価は恋人繋ぎだったが、まあ5000円の鰻と引き換えなら安いにも程がある。
俺は美味しい鰻が食べれて、黑谷ちゃんは俺と飯が食えて。
こんなWin-Winの例文に相応しいものなんてそうそうないだろう。
「どうする?この後。まだまだ時間あるけど」
「博物館、科博とかは……1日じゃ周りきれないか。ゲーセン行こゲーセン」
「ふふっ、良いよ。……あ、じゃあ後で面白い魔法見せてあげる」
「どんなやつ?」
「一万円をその場で両替出来る魔法」
「魔法って言えばなんでも許される感じだなマジで」
「正解。だいたいそういうもんだよ。ちなみに、十円玉とか五十円玉を百円玉に両替出来る魔法とかもあるけど」
「それはだいぶアツいわ」
「へえ、エヴァの赤保留くらい?」
「まだ15だろ」
◇◇◇
それからメダルゲームやって、結局国立博物館にも行って、フードコートで晩ご飯食べて、気がつけば時刻は20時過ぎ。
銀だこを頬張りながら「楽しかったね、デート」と笑う黒谷ちゃんに何か言い返そうかとも思ったが、あんなに美味しい鰻を食べさせてもらった以上、今日のところはデートと言われたら納得するしかない。
俺は天丼を食べながら頷いた。
「そういえばそろそろ体育祭だっけ。白山くん、運動って出来る?」
「あんま。可愛げがある程度の出来なさかな」
「へえ、そうなんだ。ま、そんなデカメロンぶら下げてたら当然だね」
「黒死病やめろ」
「ふふっ、でも白山くんの楽しそうな顔もメスの顔も見れたから大満足かな。白山くんはどうだった?」
「俺も概ね大満足。あんな美味い鰻久々に食べたかも。……あ、でも1つだけ文句あるんだけどさ」
「文句?何?」
「映画、忘れてない?俺達」
「……あ」
そして一瞬の静寂の後、無駄になったチケットが彼女の手の中で燃やされ、灰になった。
「……映画、俺は来週とかでも良いけど」
「じゃあ、それで」
俺が言うと、黑谷ちゃんは嬉しそうに笑った。




