第4話「事実はWeb小説より奇なり」
「えっ、ちょっ、いや、あの……ちょっ……男?」
「あ、はい。この格好は好きでやってるだけなんで、身も心も男です」
まるで某アイドルゲーのカミサマのようなファッションに身を包んだままそう笑う氷室先輩。
俺は二度見、三度見、四度見とまるで挙動不審に視線を動かす。
「いや、男って……あの?いとこの子供同士の……」
「それ再従兄弟っすね」
「シチューを煮込む時の……」
「それコトコトっすね」
「じゃあ微生物の……」
「それミトコンドリアっすね」
「じゃあXY性染色体を持ってる……」
「あ、その男です」
「え、じゃあマジで……?」
……!
そうだ、黑谷ちゃんなら気付いて──
「?????」
あ駄目だ空のコップ一生飲んでる。
「待って。魔法って万能じゃないの?」
「いや私のチカラは万能だよ。でもアクティブスキルなの」
「え、パッシブスキルで良くない?万能なんだし」
「それだと某災難みたいになるけど」
「流石にそれはマズいか……」
「……?何の話すか?」
「あ、ううん、全然!全然こっちの話なので!」
待って。
マジで心の整理が追いつかない。
何が「可愛い上に付いててオトク」だ。
現実で食らってみろ、それどころじゃなくなるに決まってるだろ。
「えっと……取り敢えず、どういう経緯でそのファッションを……?」
「これは、その……何て言うんだろ……身内の趣味、すかね?」
あー、災難。
「あ、いや、大丈夫っす、憐憫。自分、今はだいぶ気に入ってこれやってるんで。ほんと、今年のバレンタインとかめっちゃ荒稼ぎしましたし」
「言い方アレすぎない?」
「自分、めっちゃ甘いもの好きなんです。だからほんと、バレンタインとか激アツイベントで……」
「あそっちか」
「チョコレート大好きなんすよ」と無邪気に笑う氷室先輩。
ほんとこの人、男の癖に全部可愛いな。
「そういえばひげとかどうしてるんですか?跡とか全然見えませんけど……」
「生まれつき、すね。マジでひげとかすねとか、そういうの生えたことないっす。だから余計に向いてるんすよ、こういう格好」
……!
っていうことはアソコも……!
「白山くん、これR-15すらついてないんだよ」
「あっはい」
そんなことを話していると、再び部室の扉が開く。
阿須加先生のご帰還だ。
彼女は戸惑いを隠せない俺達の様子に気がつくと「もしかして〜?」とニヤニヤ笑った。
「そうだよね〜、最初はみんなそうなるよね〜。氷室くん超美人だもん、声聞いても分かんないもんね〜」
「先輩達もでしたけど、阿須加さん、初見の時とんでもないビビり方してましたよね。ほら、トイレの前で両足同時に踏み出して派手にすっ転んだやつ」
「そんなこともあったな〜。あ、これ入部届だから、適当なタイミングで持ってきちゃってね」
そう言って俺達に紙を差し出す阿須加先生。
そうだ、そういえばこれが本題だった。
綺麗な部室、ゆるい雰囲気と目的はだいたい達成したはずなのに、それ以上の情報に脳が押し潰されそうになっている。
俺達はひとまずそれを受け取り、今日のところは退散することにした。
◇◇◇
「ねえ、白山くん。聞きたいことあるんだけど」
「何?」
帰り道、お茶でもしようと誘われてファミレスに入った俺達。
席に着くなり黑谷ちゃんはそう口を開いた。
「女装って楽しいの?」
「いきなりそれかよ」
「まあね。というか、白山くんも女装してるようなもんでしょ?身体は私垂涎もののわがままボディとはいえ心は立派に男の子なわけだし」
「まあ言われてみればそうだけど……でも自分に似合うコーデを着るってだけで楽しいだろ、普通に。俺だって絶世の美少女だからイヤーカフだの赤いカチューシャだの付けてるだけで、元の陰キャだったらこんな格好してないっつーの」
「へえ、案外まともなこと言うんだ。あなたのことだから「女装は男にしか出来ない最も男らしい行為」なんて言うかと思ってた」
からかうようにクスクスと笑う黑谷ちゃん。
それと同時に学校帰りにそれ行くか?というステーキプレートが運ばれてきて、彼女は嬉しそうにナイフとフォークを取り出した。
「じゃあこっちからも1つ質問良い?」
「良いよ。なんでも答えてあげる。文字通り、なんでも」
「一周回らず怖いんだけどそれ」
「ふふっ、冗談。それで、質問は?」
「いや、なんていうか……「魔法」ってどうなってんの?」
「それはSummaryの話?それともMechanismの話?」
「じゃあMechanismで」
「ふふっ、ダルい方聞いてくるね」
毒を吐きつつもガラス細工のような水色の髪を掻き上げ、バターの乗った分厚いステーキに齧りつきながら黑谷ちゃんは笑う。
黙っていればファンタジーのヒロインのような面をしているくせに妙に鋭い、獣じみた犬歯に思わずゾクゾクした。
「あれ、歯フェチ?女の子の顔だね、白山くん」
「……え、嘘」
「ふふっ、冗談。それで、魔法の話だっけ」
「そう。というかこの大科学時代に誰が魔法なんて信じるんだよ」
「でもあなたは信じたでしょ?」
「そりゃ校長の話止められるなら信じるだろ」
「単純。でもそういうとこも好きだよ」
彼女はくすっと笑って、それから少しの間を空けて言った。
「白山くん、自分の脳がどう動いてるかってちゃんと説明できる?」
「それって、ニューロンがどうこうとかの?」
「そう。自信ある?」
「……ないな、全く。俺文系だし」
「同感。でね、私の魔法もそれと同じなんだ。フツーに使いまくってるけど肝心の中身はほぼブラックボックス」
「つまり?」
「なんも分かんない」
「回答が無能すぎる」
「能力はあるけど」
「そういう意味じゃねえよ」
ともかく、俺はプリンパフェを頬張りながら考える。
どうしよう。
余計に理解が遠のいた。
……っていうか──
「じゃあなんで「魔法」なんて呼び方……?」
「だって、自分だけこの世の法則を一切無視した不思議なチカラが使えるんだよ。こんなの、「魔法」以外の何物でもないでしょ?」
「……あ、ロマンチスト的な?」
「正解。というか、そうじゃなきゃ一目惚れなんて信じないよ」
そう笑う姿は髪型も相まってまるで儚げ薄幸お嬢様。
最期は病室で笑顔でお別れするタイプのそれだが、当然中身は死んでも死なないであろう魔物ならぬ魔者。
まどマギで例えるならアルティメットまどかどころか能力的にはキュゥべえである。
「で、話を戻すんだが」
「へえ、逃がしてくれないんだ」
「マジで原理不明なの?魔法って。ほら、デメリットとかそういうのとか」
「……もしかして、白山くんも魔法使いたいの?」
「まあ興味があるかないかで言えば奇跡も魔法もあるんだよって感じだけど」
「駄目なやつだよね、それ。……まあ、正直に言うと調べるのは出来なくもないよ」
「え、じゃあ──」
「でもさ、それやるとジャンル変わっちゃう可能性あるんだ」
「……は?」
「ほら、魔法のギミックが分かるってことは私以外の魔法使いが万が一……億が一……京、垓……うん、阿僧祇が一で出てきちゃうかもしれないでしょ?」
「飛んだな単位」
「そしたらさ、あなたのTSとかラブコメ要素とかよりどうしても魔法要素が強くなって異能バトル路線に行っちゃうじゃん」
「何が?」
「ほら、異能バトル物なんて今の時代腐る程存在してるわけでしょ?それよりも変なラブコメの方が読者からは求められてるんだよ」
「黑谷ちゃんマジでずっと何言ってんの?」
「あの岡本太郎も言ってたよ。「同じことを繰り返すくらいなら死んでしまえ」って」
「その理論だと好かれるヤツほどダメになるだろ」
「ともかく、魔法を使えるのは私だけだし、私にも良く分かってないってこと。以上」
そう言って黑谷ちゃんは話を締め、残ったステーキをぺろりと平らげると「ごちそうさま」と手を合わせる。
「じゃ、行こっか。付き合ってくれてありがと」
「こっちこそ。それで、これ俺の分。2000円で良い?」
「いらない。もう会計終わってるし」
「え、なんで?」
「いいでしょ、少しくらいカッコつけても。折角のデートだったんだから」
「……え、はぇ……?」
「ふふっ、ほら、帰るよ。白山くん」




