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第3話「図書研究部の魔物」

「ね、白山くん。部活動って決めた?」



 入学式からも数日経ったとある日の帰り道、そんなことを俺に聞いてくる黑谷ちゃん。


 「偶然」にも同じマンションの同じ階に住んでいた俺達の通学路は当然の如く丸被りしていて、学校はおろか登下校の間もだいたい一緒。


 どうやら本当に俺は黑谷ちゃんから逃げられないようだ。



「あ、言っておくけど、おんなじマンションなのは本当に偶然だから。そもそもこのマンション、私のパパが建てたやつだし」


「へー。お父さん、建築会社でもやってんの?」


「そうだよ。私、社長令嬢だから。富裕層で、美少女で、おまけに豪運。そんな黑谷アメが「魔法」まで持ってるなんて、富める者が富む資本主義みたいだね」



 まあ胸は大貧m



「それちゃんと聞こえてるから」


「……で、なんの話だっけ」


「部活動。白山くん、結構勧誘されてたでしょ?」


「あ、その話か。マジでぜんっぜんまだだわ、決めんの。運動部は興味ないし、マネージャーとか絶対ブラックだし、文化部バリ飽きてるし」


「すごい注文だね。宮沢賢治?顔が良くないと許されない選り好みだよ、それ」


「なら許されんだろ。俺、絶世の美少女だから」


「ふふっ、そうだね。正直に言うと、私としてもあんまり部員が多いところ行かれて白山くんを取られるのも癪なんだ」



 「ちゃんと対策考えようかな」と少し目を瞑る黒谷ちゃん。


 それから数秒の間があって、「あ、良いとこ見つけた」と彼女は口を開いた。



「ねえ、白山くん。本って読む?」


「本?そこそこ読むかな。俺バリバリインドアだし」


「なら好都合。これは提案なんだけど、私と一緒に図書研入んない?」


「としょけん、って……図書研究会の図書研?」


「逆に聞くけど、白山くんはそれ以外の図書研を知ってるの?」


「じゃ、ほんとに図書研なんだ……っていうか意外。黑谷ちゃん、そういうの全く興味無いと思ってた」


「そう?私も読書くらいするんだけど?」


「じゃあ最近読んだ本は?」


「賭◯グルイ」


「マンガ入れんな」


「……まあそんなことは別にどうでもいいの。重要なのは、図書研はめちゃくちゃ都合が良いってこと。一応図書研究部だから部活動ではあるし、知名度低いから部員全然いないし、その上図書館内の部室は超綺麗。こんなに都合の良い選択肢、そうそうあるものじゃないでしょ?」



 まあ、それについては同意できる。


 この白山セイが今部活動に求めているのは、競い合い高め合う、好敵手と書いてライバルと読むような仲間ではなく、好きな時間に来て好きな時間に帰れる気ままな雰囲気と、ものすごく適当な脈絡ないおしゃべりにも付き合ってくれる先輩と書いてともだちと読むような存在。


 確かにそれを満たすならこの図書研究部というのはものすごく手っ取り早い提案だろうか。



「じゃあ決まりだね。明日の放課後でいい?」


「え、展開はや」


「当然でしょ。日常系ラブコメにとって一番重要なのはテンポ感なんだから」


「ならもう怪しいだろ」


「別にいいの。そんな細かいことなんて」



 そして丁度部屋の前まで到着した黑谷ちゃんは「ばいばーい」と軽やかな手付きで別れを告げ、広い部屋の中へと消えていった。



◇◇◇



 ということで翌日放課後、俺達は意気揚々と図書館へ。


 若い司書のお姉様に「入部希望です」と2人で伝えると、彼女は「まあ」と口を手で隠しながら驚いた。



「あらあら、いいの?入ってくれるのは嬉しいけど……一般的にイメージされるような青春が送れる場所じゃないわよ?」


「え、全然大丈夫ですよ?わたし達、そういうの求めてませんし。むしろまったりの方が良いかな〜、なんて!」


「そういうことなら歓迎するわ。手続きだけ済ませちゃうから……さ、こっちこっち〜」



 そう言って俺達を手招きする、司書のお姉様改め阿須加(あすか)先生。


 司書室の脇の少し暗い通路を進むと、そこには少し小さめの休憩室があった。


 元は会議室だったらしいが、全然使わなかったので物置代わりになっていたところ、図書研の部室として使われるようになったのだとか。


 内装はシンプルで、二人掛けのソファにテーブル、小さめのテレビに本棚などが割と綺麗に置かれている。


 図書館って言われてイメージするものとは結構違うようなラノベやマンガが詰め込まれているのは、どうやら阿須加先生が持ってきたは良いもののあえなく却下されてしまったやつ置き場にしているかららしい。



「あ、そうだ。阿須加先生、今図書研って何人くらい部員います?わたし達、入るんだったら先輩達にも挨拶したほうがいいですよね?」


「そんなかっちりしないで大丈夫。今までは高三の氷室くん一人だけだったんだから」


「わ、思ったより過疎ってる……」


「だから言ったじゃん、白山くん。「部員全然いない」って」


「そうなのよね〜。あ、ちょっと待ってて。書類とかだけ取ってきちゃうから」



 そう言って俺達をソファに座らせ、部屋を出ようとする彼女。


 丁度そのタイミングで部室の扉が開き、「おはざぁす」と少しダウナー気味で中性的な挨拶が響く。


 それからブラウンとブロンドのツートンなクラゲヘアが特徴的な、顔とスタイルの良い美人がひょこっと姿を現した。



「あ、おはよ〜氷室くん」


「……あれ、新入生……お客さんすか?先生の」


「お客さんじゃなくて入部希望の子。仲良くしてあげてね〜」


「……え、入部希望?マジで言ってます?それ。こんな場末の部活に?……あ、いや、自分も後輩が増えるのは嬉しいんですけど……って、取り敢えず自己紹介か」



 そして彼女……氷室先輩はテーブルの前で膝立ちになると、ソファに腰掛けた俺達と目線を合わせてから口を開いた。


 オーバーサイズの上着にオフショル、ショートパンツとサイハイソックスというファッションなのはどうやら高三は制服登校が免除されるかららしい。



「自分、氷室ツバキって言います。自分も半年くらい前に入ってきたばっかなんでまだまだなんですけど、これからよろしくお願いします」



 そう言ってぺこっと頭を下げる氷室先輩。



「すごく綺麗だね。あなたとは違うタイプだけど」



 こそっと耳打ちした黑谷ちゃんに俺もこくりと首を縦に振る。


 バッシバシにキマったまつ毛に、ぱっちり二重で柔らかくて大きな垂れ目気味の瞳。


 細長い手足に厚底込みで190近くはありそうな背丈と、俺とも黑谷ちゃんとも系統は違うが、間違いなく人の目を引く花のある美少女。


 それが氷室先輩の第一印象だった。



「それじゃ氷室くん、私が戻ってくるまで色々教えてあげてね。よろしく〜」


「あっ、ちょっ!?……すいません、あの人、結構自由なんで……」



 そんなことを言いながら部屋の隅にある、ホテルにあるタイプの冷蔵庫から麦茶を取り出す氷室先輩。


 彼女はそれをグラスに注ぎ、お菓子と一緒に私達の前に並べながら図書研究部について話し始めた。



「えっと……まず、「部」って付いてはいるんすけど、図書研究部は委員会みたいなもんです。活動内容も図書館の手伝いとかなんで」


「へ〜、じゃあ普段はどんなことしてるんですか?」


「そっすね、返却された蔵書を元の場所に戻したり、企画展示やったり、POP描いたり……本当に業務の手伝いっす。基本。まあ、全く忙しくはないんすけど」



 「だからもっぱらここでお茶してます」と氷室先輩はくしゃっと笑う。


 パッと見のダウナーな雰囲気とは違ってすごく無邪気な笑顔。


 美少女になって美少女に囲まれるとかマジで最高だな、人生。



「そういえば氷室先輩って図書研の前は何してたんですか?半年くらい前ってことは去年の夏くらいまでは別の部活だったってことですよね?」


「あ、それわたしもちょっと気になってたな〜」


「前はサッカー部いました。お世話になってた監督が引退されたんで、自分もそのタイミングで」


「へ〜、サッカー部か〜」



 確かにこのスタイルだったら体育会系でも大活躍出来るだろう。


 太ももも良い感じの太さだし。


 ……待てよ?



「ね、黑谷ちゃん。この学校って女子サッカー部あったっけ?」


「いや、記憶にないかな」


「……あ、言い忘れてました」



 そして麦茶を一口啜り、氷室先輩は言った。



「自分、男です。一応、れっきとした」



 ……。


 ……?



「……は?」

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