第16話「美少女の野望」
「やば、美術の補習で遅くなっちゃった……」
そろそろブレザーが暑くなってきた放課後、俺は保健室へ向けて急いでいた。
理由は簡単、今日がカウンセリングの日だからだ。
「すいません、穂村先生!」
「あ、白山くんやっと来た」
俺が大慌てで扉を開けると、そこには保健の先生はおらず、代わりにいたのは回転椅子に乗ってくるくるしている黑谷ちゃん。
穂村先生は何してるのかと聞くと、飲み物とアイスを買いに購買へ行ったと教えてくれ、それから2分くらいした後、実際にレジ袋片手に穂村先生は戻ってきた。
「おっ。なんだ、もう来てたのか、白山」
「あ、はい。ご無沙汰してます」
「いいいい、そういう堅苦しいの。どうせ適当にくっちゃべるだけなんだから」
そして「好きなの取って」と紙パックのジュースやアイスを机の上に並べる彼女。
俺がピノといちごミルク、黑谷ちゃんが雪見だいふくとマンゴージュースを取ると、穂村先生は「おっと、マンゴーはあたし狙ってたんだけどな」なんて言いながらアイスボックスとミックススムージーを回収した。
「っとまあこんな茶番はさておいて……今週も聞かせてもらおう、あんた達の話」
改めて、黒髪ショートカットメカクレの彼女の名前は穂村ミツキ。
この冬ヶ丘学園の養護教諭……保健の先生の1人で、そして数少ない俺がTS症患者ということを知っている数少ない存在でもある。
入学してから週に一度、こうして放課後にカウンセリングという形でTS症患者としての日常やら学校生活やらのあれこれについて報告したり相談したりとお世話になっているわけだ。
ちなみに黑谷ちゃんがいるのもこればっかりは真面目な理由で、俺のことを一番よく見てる友人枠としてヒアリングの対象となっているからである。
「って言っても、今週も別に平常運転ですよ?ようやっと女子トイレも慣れてきましたし、女風呂だって挙動不審にならずにいけるようになりましたし……」
「お風呂はちょっと微妙だよ。まだ視線が逃げ場探してる」
「黑谷ちゃん?」
「あっはは、了解了解。取り敢えず美少女ライフは満喫してるみたいで安心。その様子だと新しい疑問とかも無い感じか?」
「あ、いや、その……一個だけあって……」
「お、いいよ。聞かせてみ」
「……、……生理って、この先来たりします?」
意を決して口を開くと、穂村先生は真剣な顔で答えてくれた。
「ああ、来るさ。絶対来る。……もう少し詳しく話すか」
そう言ってパソコンを開き、TS症に関する資料を見せながら穂村先生は教えてくれた。
「TS症は外見の変化こそ数日、顔にいたっては数時間で変わるんだが、内臓とかになるとそうはいかない。内臓全てが適応するのは平均して5年、その中で一番最後に来る変化が妊娠にまつわる機能だ。それまでは卵巣はTS症を進行させる特殊なホルモンを分泌する役目に集中して卵子を作らないからな。白山の場合は進行も適応も早い、大学に上がる前にはTS症による変化も止まって初潮が来るだろう」
「そうなったら、俺の身体は完全に女の子ってことですか?」
「そうだな。そういうことになる。今だって治療方法は存在しない、それこそホルモン注射によって症状を遅延するくらいだが……そうなったら性転換と整形を併用するくらいしか元の身体に戻る術はない。まあ、逆に言えばそのような手段はまだ残されている。もし白山が望むならあたしの方から紹介状を書いても良いが……」
「あ、いや、むしろ逆っていうか、それを望んでたっていうか……」
流石にそろそろ言うべきかと、俺はTS症に罹って以来誰にも打ち明けていないそれを打ち明けた。
「……俺、将来絶対子供欲しいんです。だからTS症だと生理来ないとか、子供産めないとか……そういうのあったら、絶対やだなぁって……」
「そうだったのか。……大丈夫。そこは安心してくれ。まだ実際に妊娠・出産を行ったという例は無いが、検査によってTS症患者の卵子や子宮も一般的な女性のものと同等以上の性機能を持つと明らかになっている。もしかすると、白山が初めての実例になるかもな」
「あ、そうだったんですね。……よかったぁ」
思わず声が漏れる。
そして「聞きたかったのはこれくらいなので」とお礼を言いつつ頭を下げると、穂村先生は「どうやら、有意義な時間にはなったようだな」と微笑んだ。
「黑谷も大丈夫か?何か気になったことなんかあったら教えてくれ」
「いえ。ちょっと男子に媚びてるかな〜、ってくらいで」
「エアプ乙。俺は女子にも媚びてるから」
「あ、じゃあ大丈夫です」
「あっはは、そうか。相変わらず飽きないな、あんた達は」
そして食べ終わったゴミを捨て、穂村先生に別れを告げて俺達は保健室を去り、学校を出て帰路に着く。
夏もそろそろとはいえもうだいぶ暗くなった空には見ごたえのある月が浮かんでいた。
「……あのさ、白山くん」
「どうした?」
「さっきの話。……ホント?」
「嘘つく理由なんてないっての。いいじゃん、子供。俺自身が大切に育てられたから、俺も自分の子供にそうしたいんだよ。シンプルに可愛いしな。まさか自分が腹を痛める側になるとは思わなかったけど」
「そっか」
黑谷ちゃんはそう頷くと、ふと自販機でコーラを買い、「いい話だったから」と俺に渡してきた。
……あれ、これ細かい貢がれの口実にされた?
「この未来も悪くないかな。……うん、すごく悪くない」
「……っぷぁ。やっぱコーラって最高……って、何か言った?」
「……?別に何も。あと、私はドクペが好きかな」
「ああ、あのかき氷シロップにカラメル混ぜたみたいなやつ?」
「それ」
「羽田の駐車場の自販機でしか飲んだことないわ、俺」
「へぇ、そんなとこにあるんだ。私通販でケースだから」
「ガチ勢だろ、それ」
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