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第2話「魔法使いと猫被り」

「ってわけで、今日からよろしくね、白山くん」



 入学式を終えて教室へ移動すると、予定調和の如く隣の席に座りひらひらと手を振る彼女。


 どうやら彼女の「魔法」の前では赤子の手を捻るよりもクラスの座席を捻じ曲げる方が簡単らしい。


 それもご丁寧にクラスの窓際の一番後ろ、端っこの方を用意してるんだから。



「っていうか「彼女」って他人行儀じゃない?別に名前で呼んでくれてもいいんだよ」


「いや、何ていうか、それは流石に……」


「駄目だよ。そんなつまらない三人称じゃなくて、あなたみたいに可愛い子はちゃんと可愛い振る舞いをしないと」


「か、可愛い……?」


「そう。ほら、呼んでみて。「アメちゃん」って」


「……あ、アm──」



 いや、ノセられるな俺。


 「可愛い」って言われてトキメくな。


 当然だろ、俺は美少女だ。


 誰もが振り向かずにはいられないくらい可愛いんだから。



「……黑谷ちゃん」


「ふふっ、いいね。今はそれで満足してあげる」



 まるでそこまで計算ずくかのように黑谷はいたずらっぽく──



「「黑谷ちゃん」、でしょ?」



 ……黑谷ちゃんはいたずらっぽく笑う。


 おまけに「それでいいんだよ」なんてイジワルな笑みも添えて。



「おはようございま〜す」



 それから間髪入れずに教室のドアが開いて、少し気の抜けるようなトーンの挨拶と共に、担任だという若い女の人が入ってきた。


 どうやらこのホームルームの時間を使って俺達に自己紹介をしてもらうとのこと。



「それじゃあ〜……一番入口に近い葉山さんから、どうぞ〜」 



◇◇◇



「おっけ〜、東雲さんありがと〜。んじゃ次は……黑谷さんかな?」



 呼ばれた黑谷……ちゃんは「はーい」と手を上げ、そのままスタスタと、いかにも我の強そうな足取りで黒板の前へと歩いていく。


 そして彼女は新品のチョークでサラサラと自分の名前を書き上げると、どうやらあれがデフォらしい少し得意気な顔で振り向いた。



「黑谷アメ。黑は旧字体の方だから間違えないでね。住んでるのは東京の方で、趣味はショッピング。部活は……まだ決めてないかな。それじゃ、3年間よろしく」



 特に可もなく不可もなくな挨拶だったが、俺ほどじゃないにせよかなり整った顔立ちの黑谷ちゃんにはわっと拍手が浴びせられる。


 どれくらいが下心、「あわよくば」の混ざった拍手なのかは分からないが、そういう感情も多分混ざってる。


 特に男子勢。


 しょうがない、俺だって美少女(こう)なってなかったらそういう感情を抱いてた可能性もあるし。


 そしてそんな拍手の中、毛先にかけてウェーブした明るい青髪をなびかせて、やっぱり得意気な足取りで自分の席へ戻る黑谷ちゃん。



「「魔法」は、2人だけの秘密だよ」



 俺にしか聞こえないように、そんなことを囁きながら。



◇◇◇



「これで最後かな〜、白山さん、よろしく〜」


「は〜い!」



 俺は盛大に猫を被って席を立った。


 力を抜いて、歩幅は狭く、それでいていかにも無害な笑顔は忘れず。


 メンタルよし、コンディションよし、テンションよし。


 少し短くなった白チョークで「白山セイ」と名前を書き、クラスメイトの方へ振り返る。



「わたし、白山セイって言います。7月7日、七夕生まれ。前は長野の方にいたんですけど、父の転勤でこっちに来ました。え〜っと、部活動は色々興味があってまだ決めきれてないからオススメとかあったら教えてほしいです。あとは……あ、わたし結構インドア派で、マンガとかゲーム、特にカービィが大好きなので同じような趣味の人がいたらたくさん話したいなって思ってます。これから3年、みんなよろしく〜」



 そう言ってぺこっと頭を下げると、さっきの黑谷ちゃん以上に浴びせられる喝采。


 自分で言うのもなんだけど、俺はこのクラスでも抜けてビジュが良い。


 おまけに乳はデカいし表情豊か。


 第一印象、好感度が下がる要素なんて何一つない。


 顔、顔、たまに胸。


 注がれる視線がこれほどまでに心地良いなんて。



「彼氏いますかー!?」


「彼氏〜?いないし予定もないで〜す♡」



 別にウソはついてない。


 中身は男のままだし恋愛対象も女のまんま。


 けれどその答え1つで男子はどっと沸く。


 あ〜、堪んねぇマジで♡



「ふふっ、楽しそうだね」



 戻ってきたわたしに黑谷ちゃんはそう声を掛ける。


 ……待って「わたし」?



「あ、ごめん。可愛かったから一人称変えちゃった」


「は?」


「大丈夫、言いたいことは分かってるよ。今のは白山くんの「わたし」をもう少し聞きたかっただけ。次は自分から言いたくなるまで待っててあげるね」


「……は?」


「良い表情。美少女ってどんな顔でも映えるね」



 そう言ってクスッと笑う黑谷ちゃん。


 俺は一人称が「俺」にちゃんと戻されたことを確認してから1つ尋ねた。



「……もしかしてさ、黑谷ちゃんが俺に目を付けたのって……」


「見た目。めちゃくちゃ美人で身体も最高だったから。シンプルでしょ?」


「え、TS症とかは……」


「別に関係ないよ。気になった子の中身がたまたま男の子だっただけ」


「それって、つまり……?」


「もう、口で言わなきゃ分からないの?」



 先生が適当なプリントを回す中、少し呆れたように言う黑谷ちゃん。


 時計を見ると、ちょうどチャイムが鳴りそうなタイミング。


 キンコンカンコン、とありきたりなその音色に被せるように、彼女は呟いた。



「私、あなたに一目惚れしたんだ」


「……、……はい?」


「満足するまで付きまとうから、これから末永くよろしくね?白山くん」



 こうしてわたしの高校生活は、「魔法使い」と共に始まった。



「あ、ごめん。もう一回変えちゃった、一人称」

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