懐古です。
「高尾殿…隣、良いか?」
「はい、どうぞ。」
動揺しない、動揺しない、歳の近い異性とタオル一枚巻いて混浴していても動揺しない、その異性が美女でも動揺しない、上目遣いで心配されても動揺しない…!
「大丈夫か、高尾殿。」
「顔良っ。」
「えっ?!」
つい口に…。
「高尾殿。一つ、聞いても良いか?」
「答えられるものであれば答えますよ。」
「うむ。…高尾殿は、故郷に未練が無いのか?」
「未練?」
「そうだ。急にこちらに来たのだろう?だったら、やり残した事などは無いのか気になってな。」
「そうですねぇ…まぁ、全くと言えば嘘になりますが、それは昔からですしね…まぁ、日本に未練はありませんよ。正直、この仮面を被っているのも癖ですし。」
「そうか…それで、仮面とは何だ?」
「この口調と一人称ですよ。昔、ちょっと嫌な事があって。それからずっと、あいつから身を守る為だけに作った、偽りの仮面です。」
「私からも身を守る必要があるのか?」
「無いですね。でも、癖なんです。威圧しながらも相手への敬意を忘れない。それが祖父の口癖で。俺が心を許した、数少ない存在。」
「…それが本当の一人称か?」
「…そう、かも知れないですね。長いこと仮面を被り過ぎて、本当の自分が分からないんです。あの頃なら、分かっていたのに。」
そう、あの頃。今の俺を作った元凶でありながら、心地良かった思い出。
「忘れたくても、忘れられないんですよ。」
「そうか…。少し、分かる気がするぞ。」
「ティア氏も?」
「あぁ。私の場合は、私であって私では無いから上手く伝えられないが…境遇は似ている。」
「あまり分かりませんが、お互い、頑張って来たんですね。」
「そうだな。」
「んじゃ、せっかくの貸切露天風呂ですし、ゆっくりしましょうか。星を見るのに雨雲は邪魔なだけですよ。」
「そうだな。…高尾殿、その袋は何だ?」
「これですか?さっき買って氷ドラちゃんに冷やしてもらってたんですよ、地酒。一緒に飲みましょう。」
「良いのか?それにしても、地酒とは…。それはまた一体何故…?」
「この酒、実は故郷で飲んだ事がありまして。故郷では日本酒で、淡麗辛口と呼ばれてたんですけどね。」
試飲した時、感動しましたよ…異世界で淡麗辛口が飲めるとは…。つまみはテラミスで買った塩気の強いチーズ。
「それでは、お言葉に甘えて頂こう。…っ〜!すっきりとしているのにちゃんと舌先を強く刺激してくる…!」
「チーズと合わせると美味しいですよ。」
「ん〜!これは止まらん…!」
「アニメで見て一度して見たかったんですよ。露天風呂での月見酒。まさかここまで最高だとは…。」
「うむ。酒もそうだが…夜空をこんなに美しく感じるのは久しぶりだ。」
「確かに。小さい時はよく見上げましたけど、最近はあまり見ていませんでしたね…。」
日本と違うのは青白く光る月と赤っぽく光る月が二つ軽く重なって、竜種が飛び、コオロギや鈴虫の代わりにオオカミの声が聴こえ、鍛治をする音が響いている事。
「やべぇくらい物騒ですね…。」
「秘境というより魔境だな。」
「言い得て妙ですね。」
本当、良い夜です…。
『ピーンポーンパーンポーン。10分後から、温銭湯を開始いたします。出場されない方は、お引き取り下さい。』
「温銭湯…?温、銭湯…ON戦闘…。」
「どうしたのだ?」
「多分今のアナウンス、戦いですけど…ティア氏はどうしますか?」
「どうせ暇だ。私は出る。」
「…それなら我も出ます。早く上がりましょう。」
「うむ、了解した。」
ズドーン
「っ!んだこれ!?」
「ドラゴンが突進して来た…?高尾殿!大丈夫か?!」
「らさ大丈夫です!ミスリルファッション舐めないでください!」
死んだかと思った…異世界ファッション促進課〜異世界人をコーデする〜を見てなかったら死んでましたよ…。まだ勢いは死んで無い!なら!
「空に返品致しまァァす!」
遠心力と突撃の勢いで投げる!
「ふぅ…?前が見えない。」
「何だこれ…タオル?」
我のタオルは足元に落ちてますよ…?
「心配したぞ…。怪我は無いか?」
「あぁ、は…」
「「えっ」」
お互いにフリーズ。白シャツにジーパン着て露天風呂に突っ立ってる我、駆け寄ろうとして少し右足が前に出ている裸のティア氏。…ふぅ。
「早くタオル巻いてください!」
「…………。」
「いつまでフリーズしてるんですか!」
くっそ重いなこの服…。どうせタオル巻いてるし(巻いてません)解除しましょう。
「「あっ」」
「ほぴゅっ。」
「ティア氏ーッ!」
数秒で意識を取り戻したティア氏は力が入らないと言っていたので我がタオルを巻きました。…色々見たし上はタオルの上から少し触れてしまいました…。おまわりさーん!ここでーす!
「服も着替えましたし発散しましょう!(羞恥心を)」
「そうだな!(羞恥心を忘れたい)」
ペアの部で流石にティア氏は木刀、我は本気の三節棍(木製)でボッコボコにする!…嫌な思い出が詰まった三節棍でも、ティア氏と優勝すれば良い思い出になる!
『ただいまより、ON戦闘を開始いたします!』
うっわぁ…筋骨悠々な男とドSそうな女達が…。
「羞恥心を忘れる為、屍になってください!」
足を払う、叩きつける、回転連打ぁ!
「…。」
ティア氏、目がすごい。とてもすごい。黙々と敵を切り伏せる。
バギッ
「壊れたら二刀流にしてやらぁ!」
払う、蹴ってからの鳩尾突き、うずくまってる奴の上転がって顔面にぶち込む!…ハッ、つい素が。
なんやかんやで優勝し、混浴ペアチケットを手に入れた。そしてもちろん気まずかったがお互いに酒とドラゴンのせいにした。
ティアちゃんの心メモ帳 その⑧
………………すごかった。しなしなであれなら…くふっ。