のんだくれー1分で読める1分小説ー
「酒だぁ。酒もってきやがれ!」
半三郎が叫んだ。
彼は腕のいい大工だが、先日妻を亡くし、のんだくれの生活を送っていた。仕事も休んでいた。
愛する妻を失った胸の痛みを酒で麻痺させないと、心の置きどころがなかった。息子の金之助が酒を持ってきた。半三郎はそれを口に含んだ瞬間、ぺっと吐き出した。
「てめえ、これは水じゃねえか! 親を馬鹿にしやがるのか!」
半三郎は、まだ十歳の金之助を殴った。その後ろで金之助の弟や妹が泣いたが、半三郎はかまわなかった。その後も金之助は、酒ではなく水を持ってきた。そして口を固く結び、半三郎に殴られ続けた。
ある日半三郎が居酒屋で飲んでいると、こんな話を聞いた。
「お父ちゃんのかわりに働かせてほしい」
そう金之助が棟梁に頼んで、鉋がけをしていると……半三郎は、口に運ぶお猪口を止めた。
家に帰ると、半三郎は金之助に酒を頼んだ。金之助はいつものように水入りの銚子を持ってきた。
半三郎は、味わうようにそれを飲んだ。
「いい酒は水みたいだっていうが、これはいい酒だな」
そこで金之助が、ハッと顔を上げた。半三郎は、酒のような水を飲みながら続けた。
「迷惑かけたな。もう大丈夫だ。明日から仕事に行く。鉋がけ教えてやるからな」
いくら殴られても泣かなかった金之助の目から、ボタボタと涙がこぼれ落ちた。古畳が、幼い涙雨でにじんだ。
「……父ちゃん、ありがとう」
その後ろでは、小さな弟と妹が笑っていた。