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攻略作戦

 夢から覚めると、ミキは寝台の上で身を起こす。

「誰かいますか?」

 闇に向かって呼びかけると、オウルの声が応えた。

「なに?」

「姉上を呼んでもらえますか」

「こんな時間に?」

「戦に朝も夜もないですよ。会議室にお願いします」

「わかったわ」

 オウルの気配が消えるのと同時にミキは手早く身支度をし、会議室へ向かう。

 それほど待たずに扉が叩かれた。

 どうぞ、と応えると、深夜にも関わらずきちんと身なりを整えた姉が、優雅な足取りで入室する。

「さすが吸血鬼、夜更かしがお好きですのね」

「すみません、遅くに」

「それで? 子守歌でも歌ってほしいのかしら」

「姉上の美声は、またの機会にお聞かせ願えればと」

 リディは歌の上手としても知られている。

 他家からの使者が訪れたときなど、宴席でその歌声を披露することもあった。

 本人曰く呪文の詠唱の応用だそうだが、魔術師だからと言って歌がうまいとは限らない。彼女には音楽の素養があるのだろう。

「今回の戦に姉上のお力添えをお願いした場合、お聞き届けいただけますか?」

「愚問ですわ」

 それは「当然でしょう」なのか「引き受けるはずがないでしょう」なのか言葉だけではわからない。

 しかし幸いにも、内輪もめをしている場合ではないことくらい、わきまえていてくれたようだ。

「ただし、それで味方に被害が出ても、苦情は受け付けなくてよ」

「もちろんです。その場合はコントロールに難のある魔術師を起用した指揮官の責任です」

 実は今回、姉を連れて行くつもりはなかった。

 現場でこちらの指示に横槍を入れられても面倒だし、弟と共に留守番をしていてもらう予定で、編成からも外している。

 しかし、事情が変わった。

 姉の誇る莫大な火力を有効活用できるかもしれない。

「それでは、ブライム討伐戦への従軍をお願いします。護衛をどのくらい連れていくかはお任せしますが、人数が決まったらお知らせください。輜重の準備がありますので」

「心得ましてよ。詳しいことは明朝、ヴィガと相談してからでいいかしら」

 悠長なことを言っていないで、今すぐ弟を叩き起こして話をまとめてほしいのが本音だ。

 しかし、弟が絡むと姉が神経質になるのは重々承知している。

 変に刺激して機嫌を損ねられても面倒だ。

 兵の不足を補えるかもしれない貴重な戦力と思えば、数時間の融通は利かせるほうが得だろう。

「えぇ、お願いします。夜分に呼びつけてすみませんでした」

 そう話をまとめてミキは頭を下げる。

 リディは手にした扇で口元を隠しながらも、これ見よがしにあくびをして踵を返す。

「夜更かしは美容の大敵ですの。あまり遅くに女性を呼びつけるのは不調法と笑われましてよ」

「姉上の美貌は一日や二日の夜更かしで損われたりしませんよ」

 心のこもらぬ世辞に姉は鼻を鳴らして退室した。

 友好的とも協力的とも言い難いが、嫌味の一つでこちらの要請に応じてくれるならば、政敵としては話のわかる部類とも言えるだろう。

 厄介な相手と話がついたので、続けてミキはナーグ子爵ら幕僚を呼び出すことにした。

 夜が明けてから方針の変更を伝えるのでは初動が遅れる。

 睡眠の邪魔をしてしまうのは申し訳ないが、協力してもらうしかないだろう。

「父上はこんな暮らしをずっと続けてたんだよなぁ……」

 苦労が忍ばれる。

 挙げ句、もう少しで目標にたどり着けるところで、裏切りに遭うなんて。

 せめてその跡を継いで覇業を完遂してやらなければ浮かばれまい。

「……そのためにも、この一戦だ」


 翌朝、あれこれ支度をしているところへヴィガが面会を申し入れてきた。

 あまり時間がないので私室で食事を取りながら話を聞くことにする。

 ヴィガは姉同様、鮮やかな赤毛が印象的な少年だ。

 年齢はミキより三つ下で、まだ面差しにあどけなさが強く残っている。

 姉と違って物腰穏やかで、ミキに対しても屈託のない態度で接する。

 それほど顔を合わせる機会は多くないものの、印象は悪くなかった。

「おはようございます、兄上。話は姉上から聞きました」

「おはよう、ヴィガ。大切な姉上を借りてしまってすまない。必ず無事で帰すから」

「いえ、今は非常事態ですから。父上亡き今、僕達が力を合わせて困難に立ち向かうのは当然のことです」

 思わずヴィガの後ろに控えるリディに目をやる。

 弟のほうがよほど物分かりがいい。

 同じ環境で育ったはずだが、どこで違いが出たのだろう。

「なにかしら?」

「いえ、なんでも」

 姉に向けては首を振っておいて、弟に視線を戻した。

「用件はなにかな?」

 ヴィガは強い決意を秘めた表情でミキを見返す。

「兄上、今回の戦、僕も連れていってください。きっとお役に立ってみせます」

 ミキは思わず目を瞬いた。

 再び姉の表情をうかがう。

「姉上。大切な弟君が、このように仰せですが」

「もちろん私は反対ですわ。せっかくの初陣が反乱軍の討伐なんて安っぽい名目になってしまうのは惜しまれますもの。でも、本人の意志は固いようですから。それなら私は弟の決心を尊重しましてよ」

 まぁ、つまり、姉もそれほど分からず屋というわけでもないのだ。

 ミキは姿勢を正して異母弟に向き直った。

 大黒柱を失い家中が右往左往している最中、跡目争いよりも事態の収拾を優先しようとするヴィガの振る舞いは立派と言っていい。

「ヴィガ。その申し出はとてもありがたいし、心強くもある。だけど、今回は気持ちだけ受け取らせてもらうよ」

「僕では兄上の力になれませんか」

「そうじゃない。戦ではなにが起きるかわからない。万一、僕と君が揃って生命を落とすようなことにでもなれば、誰が跡を継ぐか、混乱が大きくなる」

 他に直系男子がいないわけではないが、いずれもまだ幼い。

 その場合、恐らく家臣の誰かが後見人という名目で実権を握ることになるだろう。

 それを他の者が黙って見ているとは思えない。

 内部での権力争いが始まり、国内平定は大きく遅れることになる。

 それは避けるべき事態だ。

「ですが……」

「君には、僕になにかあったときに備えて、残っていてもらいたいんだ」

 ヴィガなら、それなりに家中をまとめることができるだろう。

 なにしろフランド男爵がついている。

 むしろ、話の紛れる余地がなくなって、まとまりやすいかもしれない。

 しかし、弟はすぐには引き下がらず、違う方向からアプローチしてきた。

「戦いはアストンになりますよね」

「……誰から聞いたのかな」

 昨夜、寝入りばなを叩き起こして幕僚達に方針の変更を通達したから、そのこと自体は把握していても不思議ではない。

 ただ、その時間ヴィガは既に眠りに就いていたはずで、リディには伝えていない。

 そうなるといつどこで誰から聞いたのか、単純に疑問だ。

 弟は首を振る。

「地形と彼我の兵力から推測しただけです。そしてそれが正しければ、僕にできることがあると思ったんです」

「……と言うと?」

「兵の損耗を抑えて勝つ作戦を考えました。兄上のお気に召すかどうかわかりませんが……」

 ミキは指先をアゴに当てて小考する。

 実を言えば、ミキにも少し腹案があった。

 姉に従軍を求めたのも、そのためである。

「ちょっと失礼」

 ヴィガは傍らの執務机に積まれた紙を一枚取り上げた。

 余談ながら、この「紙」というものの改良に尽力したのも父の功績の一つと言われる。

 それまでより質の良いものを、安く大量に作ることができるようになり、領内の商売、教育、文化など様々な分野の発展に大きく寄与した。

 ヴィガはなにかその紙に書きつける。

「僕が考えた作戦のキーワードは……これです」

 自信ありげな表情でヴィガが広げた紙には「水」と書かれていた。

 ミキはにやりと笑う。

「詳しい話を聞こうか」


 アストンは大河の畔に建てられた城だ。

 いや、それは正確な記述ではないかもしれない。

 敷地のかなりの部分は川を埋め立てて作られており、本来「岸辺」と呼ぶべき場所に建造されたのは出入りするための橋くらいのものだ。

 水に浮いているような状態のため、攻撃側が軍を展開できるのは岸に面した一方に限られる。

 船、あるいは水生生物を利用して川の側から攻撃をかけることも不可能ではないが、無論その備えも万全であり、国内でも攻略の難しい城の一つとして知られる。

 しかしこの城を避けて東方へ向かおうとすれば、軍が大河を渡れる場所まで迂回するか、危険を承知で「迷いの森」を突破するか、どちらかだ。

 どちらもミキの現状からすると現実的とは言い難い。

 今回の叛逆の前からアストンはブライム伯の領地である。

 斥候からの報告によれば、既に増援が続々と駆けつけ、侵攻への備えを進めていることが確かめられたらしい。

 ブライム伯がどこを戦場に選ぶかは、軍議でも意見の割れたところだ。

 そのなかで、アストンはあまり有力視されていなかった候補地だ。

 確かに守りは堅いが、「守る」というのはどこかから増援が来る前提で選ばれる戦術だ。

 ブライム伯の兵力は一万を超えると見込まれ、それはミキの手元の軍勢にとっては脅威だ。

 しかし、ウィーヴディール全体から見れば恐れるほどのものでもない。

 ブライム伯打倒を優先して戦力を再編成すれば悠々と制圧できるレベルだ。

 従ってブライム伯はこちらの戦力が整う前に勝負を仕掛け、ミキを討ち取るなりなんなりの戦果を挙げて状況の有利を確立し、外交に転ずることを考えるだろうとの見方が優勢で、むしろ兵を集めつつブライム勢を迎え撃つ方針のほうが良いのではないかとの意見も少なからず聞かれた。

 ミキがそれを容れなかったのは、リーサル伯爵が今回の騒動に一枚噛んでいる危険性、つまりブライム勢が「援軍」を期待しうる状況だという可能性を否定できないからだが、表向きは東方戦線の救助を急ぐ必要があるとの建前で通した。

 リーサル伯は家中でも一、二を争う有力貴族だ。

 もし裏切っているとなった場合の影響は甚大だし、確たる証拠もなくそのようなことを口にするのは、たとえ後にそれが事実だと判明しても人心の離反を招く。

「当たりですね」

 アストン城を遠望できる小高い丘の上で、ナーグ子爵が満足げに頷いた。

 子爵は、自身が慎重な性格だからか、敵もそうであると考える傾向がある。

 ブライム勢の動向についても、まず守りを固めて戦力の増強を図った上、有利な状況を調えてから行動を起こすのではないかとの見解を示していた。

 従って、アストンが戦場になることについては、比較的有力視していたほうである。

「当然でしょう。ヴィガの読みが外れるわけがありませんわ」

 広げた扇で口元を隠しつつ、リディが含み笑いを漏らす。

 魔法使いと言うと三角帽子とマントの出で立ちが定番だが、彼女は身体にぴったりフィットするシンプルなデザインのドレスを選んでいた。

 左右に深いスリットが入っていて、見事な脚線美が垣間見える。

 防寒のためだろう肩に羽織ったショール共々、深い紅に染め抜かれていた。

 ヴィガは、ミキの説得を受け入れてくれて、フランド男爵と共に留守番をしている。

 男爵配下のクリード勢は、総じて兵が不足している現状、是非動員したいところだったが、会議で公然とヴィガ支持を打ち出した経緯から、諸将の不信を招く恐れがあることを考慮して見送らざるを得なかった。

 それでも勝算は十分あると見込んでいる。

 ヴィガの献策はミキの腹案よりもさらに洗練されていて、迅速な作戦行動を可能とするものだった。

 難を言えば普通に戦をするよりコストが高くつきそうなことだが、背に腹はかえられない。

 父は財政の強靱化も図ってくれていたから、軍資金にはそれなりの余裕がある。ありがたく使わせてもらうことにしよう。

「それでは攻略にかかりましょうか」

 こちらが城内の様子を確認できるということは、城兵もこちらの軍勢を認識できるということだ。

 攻勢の規模など、ある程度の状況は今日中に伯爵も把握するだろう。

 主な街道にはある程度の間隔で城や砦、そこまで大規模なものが必要ない場合でも兵の屯所が設置されていて、なにかあれば狼煙などで情報を伝えることができる。

 また、父は流通を重視して街道の整備にも心を砕いた。当然、行軍にも有利に働く。

 ブライム伯の増援は、そう遠くないうちに到着するはずだ。

 できればその前にケリをつけたいが、うまく行くかどうか。

「例の件は既に手配済みです」

 子爵が笑みを浮かべて応えた。

 戦に関して彼が感情を露わにすることは少ない。

 その子爵が喜色を隠さないということは、成算があると見込んでいるのだろう。

「既にその兆しも見えているような……」

「さすがにそれは気のせいでしょう」

 苦笑しつつ、ミキはアストン城に目を向ける。

 城兵は一千ほど。力押しでもどうにかならないレベルではない。

 しかし、城攻めは消耗が激しい。

 できれば、まともな戦闘は避けたいところだ。

 攻撃開始に先立って、城主に使いを出し、降伏すれば恩賞を与える旨を伝えてみたが、見事に突っぱねられた。

 ブライム伯もそれなりに人望はあるらしい。

「いざとなったら正攻法です。そちらの準備も怠りなきよう」

「心得ております」

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