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御前会議

 ディバリ城で見張りに当たっていた兵士は、ギョッとした。

 全員、黒いマントを羽織った百名ほどの騎馬の一団が向かってくる。

 すわ敵襲かと慌てて詰め所にいる者達を呼び集め、迎撃の用意をするうち、旗印が掲げられた。

 黒いバラの意匠はフリット所属を示すもの。

 とりあえず味方ではあるようだ。

 若干警戒は和らいだが、訝しいことに変わりはない。

 フリット勢は領主が吸血鬼という事情もあり、領地の外へ出ることは珍しい。

 戦があれば申し訳程度の小勢こそ送るが、その軍勢を見かける機会は稀だ。

 とはいえ、さすがに次期当主を選ぶ話し合いには、出不精の吸血鬼共も知らん顔はしていられないのだろうと考え直す。

 跳ね橋の前で先頭の一騎が進み出、目深にかぶっていたフードを脱いだ。

「開門!」

 そう呼びかけるのは黒髪に黒い瞳の少年。

 その涼やかな目元は異世界から召喚され覇王と呼ばれた前当主の血を引くことを如実に示している。

「こ、公子殿下!? ご無事だったのですか……!」

 面食らった様子の歩哨に、ミキは内心で苦笑した。

 ミキの健在と会議への参加は、マートが声明を出している。

 しかし、末端の兵士までは知られていないらしい。

 あるいは、あえて知らされなかったか。

「おかげさまで。案内をお願いできますか」

「は、はっ、ただ今……!」

 慌ただしく右往左往する気配。

 最悪、門を閉ざされたまま矢を射かけられる事態まで想定していたのだが、そこまで状況は一方的ではないらしい。

「さて、誰が敵で誰が味方か……」

 呟くミキの前で、橋がゆっくりと降りてきた。


 フリット勢に割り当てられた屋敷は、さほど大きなものではなかった。

 動員力から考えれば妥当な扱いと言える。

 それどころかミキに同行した兵士の一人は、ちゃんと収容場所が用意されていたことに感心していたほどだ。

 どうせ来ないだろうとなんの準備もしていなくても不思議はない、なにしろマート様は面倒くさがりで、こうした会合にはろくに顔を出さないから……だそうだ。

 叔母のものぐさはミキも耳にしたことがある。

 しかし、父がそれを咎めたことはなかったはずだ。

 吸血鬼という種族の特性を考えれば、仕方のないことだとして許容していた記憶がある。

 なにしろ、日光に弱い、ニンニクが苦手、鏡に映らない、流れる水を渡れない、家主の招待を受けなければ家屋に入れない……と弱点まみれである。

 ホームグラウンドなら滅法強いが、遠征には不向きな内弁慶と評していた。

 吸血鬼のくせしてあっちこっちほっつき歩き、父に従って軍まで指揮した母が例外中の例外なのだ。

 そうした事情を考えれば、ディバリの城代ナーグ子爵は、無難な差配をしたと言っていい。

 だが、フリット勢を率いてきたのがミキとなると、話は別だ。

 仮にも次期当主の最有力候補には、それなり以上の居所を用意しなければ礼を失する。

 仮にミキが当主になったとき、この日の扱いを不快に思っていたりしたら、その後の自身の立場に影響しかねない。

 ミキを含むフリット勢が屋敷に着いてほどなく、まだ荷ほどきも済まないうちにナーグ子爵は慌ただしく駆けつけてきて、ミキの無事を喜ぶと同時に平身低頭、非礼を詫びた。

「よもやフリット勢と共にお越しとは夢にも思わず……! 殿下には別の舘を用意させておりますので、そちらにお移りいただけますか」

「いえ、ここで十分です。ですが、叔母上が僕の無事を知らせてくれていたのではないですか? それは……?」

「もちろん、うかがっております。しかし公爵様がブライムめに討たれた後、情報が錯綜しておりまして……。殿下の行方に関しても、公爵様と共に討ち死になされたとか、リーサル伯に助けを求められたとか、無事に脱出してフランド男爵の下に身を寄せておられるとか、果てはブライムめに与したなどという怪情報まで飛び交う始末なのです。果たしてどれが真実やら私も判じかねていたところでして……」

 なるほど、とミキは頷く。

 マートの信用のなさが、せっかくの朗報の信憑性を失わせていたという図式らしい。

 ミキは意図して表情を緩めた。

「叔母上の日頃の行いが悪いのが原因ですね。気にしなくていいですよ」

「恐縮です……」

 安堵をにじませて子爵は頭を下げる。

「それより、どの程度の者が集まりそうですか?」

「近在の者は概ね。ですが、交戦中の諸侯は、戦線を離れるわけには行かないでしょう」

 予想された範囲の答えだ。

 ウィーヴディール家は王国平定の悲願に向け、各方面に軍を進めている。

 目下、最大の敵は東のザーリット侯爵家。

 次いで、北にパーシダー伯爵家。

 西には複数の貴族の連合軍が待ち構えているが、こちらは敵方に反撃に転ずるほどの余裕はないと見て、他方面が片付くまで睨みあいが続く見込みだ。

 有力な諸侯、優秀な騎士ほどそれぞれの持ち場で奮戦中で、当主に変事があったからと言って簡単に軍を返せるものではない。

 当然ながら、有能だからこそそうした戦線に派遣されるのであり、従って家中における発言力も強い。彼ら抜きで話を進めてしまえば禍根を残しかねない。

 難しい舵取りを迫られることは間違いなさそうだった。


 なにしろ立場が立場である。ミキの下へはナーグ子爵に続いて、参集した諸侯が次々と挨拶に訪れた。

 真っ先にやってきたのは、意外にもリディだった。

 ミキより一つ年上の異母姉は、炎のように鮮やかな赤毛が特徴的で、目鼻立ちは整っているものの、切れ長の吊り目がいかにも性格のきつそうな印象を与える。

 外見から連想される通り火炎系の魔術を得意とし、国内で彼女の右に出る者はいないとの評判だ。

 しかし、魔力のコントロールに少々問題があり、初陣で盛大なフレンドリーファイアをぶちかまして「味方殺し」というありがたくない異名を頂戴することになった。

 当然ながら、繊細な魔力制御が必要とされる異世界勇者の召喚術など、夢のまた夢である。

「あら、元気そうですわね」

「姉上にもご機嫌麗しく」

 ミキの応えに姉は柳眉を逆立てた。

「麗しいわけがありませんわ。お父様が亡くなってまだ一週間ですのよ。機嫌がいいわけないでしょう。あなた、なんでそんな平気な顔をしてらっしゃいますの!?」

「……失礼しました」

 ミキは軽い気持ちで応じたことの失敗を悟って頭を下げる。

 実際、姉の言う通りではあるのだろう。しかし──

「正直、あまり実感がないんです。死んだと聞かされただけで、実際なにを見たわけでもないですし……。あのでたらめに強い父上が、文官上がりのブライム伯に負けたなんて信じられなくて。実は誤報でした、というような知らせが今にも飛びこんでくるんじゃないかと」

 付け加えるならば、父は連戦に次ぐ連戦で、滅多に戻ってこなかった。

 言葉を交わした機会も年に数度ほどで、ミキにとってそれほど身近な存在だったとは言い難い。

 薄情と言われそうだが、死んだと聞かされても他人事のように受け止めている面がある。

 ミキの釈明を、一応は受け入れたのだろう、リディは軽くため息をついた。

「あなたのおっしゃることもわからなくはありませんわ。ですが、現実逃避はほどほどになさい。ぼんやりしていると身ぐるみ剥がされて放り出されるハメになりかねませんわよ」

「気遣ってくださるんですか?」

「当たり前でしょう。母は違っても私はあなたの姉ですのよ」

「いや、ヴィガに後を継がせたくて仕方がないのかと。だったら僕は邪魔でしょう」

「それはそう」

 ぬけぬけと言い放ち、リディは手にした扇をパチリと開いて口元の笑みを覆う。

「あの子は聡明ですもの。絶対、あなたより良い当主になりますわ」

 ミキは苦笑するしかない。

 普通、思っていても本人に面と向かってそういうことは言わないものだろう。

 まぁ、考えようによっては、扱いやすいと言えなくもない。

 面従腹背、陰でこそこそ足下を掬う準備をされるより、関係性はシンプルだ。

「ですが、あなたもまぁ、それほど愚かではなくてよ。吸血鬼の血を引いているだけあって、腕っ節もかなりのものだとか。現実を正しく受け止め、ヴィガに忠誠を誓うのでしたら、それなりの待遇を用意して差し上げますわ」

 ずいぶん勝手なことを言ってくれるものだが、その割り切り方は嫌いではない。

 父も有能な人材と見れば、降将であってもこだわりなく重用した。その薫陶を受けただけのことはあると言っていいのだろう。

 どうせ期待もされていないだろうし、姉の申し出には返事をせず、ミキは話を逸らした。

「そのヴィガはどうしてるんです?」

「書庫にこもりっきりですわ。ここ、蔵書が豊富でしょう? はしゃいでしまって……。寝る間も惜しんで読書に励んでますの」

 そんな弟がかわいくて仕方ない、とリディは頬に手を当ててうっとりと目を細める。

 ミキは再度苦笑した。

 実際、ヴィガは利発な子供だ。

 血筋から言って、将来性にも期待できるだろう。

 しかし何分まだ幼いし、その気性は穏和で荒事を好まない。

 戦乱の世、まして当主を失って不安定なウィーヴディールの行く末を彼に委ねるのは、先の見通せない博打だ。

 当主の座に就くのは手段であって目的ではないが、姉の主張を受け入れるわけには行かない。


 ミキが到着した翌日、初回の会議が招集された。

 諸侯の意見は概ね三つに大別される。

 一つは、嫡男であるミキに跡を継がせ、速やかに立て直しを図るべきであるというもの。

 もう一つは、同じく直系男子であるヴィガこそ、後継者に相応しいというもの。

 最後の一つは、各方面の情勢が落ち着くのを待ち、有力諸侯が戻ってから改めて話し合うべきというもの。

 予想されたことではあるが、リディがヴィガによる継承を主張し、これには少なからぬ賛同意見が寄せられた。なかでもフランド男爵が彼女に同調したことが、その主張に無視できない重みを与えた。

「嫡男、と皆様はおっしゃる」

 フランド男爵は、爵位こそ低いものの、長年の忠勤により誰にも一目置かれている。

 その彼が一座を睥睨して言葉に力をこめた。

「なるほど、ミキ様はご正室のノーラ様のご子息であられる。後継者たる資格に疑問の余地はないでしょう。しかしながら、血筋を理由としてミキ様こそ跡を継ぐべしというのであれば、そこには矛盾があると指摘せざるを得ません」

「矛盾?」

 そう聞き返したのはナーグ子爵で、彼はミキによる継承に同意している。

 これはミキを評価していると言うよりは、既定路線を貫くことで混乱を避ける、言葉は悪いが事なかれ主義的な見解に基づく立場のようだ。

 当主の横死という緊急事態に、あえて話がもつれるのを防ぎ政治的空白を極力短くするという意味で、それもまた立派な方針の一つだろう。

 事実、出席者の間にはフランド男爵らの主張に「なにもこの非常時に言い出さなくても」と眉をひそめる向きも少なからず見受けられる。

 しかし、男爵は確固たる信念を持って、ヴィガによる継承こそ正当だとする主張を展開した。

「血筋こそ継承に必要なものであるとするなら、なおのことヴィガ様こそその資格をお持ちでありましょう。ノーラ様は確かにご正室ですが元をただせばフリットの吸血鬼。これに対してヴィガ様の母君リホ様は、代々ウィーヴディールの身内であるグース家のご出身。恐れながらミキ様は、異世界から召喚された先代と、その先代に見初められたに過ぎぬ、当家と本来無縁の奥方との間に生まれたお子でらっしゃる。極論、ウィーヴディールとは無関係とも言えましょう」

 さすがにこの発言には、会議室のあちこちから異議が噴出する。

「男爵、いくらなんでもお言葉が過ぎましょう!」

「先代は紛れもなくウィーヴディールの当主、それすら否定なさると!?」

 それでも男爵は動じない。

「無論、亡き公爵様が偉大な当主であったことに、なんら異論はございませぬ。しかし、それは公爵様が類い希なる力を持ち、当家の求めに応じて、多大なる功績を残されたからこそ。翻ってミキ様は、後継者として立つ根拠を公爵様のお子でらっしゃるという一事に求めるよりない。であれば、その根拠に関する限り、ヴィガ様のほうがより強くお持ちであると思われますが如何でしょうか?」

 一理ある。

 ミキ本人でさえ、そう頷かざるを得ない。

 実際、自分は半分化け物だ。

 他種族も少なからず登用されているとはいえ、基本的にはヒトの集団であるウィーヴディール家中において、異質な存在なのは確かである。

 誰かの助力が必要なとき、ついオウルやエルルに頼りがちなのも、彼女らがヒトではない、「他種族」という点で同類という意識が働いていたからでもある。

 誰に言われるまでもない、自分自身、半妖の自分に後継者たる資格があるのかと悩んだこともあった。

 それに対する父の答えは明快で、「文句を言わせないだけの力をつけろ」だった。

 少々皮肉なことに、その血のおかげで身体能力には秀でている。

 加えて自分を磨くための環境にも恵まれていた。

 もう少し時間があれば、雑音を封殺するだけの能力、そしてそれを裏づける実績を備え、満場一致で父の跡を継ぐことができただろう。

「それなのに、こんな早く、それもブライム伯なんかに……。恨みますよ、父上」

 ミキの呟きは誰の耳にも届かない小さなものだった。

 しかし、なにか口にしたことには明らかで、ナーグ子爵はそれを見過ごさない。

「殿下……」

 呼びかけられて気づくと、皆がミキに注目していた。

 どうやら当事者として、フランド男爵の主張に反論を求められているらしい。

 えぇと、とミキは頭をかきながら口を開く。

「その話、後にしませんか」

「……それは、今は前線にいる諸侯が戻ってから、改めて話し合うべきという意味ですか?」

 隠しきれない失望の気配を漂わせながらフランド男爵が尋ねた。

 実のところ、その意見にも少なからぬ賛同はあった。しかし、ナーグ子爵の一本筋の通った事なかれ主義と違い、自分では決められない、責任を取りたくないという小心者達の言い逃れであると、既に男爵らに一蹴されている。

 その小心者達が、ミキも同調してくれるのかと喜色を浮かべたのはほんの一瞬だった。

「いえ、そうじゃなくて……。今、考えなきゃいけないのは、どうやってブライムを倒すかということじゃないんですか」

 白い眉毛の下で、フランド男爵が目を見張る。

「それは……」

「今、ウィーヴディールにとって一番大事なことは、ブライムを討つこと。これは父上の仇を取って、ブライムに報いを受けさせるという意味もありますが、彼のため敵中に孤立した形になってしまっている東方諸侯との連絡を回復し彼らを救うためという目的のほうがより大きい。東方には我が軍の精鋭を多く投入しています。ザーリットごときに後れを取るとは思いませんが、ブライムと挟まれる格好では苦しいのも事実。一刻も早く叛乱を鎮圧し、彼らを救わなければなりません。万一、東方の軍勢を損うような事態になれば、王国平定は大きく遅れることになるでしょう」

 確かに、と賛同する声がいくつも上がった。

 男爵はそれらを慌てて遮る。

「お待ちください! そのためにも、誰が指揮を執るのか明確にしなければなりません。当主不在のままでは、軍を発することなどできないではありませんか」

「僕が行きますよ」

 きっぱりとミキは言い切った。

「ヴィガは初陣もまだです。軍勢の指揮など無理でしょう。その点、僕は何度か戦場に出ているし、一隊を任された経験もある」

 それに、とミキが笑ったのは、彼の未熟さを示すものでもあっただろう。

「僕は半分、化け物ですから。ブライム兵ごときに後れは取りません」

「……!」

「ちょうど、叔母上に裏切り者の首を取ってこいと言われてますしね」

 冗談めかして付け加え、ミキはフランド男爵を見据える。

「僕が当主に相応しい実力があると証明しろと言いたいんでしょう? かつて父上がそうしたように。ブライムを倒せば、十分ではないにせよ、まぁ、この状況で期待される働きとは言えるんじゃないですか」

「……確かに、それこそ喫緊の課題であることに異論はございませぬ」

 男爵が頷くのを待って、ミキは一同の顔を見渡した。

「僕よりうまくやれる自信のある人はいますか」

 返事はない。

 言うまでもなく従軍経験ならミキより豊富な者ばかりだろう。軍勢の指揮という点でも、相応の自負がある者も少なくないはずだ。

 しかし、この場で名乗りを上げることは、ミキの当主就任に単独で異を唱えるに等しい。それどころか、自分が取って代わろうという叛意の表明と取られてもおかしくない。そこまでの野心は誰も持っていないようだった。

「では、直ちにブライム討伐軍の編成を始めます。各自、どれくらい兵士を動員できるか報告してください。出立は明朝。間に合わない者は後から追いかけてくるように」

 誰からともなく立ち上がり、ミキに向かって膝をつく。

 御意、と皆の声が揃った。


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