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懊悩

 使者が帰った後の軍議は紛糾した。

 切歯扼腕の思いは誰にも共通していたが、先の方針となるとにわかには定まらない。

 これほどの外道、断じて許すまじ、直ちに軍を進めて都に向かいブライム伯を討つべしと主張する者。

 ひとまず、アストンの勝利にてウィーヴディール健在を示すことはできた、外交交渉に活路を見出すべしと主張する者。

 どちらにも理があり、どちらにも非がある。

 軍を進めれば人質のクリスの身が危うい。

 実のところ、ミキの個人的な感情を抜きにすれば、彼女自身の安否はさほど重要な問題ではない。

 現時点で婚約者というポジションではあるが、逆に言えばまだ正式に結婚したわけではないし、その婚約自体、本当に彼女を傀儡の女王として祭り上げるなら解消されるのはほぼ確実だ。

 加えて、彼女との結婚によるメリットはそれほど大きいわけでもない。

 しかし、婚約者を見捨てたとなれば、ミキの評判はガタ落ちだろう。

 民心の離反も避けられない。

 また、王家に歯向かう逆賊、反逆者との汚名を着ることにもなる。

 支配力を失った王家に大した価値はないが、それでも大義名分というのは、兵の士気に案外大きな影響を及ぼす。

 ウィーヴディールがここまで勢力を伸ばしてきたのも、ミキの父が「勅命」をうまく利用したからという側面もある。

 ここで逆賊と誹りを受ける立場になれば、今後の行動になにかと制約がかかる可能性は高い。

 一方、ひとまず軍を収めることにすれば、すぐに大きな問題は起こらない。

 周辺諸侯と休戦なり停戦なりの協定を結んで態勢を立て直し、改めてブライム伯爵との対決に臨めば、地力ではウィーヴディールが上回っているのだ、事態を有利に運ぶことは難しくないだろう。

 王権云々に関しても、こちらも別の王子なり王女なりを探してきて対抗すればいいし、反逆者であるブライム伯に対する心証は悪いはずだから、少しずつ内部から切り崩すなどして力を削いでいくことも十分考えられる。

 しかし、こちらがなにかしている間、ブライム伯とて手をこまねいて眺めてはいないだろう。

 元々、政治・外交に関する手腕でのし上がってきた人物だ、策謀の余地を与えればどのような離れ業を繰り出すか、油断はならない。

 ブライム伯だけならまだしも、これまでウィーヴディールと対立してきた周辺諸侯にも巻き返しを図るチャンスを与えてしまう。

 なかなか全てを解決できるような妙手は見つからなかった。


 その夜、夢に現れたクリスは、煌びやかなドレスを身にまとっていた。

 凝った意匠の刺繍が施され、随所に宝石があしらわれた、豪奢な逸品。胸の部分にサルート王家の象徴である一角獣の紋章が縫い取られている。複雑に結い上げられた髪には、白銀のティアラが輝いていた。

 国王としての正装なのだろう。

「ご即位おめでとうございます、女王陛下」

 ミキは跪いて恭しく頭を垂れた。

「めでたくないわよ。笑えない冗談だわ」

 クリスはティアラを取って眺めつつ鼻で笑い、そのまま放り投げる。

 夢のなかのこと、ティアラはそのまま消え去った。

「いやぁ、まさかクリスを王位に就けると言い出すとは思いませんでしたよ」

「他に手がないのよ。なにをどう言い繕っても、先生のしたことは主への叛逆だわ。辛うじて大義名分が通るとすれば、失われた王家の復興を持ち出すくらいのものなんでしょ」

「そんなところでしょうね」

 頷くミキに、クリスはため息で応じる。

「でも無理がありすぎるわ。私、淫魔よ。王家の一員として相応しくない種族だとか、今までぼろくそ言われたわ。それが王位を継ぎますって言ったところで、誰がついてくるって言うのよ」

 彼女は日頃、自らを夢魔と称する。

 言葉を飾ったところで実体が変わるわけではないのだが、やはり淫魔という呼び名にはどうしても侮蔑のニュアンスがつきまとう。少しでも自分をよく見せたいというのは、ごく当たり前の心情だろう。

 にも関わらず、あえて淫魔と自称したところに、彼女の苛立ちが感じられた。

「僕としては、クリスならいい女王になると思いますけどね」

「あのね、誰が王様になるかって、国家の一大事なのよ。そんな、『かもしれない』的な未知数じゃダメなの。ある程度以上、計算できる人を据えて、それでもうまく行くとは限らないものでしょ。適当な王様を選んだ国がどうなるか、その見本が今、私達の目の前に転がってるんだけど?」

「ごもっともです」

 ひとしきり怒りを吐き出して気が済んだのか、クリスは表情を改め、にこやかな笑みを浮かべた。

「ダーリンこそ、おめでとう。魔法みたいな手際で城を落としたって評判になってるわよ」

「みたいなって言うか、魔法で落としたんですけどね。姉上の」

 ミキが肩をすくめると、クリスはこめかみを引きつらせる。

「あの『味方殺し』のお姉さん?」

「えぇ、まぁ」

「何人殺したのよ……」

「詳しいことは。でも、双方そんなに犠牲者は多くないはずですよ。天に向けて空砲ぶっ放して、次は当てるぞって脅しただけですから」

「あぁ、実際に攻撃に使ったわけじゃないのね」

 安堵の息をついて、クリスは片目をつむり、人差し指をミキの胸元に突きつけた。

「なんにせよ、都雀の間でダーリンの評判、急上昇中よ♪ これなら公爵家は安泰、いずれこの国を救ってくれるだろう、って」

「おかしいな」

 ミキは苦笑する。

「ついこの前まで、このままではやがて半妖に国を奪われる……とかなんとか陰口を叩かれてた覚えがあるんですけど」

「裏切り者よりマシってことじゃない? 先生、人気ないのよね。イケメンなんだけど、なんか雰囲気暗いし」

「まぁ、王女を人質に取るようじゃ、人気も出ませんよね」

「王女?」

 クリスは自分を指して首を傾げた。

 ミキは頷き返す。

「クリスの生命が惜しければ、停戦と王都への召喚に応じろという勅使が来ましたよ」

 使者の言い分をかいつまんで説明すると、クリスは壮絶に吼えた。

「ふざっっっっっけんじゃないわよっ! そんな話、聞いてないっっっっっ! 私が王位を継げば、勅命と称してダーリンに和平を持ちかけるって言うから、それなら名前くらい貸してもいいとは言ったけどっっっっっ!」

 軍議に参加した諸将の誰よりも激しい怒りを表し、眦を決してミキを睨む。

「来ちゃダメよ、絶対。あんたと私じゃ、生命の重みが違うんだから」

「まぁ、無駄死にする気はないですよ」

「ごまかすな。来ないって言え」

 じと目でツッこむクリスに、ミキは軽く両手を挙げた。

「約束はしかねます。クリスを見捨ててでもブライム伯を討て、という声も決して小さくはない。なので、軍を引き連れて行くことになるかもしれません」

「あぁ、それならいいわよ。わかってるわね? 私がどうなろうと、大した問題じゃないの。ダーリンにとって大事なことは、公爵様の仇を討って自分が跡継ぎだって実力で示すことよ」

「もちろん、それが一番なのはわかってます。けど、人質に取られた婚約者を見捨てた冷血漢って言われるのもシャクなんですよね。半分アンデッドなんで、血が冷たいのは当然なんですが」

「甘いこと言ってると足下すくわれるわよ。先生だって、差し違えて公爵様を倒して、それで良しとは思ってない。薄くても成算があると見込んで動いたはずだわ」

 ミキは頷く。

「伯に自殺願望があるとは聞いてませんしね。部下や兵士を納得させるだけの計画は示したんでしょう」

 最低でもリーサル伯となんらかの密約を交わしているのは間違いないだろう。

 それだけとは限らない。

 切れ者で知られるブライム伯のこと、一発逆転の妙手を用意している可能性は十分ある。

「私のことは……そうね、悲劇の美少女として、ダーリンの伝記で簡単に紹介してくれれば、それで十分よ。この国が平和になったところを見られないのは残念だけど」

 苛立ちがミキの胸を焼いた。

 理屈としては理解できる。

 今の状況でクリスを救う余裕はない。

 彼女自身が言うように、最も重要なことは速やかにブライム勢を鎮圧することで、そのためにはクリスを見殺しにすることもやむを得ないだろう。

 理屈では、だ。

 だがミキの気持ちとしては、とても受け入れられない。

 クリスに恋愛感情があるかと言われると、自分でも疑問だ。

 出会ってからそれなりの時間を共に過ごしたし、一応は婚約者という名目だから、デートの真似事のようなこともしている。

 とはいえ、彼女はまだ幼く、異性としての意識は希薄だ。

 ませた妹……というのがミキの抱く感情に近い表現と言えるだろうか。

 それでも、自分に近しく、大切に思っている相手ということは間違いない。

 そのクリスが、自らの生命を軽んじているかのような態度なのが、たまらなく歯がゆい。

 彼女がそうせざるを得ない状況に追いこんだブライム伯に憤りを覚える。

 だがそもそも、伯がそうした選択を可能とする戦乱を収めなければ、似たような茶番は何度でも繰り返されるのだろう。

「……そんなの僕はご免ですよ」

「ダーリン……?」

 夢を包む霧にヒビが入った。

 二人の気持ちが同じ方向を向いていなければ、夢魔は夢をつなげない。

 クリスの悲鳴と同時に夢は砕け散った。

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