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09 できることなら、そうしたかったよ

 三年生になる頃には、アマンダは美しく成長していた。

 どうやら錬金科でも大活躍しているようで、彼女名義の新しい錬金薬がいくつか発表されて話題になったりもしている。第二皇子との仲は何も進まなかったけれど、周囲には友人がたくさんいるようだった。


――彼女が鼻を触り、俺が胸を叩く。


 それだけの交流が、今はすごくもどかしい。

 本当は彼女の隣を陣取って、不敵な笑みを浮かべる横顔を眺めていたかった。新しい料理に挑戦して、盛大に失敗して、二人で笑いながら黒焦げの物体を食べる時間が懐かしかった。昔より筋肉のついた俺の腕で、彼女のことを抱き上げて、そして。


「――貴方がアマンダを手に入れられるのは、秋の卒業記念パーティになるでしょう」


 ジュリアの言葉に、俺は感情を消して静かに頷く。

 学園の三年生にもなれば、大半の生徒は夏までに全ての授業を受け終える。秋に卒業記念パーティをして、それ以降は春からの新生活に向けてそれぞれの準備を始めるのだ。騎士科の生徒は、冬の最後にある闘技大会に向けて自己鍛錬を行うことになるが。


「ジュリアにとっては晴れの舞台になるな。ドレスはもう注文したのか?」

「まだ気が早いわ。でもそろそろ考えないと」

「なるほど。麗しい姿を楽しみにしているよ」

「ふふふ。楽しいパーティになりそうね」


 そんな風にして、ジュリアは軽い足取りで去っていった。


「……おい。グレモンド。彼女と何を話していた」


 俺にそう声をかけてきたのは、第二皇子ベルゼリオ。

 最近の彼はどんどん嫉妬深さを増し、ジュリアが誰かと話をしているだけで狂ったように詰め寄るようになった。以前はもうちょっと会話が通じる相手だったと思うんだけどなぁ。


「皇子。例の計画についての相談ですよ……安心してください。これで、誰に憚ることもなく彼女と一緒になることができるようになるでしょう。もう少しの辛抱です」

「だが……あんな親しげに」

「ご心配なさらないでください。自分がジュリア様と関係を持とうなどとおこがましいことです。まして皇子を差し置いて、そのようなことはいたしません。信じてください」


  ◆   ◆   ◆


 寮の自室に帰ってくると、珍しい客人があった。


 サージェス・ローズマリー。

 彼はもうとっくに学園を卒業して、ローズマリー侯爵領で次期侯爵としての教育を受けているところだと思っていたんだけど。まさか、こうして学園に足を運んでくるとは思わなかった。


「久しぶりだね、サージェス。どうしたの?」

「どうしたの、じゃない。グレモンド、何だあの手紙は。一体何がどうしたら、そんなことになるんだ。きっちり説明してもらわないと、僕は納得できないからな」

「……そう難しい話じゃないんだけど」


 俺はサージェスに椅子を勧め、紅茶を淹れる。

 フォティニア伯爵家の企みについてはもちろん事前に手紙に記し、サージェス宛に送っておいた。騎士団長が裏切っている可能性があるため、ことは極秘に進める必要がある。ローズマリー侯爵も最初は信じられなかったみたいだけど、その後独自に調査をして、事態を正確に把握したらしい。


 そして、サージェスの対面に座った俺は話を始める。


「ジュリアは秋の卒業記念パーティで、第二皇子ベルゼリオを操って、アマンダに婚約破棄を叩きつける準備を進めている」

「あぁ、それは理解した」

「アマンダを守るために一番手っ取り早いのは、ジュリアとベルゼリオを殺してしまうことだろう。しかしこれは、ローズマリー侯爵家と皇家、フォティニア伯爵家との間に浅からぬ傷をつけ、最悪の場合は戦争に発展するかもしれない愚行だ」


 正直、第一皇子の件があってから皇家はローズマリー侯爵家を良く思っていない。戦争を起こす口実を与えてしまえば、嬉々として軍を送る選択をしてくるだろう。


「ジュリアとベルゼリオに心変わりをさせる……という選択肢は現実的じゃない。少なくとも、俺にはやり方が見つからない」


 ジュリアはもうすっかり覚悟を固めていて、狂気すら感じるほどだ。そして、長期間に渡り魅了魔法を浴び続けたベルゼリオは、もう解呪不可能なほど彼女にはまり込んでしまっている。

 この二人の心が変わると期待するのは、正直厳しいだろうというのが俺の感覚だ。


「アマンダの名誉を傷つけず、ローズマリー侯爵領の平穏も保って、事態を解決する方法が――俺には、他に思いつかなかった」


 サージェスならきっと、分かってくれる。

 彼は昔とは比べ物にならないくらい、とても良い男に育ったから。次期侯爵として立派に公務をこなす彼になら、きっと。


「サージェス、約束してほしい。俺が死んだ後……どうかアマンダには、幸せな人生を送れるように取り計らってやってほしいんだ」

「馬鹿。アマンダを幸せにするのは、お前だろう」

「……できることなら、そうしたかったよ」


 俺も色々と考えたけど。

 これ以外に、道はなかったのだ。


「そうしたかったよ。本当は、ずっと」


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