08 どうやって実現すれば良いのか
フォティニア伯爵令嬢のジュリア。
彼女は俺の手を掴んだままなんだけど……うーん。とりあえずちょっと離してもらおうかな。なるほど、これは思った以上に厄介かもしれない。
彼女の手をそっと引き剥がしながら、俺は話し始める。
「そんな魔法を使わなくたって、俺は貴女の敵にはなりませんよ。まずは魔力を抑えてくださいますか」
「……なぜ」
「精神に影響を与える魔法。おそらくは魅了系統の魔法をお持ちなのかとお察ししますが……そこまで強くはありませんね。少なくとも、俺の魔力防御を突き抜けるほどではないので」
青い顔をした彼女を椅子に座らせ、俺も対面に腰掛ける。
精神に影響を与える魔法は、よほど強いものでない限りは体表面の魔力防御で弾かれる。その上で俺は、体内の魔力防御も固めているため、まぁ直接触れたところで彼女程度の魔法が通用することはないかなと思う。
サージェスの話を聞いてから、心の準備をしておいて良かった。ジュリアがこういうアクションを起こしてきた時に俺がどう振る舞うのか、事前に考えておけたからね。
「魔法など使わなくても、俺と貴女の目的は一致している。協力し合えることもあるかと」
「あら」
「少し、腹を割って話をしませんか。俺がアマンダを欲しているという貴女の推察は、間違っていません」
そうして、俺は彼女と色々な話をしていった。
◆ ◆ ◆
帝国北部の大貴族。
ローズマリー侯爵家とフォティニア伯爵家は、非常に仲が悪い。というのも帝国が周辺地域を統一する前は別の国であり、それぞれ王家を名乗っていた。古くから何度も戦争を繰り返してきた歴史があるため、今でもお互いのことを仮想敵として防衛設備を整えてたりするわけだ。
そんな中、ジュリア・フォティニアは人生の春を謳歌していた。
将来は皇帝になることがほぼ決まっている第一皇子。その婚約者として、周囲からの嫉妬や羨望を浴びながら、彼女は気分良く暮らしていたのだという。
――あの日。第一皇子が失脚するまでは。
「アルフレッド様を失脚させた主犯は、憎きローズマリー侯爵家だと聞きました。きっと奴らはフォティニア伯爵家が気に食わなくて、薄汚い奸計でアルフレッド様を追い落としたのよ」
「なるほど。それで?」
「わたくしはその時点で既に、アルフレッド様に貞操を捧げておりました。皇家には代わりの婚約者を用意するよう要求しましたが……中古女にあてがう皇子はいないと」
その後、彼女は失意のまま学園に入ることになり、そこでアマンダ・ローズマリーが第二皇子と婚約していることを知った。つまり、彼女はローズマリー侯爵家の策略によって未来の皇后の座を奪われたのだと。
腹の底からグツグツと煮えたぎる怒りで、頭が真っ白になる。
「気がつけば……わたくしはベルゼリオ様に身体を開いておりました。薄汚い尻軽だと揶揄されても仕方がありませんし、ベルゼリオ様もわたくしを都合の良い情婦くらいにしか思っていなかったでしょうが」
「皇子に対して、魅了魔法は」
「ふふ。身体を重ねている時にかけると魅了がよく効きますのよ。特に、殿方が絶頂を迎えた際は魔力防御がほとんど無効になりますから……ベルゼリオ様は今や、アマンダに対しては憎しみしか抱かず、わたくしを愛おしく感じておられるはずです」
そうして、ジュリアは悪女のような笑みを浮かべているけれど……なぜだろう、彼女がこれっぽっちも楽しそうに見えないのは。
もちろん、彼女の言葉は彼女の目線から見た世の中のことであり、実際にはアマンダが次期皇后の座を奪おうとしたなどという事実は存在しない。そして残念ながら、俺はそれをジュリアに誤解なく伝えられるほど口が達者ではなかった。
「だけれど、おかしいのよ。わたくしがどんなにベルゼリオ様と情を交わしても、アマンダは眉一つ動かさない。彼女に見えるところで唇を重ねたところで、悔しがるどころか、炉端の石でも見るような無関心さで」
まぁ、それはそうだろう。
そもそもアマンダと第二皇子は、嫉妬をするほどの関係性を築けていないんだと思う。彼女は錬金科、第二皇子は統治科で学んでいるから、顔を合わせる機会すら少なかったはずだ。なのに、ろくに話をする前から第二皇子は彼女を毛嫌いしていたわけだから。
「アマンダの澄まし顔を歪ませる。ローズマリー侯爵家が没落した暁には、それも拝めると思うけれど」
「俺が気になっていたのはそこですよ。ローズマリー侯爵家が没落するというのは、俺にとってもアマンダを手に入れる恰好のチャンスです。しかし、現実にどうやって実現すれば良いのか……その手段が、俺には想像もつかないので」
「ふふ。それは簡単ですわ」
ジュリアは妖艶に口元を歪めながら、可笑しそうに肩を揺らす。
「ローズマリー侯爵騎士団に、フォティニア伯爵家の手の者が入り込んでいるのよ。だから、あとは伯爵家の合図をもって裏切るだけの段階に来ている」
「そううまくいきますか。相手は名家の精鋭です」
「ふふ。何も問題ないわ。だって……ローズマリー侯爵騎士団の騎士団長すら、我が家は抱え込んでいるの」
クスクスと、今度はいたずらをした童女のように笑いを漏らしながら。その目は伽藍洞で、何も映していないように見える。
ローズマリー侯爵騎士団の騎士団長が、本当に間者だしたら……もう何十年も潜り込んでいることになる。ずいぶんと気の長い作戦だと思うものの、今の状況を考えるとたしかに効果的ではある。
「グレモンドさん。情勢をよく読むことです。誰と敵対して誰を味方につけるのが得か。積み木の山は、もう突き崩すだけの段階に来ているのですから。それに、貴方にとってはアマンダを手に入れる最初で最後の機会になるかもしれませんし」
「あぁ、そうだな」
「ふふ。でもまぁ、わたくしを裏切ってローズマリー侯爵家に肩入れするのも、それはそれで面白いことになりそうですが。わたくしは、どちらでも構いませんことよ?」
そうして、ジュリアは甲高く笑った。本当は面白いことなんて何一つないのだろうに。空虚な声で、発言も支離滅裂で、自分でもどこまでが演技かおそらく理解できていないのだと思う。
いっそ涙の一つでも零した方が、まだ彼女の心を表現できていただろう。