06 むしゃむしゃ食べるがいい
騎士科では冬の終わりに闘技大会が行われる。
それで、通常の期末試験と合わせて、この大会での結果が学年順位に反映されることになるんだよね。それと、この大会は学年混合で行われ、卒業を間近に控えた三年生が下級生をボコボコにすることで卒業後の勤め先に自己アピールするための場にもなっているんだけど。
「――そこまで。勝者、グレモンド・ジンジャー」
なんと俺は、決勝戦で三年生を打ち破るくらいに強くなっていたらしい。
まぁ、この一年で俺の体もぐんと大きく成長して、ひたすら鍛錬漬けの日々を送っていたから、当たり前といえばそうかもしれないけど。
観客席にいる他科の生徒から盛大な拍手をもらいつつ、対戦相手の先輩と握手を交わす。
「まいった……こんなに強い一年がいるとはな。勝ち筋がまったく見つからなかったよ。私も研鑽が足りない」
「いえ、実力としては五分でしょう。先輩は予想以上に強かったです……俺も卒業したら、先輩と同じく皇家の近衛騎士団に入るつもりでいるので、またよろしくお願いしますね」
そうして退場しようとすると、ふと観客席でアマンダが鼻を触るのが見えたので、俺は胸をポンポンと撫でる。もちろん、服の下には例のペンダントをずっと隠してある。
表彰式なんかが終わり、風呂に入って身綺麗にして、少しゆっくり休もうか――と思っているところで。
「グレモンド・ジンジャー。皇子がお呼びだ」
第二皇子の取り巻きの男がそう話しかけてきたため、俺は笑わないよう細心の注意を払って、彼の後についていくことにした。
◆ ◆ ◆
第二皇子ベルゼリオ・ゴールドクレスト。
彼はオドレム帝国の皇帝であるバルバトス・オドレム・ゴールドクレストの実子である。そして、ゴールドクレスト皇家の中でも強い期待を寄せられている優秀な皇子であり、皇位継承権は現在第一位だ。
第二皇子専用に確保された談話室。
そこにやってきた俺は、取り巻きに囲まれた第二皇子と対面する。なるほど。部屋の調度品も身につけている装飾品も高価そうだけど、それを嫌らしく見せつけるような態度はない。きっと彼にとっては日常のありふれたものなんだろうな。
「よく来たな。急な呼び出しにはなったが、許せ」
「いえ、許す許さないなどと、畏れ多いことは申しません。未来の皇帝陛下とこうしてお言葉を交わせますこと、光栄に思っております。申し遅れました、自分は騎士科一年のグレモンド・ジンジャーです」
「うむ。気持ちの良い男だな。そこに座れ」
ベルゼリオはそう言って、席を勧めてくる。
俺は深々と一礼してから椅子に腰掛けた。ひとまず失礼にならない範囲で、第二皇子をちょっとだけいい気分にさせることはできたと思う。未来の皇帝陛下――という言い回しはかなり彼に効きそうなので、これからも大事に使っていこう。
「闘技大会の優勝おめでとう、グレモンド。お前の戦いぶりは私も貴賓席から見させてもらっていた。強いな」
「恐縮です。巡り合わせも良かったのでしょう」
「ふむ。私はお前を気に入った。とても楽しませてもらったのでな、優勝祝いに何かくれてやろうと思っている。金でも女でも、欲しいものがあれば申してみよ。考えてやろう」
じゃあ、アマンダをください。
などと言ってしまうと大変なことになるからね。
この状況は、俺が狙った通りのものだった。
優秀な成績を残しつつ、闘技大会で派手に活躍する。その裏で「グレモンド・ジンジャーは皇家の近衛騎士団を目指しているらしい」という噂をあちこちでばら撒いて、複数のルートから第二皇子の耳に入るようにする。
第二皇子が祝い品をくれる――という今の状況は、つまり俺を自分の陣営に引き込もうと考えているということ。これを狙っていたんだよ。
「さぁ、どうした。何が欲しい」
「はい。それでは……未来を少しだけ頂戴したく」
「未来? 何だそれは」
うんうん。意味分かんないよね。
「ベルゼリオ皇子が皇帝となり、自分が近衛騎士としてお守りする――その未来を、少しだけ体験させて頂きたく思っております」
「なるほど。つまり学園で私の護衛をしたいと?」
「はい。もちろんこれは自分の望みを申しただけですので、ご判断は皇子にお任せいたします。ですが、自分も生半可な覚悟で申しているわけではありません。必要な状況は揃えてあります」
そうして、俺は腰につけた空間拡張ポーチから書類を取り出す。
「学園を卒業するために学ぶ必要のある科目については、特例で試験を受けて全て合格しております。座学においても実技においても、騎士の要件は満たしているつもりです」
「ふむ。全科目において特級評価か」
「といっても、本職の近衛騎士と比較すれば経験も足りぬ素人でしかないでしょうが……何か望みを叶えてくださるというのであれば、自分に護衛の任を申し付けいただきたく」
うん。この条件を満たすために、めちゃくちゃ頑張ったからね。
この制度は元々、実家で高度な教育を受けてきた名門貴族の子弟たちが無駄な授業を受けずに済むように用意された仕組みらしいんだけど、全科目を一年で突破したのは僕が初めてらしい。もちろん、勉強自体は「皇家の近衛騎士団に入る」と目標を定めたタイミングからずっと頑張ってきたから、ある意味で当然の結果ではあるんだけどさ。たぶん、やろうと思えばアマンダも突破できると思う。
皇子は悩むような仕草をしているけど、内心ではニコニコだろう。なにせ自分の陣営に取り込みたかった将来有望な鴨が、ネギを背負うどころか自ら調理されて皿の上に寝っ転がっているのである。さぁ、むしゃむしゃ食べるがいい。
「……いいだろう、グレモンド。それではこれより、お前は私の護衛として側に侍ること。近衛騎士団には話を通しておくから、仮入団という形で任務に当たれ。近衛騎士との面通しは後日だ」
「承知しました。誠心誠意、任にあたります」
こんな風にして、俺は第二皇子の懐に飛び込むことに成功したのである。