05 それはちょっときな臭いな
俺は寮にあるサージェスの居室に来ていた。
サージェスは統治科の三年生。あと半年で卒業してローズマリー侯爵領へと帰っていくから、こうして相談できるのは今のうちだけなのだ。
紅茶を一口飲んだサージェスが、ゆっくり話し始める。
「グレモンド、以前はすまなかった。思い返せば、かつての僕はどうしようもなく愚かだった……心底恥ずかしい」
「いいって、それはもう。一回きり、正々堂々の決闘をして決着をつけたんだ。恨みは引きずらない約束だろう。それより、今日はちょっとサージェスに相談したいことがあってさ」
俺はふぅと息を吐いて、紅茶を一口飲む。
「グレモンドの方から相談とは珍しいな」
「そういえば初めてかもね。ちょっと悩んでて」
「第二皇子の件だろう……噂になっている」
聞けば、第二皇子が「アマンダはクソ女」と言って回っているのは、統治科の中では有名な話らしい。サージェスは何やら難しそうな顔をしてポツリと言う。
「アマンダは目つきが少し鋭いだろう」
「うん。意思の強さが見た目で分かるよね」
「そういう女は、どうも帝都では好かれないらしい。良い女というのは一歩下がって男の後ろを歩き、柔らかく微笑んで、口答えをしないものだ――それが帝都の風潮のようでな」
あ、うん。アマンダは柔らかく微笑むより、悪巧みしてニヤニヤしてる方が似合う子だからね。口答えしない彼女なんて想像もできないし。それのどこがダメなのか、俺にはいまいちピンとこないけど。
「アマンダは魔力も強く、貞操も固い」
「そこは普通くらいじゃない?」
「そうでもないさ。なんでも……第二皇子が身体に触れようとしたところ、強烈な魔力で威嚇したという話だ。明言はされていなかったが、おそらく襲いかかって返り討ちにされたんだろう。可哀想に」
うん。可哀想にね。
とはいえ、それは皇子側の問題じゃないかなと思うけど。貴族家にいれば情勢次第で結婚相手が変わることもあるんだから、入籍するまで手を出さないっていうのは鉄則のはずだ。
ただ、話を聞いて第二皇子の事情は朧げながら見えたかな。婚約者にみだりに触れようとして、手酷く拒否された。それで逆恨みして、感情のままに貶して回ってる。うーん、救いようがないなぁ、というのが俺の正直な感想になるけど。
「グレモンドとアマンダは二人で鍛錬を続けていたから気づいていないだろうが、お前たちの魔力はとんでもなく強い。皇族を退けるほどとなると、一般的な貴族子女のレベルからは明らかに逸脱しているだろう」
「え。でもサージェスだって、前に第一皇子をボコボコにしたんじゃなかったっけ」
「お前たち二人は、その僕をボコボコにするくらい強いじゃないか」
あー、それはそう。
俺たちとサージェスは、約一年に渡る戦争を繰り広げる中で、お互いにめちゃくちゃ自己研鑽を積んだからね。サージェスもめっちゃ強くなったし、俺もアマンダも彼に追いつかれないよう必死で鍛えてたから。
「帝都で理想とされる女はこうだ――血統の良い金持ちの家で生まれて。魔力が貧弱で、頭もちょっと悪く、口答えをせず良く言うことを聞く。夫の不貞を咎めず、いつもニコニコと笑っている」
「無理じゃん、アマンダ」
「あぁ、アマンダには無理だ」
アマンダが満たしてるのは家柄くらいか。
魔力はめちゃくちゃ強くて、勉強もしっかりこなし、俺とよくいろんなテーマで討論していた。俺が女性使用人と決して二人きりにならないよう裏で指示を出していたり、いつも悪巧みしてニヤニヤ笑ってるからね。
「それと……グレモンド。君がこれからどう動くにしろ、第二皇子の取り巻きの中にいる女には気をつけろ」
「女?」
「あぁ。ジュリア・フォティニア。帝国北部で、ローズマリー侯爵家に次いで広い領地を持っているフォティニア伯爵家のご令嬢だが……彼女は元々、第一皇子の婚約者だった。何を考えているのか」
なるほど、それはちょっときな臭いな。
一応、俺なりに色々と動くつもりでいたけど、計画を見直す必要があるかもしれない。甘い想定でことに当たれば足を掬われる可能性がある。できる限り準備をしておかないと。
「――とにかく、ジュリアには気をつけろ」
サージェスの言葉を、俺は胸に深く刻み込んだ。





