03 別に謝る必要はないよね
サージェスが帝都の第一学園で寮生活を始めると、俺とアマンダの生活は一気にのんびりしたものになった。
領城の敷地に建てられたアマンダの暮らす別館にはいつの間にか俺の部屋も用意されており、もう事実上、入り浸ることを許された形になっていた。
アマンダは魔術の練習をしつつ、錬金術の勉強に精を出す。
一方の俺は、剣技を磨きながら魔力操作技術をいくつか身につけ、独自の派生魔法を作り込んでいった。なにせアマンダの嫁ぎ先のことを考えれば、俺は皇家の近衛騎士団でも通用する実力を身につける必要があったから。学園の勉強も可能な限り先取りしておいた方がいいだろう。
「グレモンド、はいこれ飲んでみて」
「体力回復薬? 色がなんか変だけど」
「味を改良してみたの。普通のは薬臭いから、子どもでも飲みやすい味にしようと思ってね。薬効は変わっていないはずよ。たぶん」
そうして二人でのんびりと鍛錬したり、人体実験をされたりしながら。時折思い出したようにダンスの練習をしたり、わざとらしい礼儀作法でふざけ合ったりして、ずいぶん長い時間を一緒に過ごした。
「グレモンドさん。わたくし、お茶の作法の確認したいのですが。少々付き合ってくださらない?」
「はっ。自分でよろしければお供します。あ、そうだ。母さんが焼き菓子を持たせてくれたんだよ」
「え、本当? やったぁ」
真面目な口調は、気恥ずかしくて長持ちしなかったけれど。
俺の身長はぐんぐん伸びていって。アマンダの体つきはどんどん女性らしく丸みを帯びていって。色々なものが変わっていく中で、それでも俺たちの関係は変わらなかった。
正直、恋愛感情がなかった、と言ってしまうと嘘になる。俺たちはお互いの気持ちを十分に理解していた。それでも何もしなかったのは、貴族の責務を投げ出してまで破滅的な行動に出ようとは、お互いに思わなかったからだ。
のんびりとお茶を飲んでいたアマンダが、ふと思い出したように告げる。
「そうだ、グレモンド。サージェスから手紙が来たんだけど……学園でちょっと困ったことになってるみたいでね。どうしたらいいか相談されたのよ」
「珍しいね。何があったの?」
「なんでも、サージェスは第一皇子をボコボコにしてしまったらしくて」
俺は思わず笑ってしまった。
それでよくよく話を聞いてみれば、なんとまあ。第一皇子がとある伯爵令嬢に乱暴をしようと物陰に連れ込んだらしいんだけど、偶然それを見ていたサージェスが割り込み、取り巻きたちをきっちり無力化した上で、第一皇子をボッコボコにしてしまったらしいのだ。案外やるじゃん。
「あのね。なんか一対多で不利な状況らしかったんだけど。サージェスは障壁魔術を駆使して、一対一を二十回ほど繰り返すって状況を作り出して」
「どこかで聞いた流れだ……」
「取り巻きを片付けたら、第一皇子が降参とか言えないように、細心の注意を払って丁寧にボコボコにして」
「どこかで聞いた流れだ……」
「心をバッキバキに折って、もう女性に無体な真似はしませんって誓わせたらしいんだよね」
どこかで聞いた流れだった。
第一皇子は公衆の面前で恥をかかされ、帝城に閉じこもってしまったらしい。
そんなわけで、皇家を通してローズマリー侯爵のもとに謝罪要求が届いたみたいなんだけど。侯爵は「自分でやったことは最後まで自分で責任を持て」とその書類を右から左へ、つまりサージェスにパス。彼は見事に頭を抱える結果になったのだという。
「それでね。サージェスは謝りたくないらしくて」
「なんだ、じゃあ謝らなければいいじゃん」
「私もそう思う」
別に謝る必要はないよね。
となると、サージェスが取るべき行動は。
「そうだなぁ。皇家から来た謝罪要求の書類を複製して、帝国中にばら撒いたら良いんじゃないかな。事情説明の手紙も添えて」
「なるほど、それはいい考えね。襲われそうになったレモンバーム伯爵令嬢にも協力してもらいましょうか」
アマンダはいつもの悪巧みしてるニヤニヤ顔を浮かべながら、サージェスに返信の手紙をしたためていた。
それから数カ月後。
名だたる帝国貴族が皇家に対して連名で出した抗議文に、第一皇子がついに公式謝罪を行った。決め手となったのは、各貴族家からの「交易停止」や「納税拒否」といった厳しい脅し文句であり、それまで皇太子に内定していた第一皇子が継承権を剥奪される騒ぎにまでなった。まぁ、被害者も少なくなさそうだったから、自業自得だろう。
一連の事件を通して、サージェスには新たに婚約者ができた。といっても、彼には既に別の婚約者がいるから、レモンバーム伯爵令嬢は第二夫人にという立場なってしまう。けれど、それでもいいから是非にと先方から熱烈に要望されたのだという。
サージェスからはまた相談の手紙が来たけれど、こればかりは俺もアマンダも「頑張れ」としか返しようがなかった。