02 この先もずっと変わらない
アマンダと初めて会ったのは、まだ首も据わっていない赤ん坊の頃だったらしい。
もちろん俺も彼女もその時の記憶なんて全くないから、なんか気がついたらずっと一緒に遊んでたなーという感覚しかなかった。隣にいるのが当たり前、と言ってもいい。
俺たちの母親は学生時代の友人同士だったらしく、アマンダの母親であるデーリッシュさんはよく俺の面倒を見てくれていた。今になって冷静に考えると、領地も持たない男爵騎士の息子が、侯爵の第二夫人に面倒を見てもらうって……いやぁ、うちの母親はなかなか肝が太いなぁと思う。
「あらあら。グレモンドは木剣を振るのが上手ね。将来はお父君のように近衛騎士になるのかしら。ふふふ……魔力も強いし、どうなるか楽しみね」
デーリッシュさんにそう言われたのをきっかけにして、なんとなく騎士の真似事をし始めたのが三歳の頃だった。そうしたら親父がなんか大喜びしちゃって、仕事の忙しさの合間を縫うように俺に英才教育を施すようになってさぁ。
実を言うと、そこまで騎士に拘りがあったわけじゃないんだけどね。当時の俺は親父が構ってくれるのが嬉しくて、指導されるがままに小さな木剣を振り回していた。
「ほう、もう魔力操作技術を使えるようになったのか。いいか、身体強化は基本中の基本だが、非常に奥深い。使い込んで練度を上げていけば、それだけで立派な武器だからな」
五歳の頃に身体強化スキルを覚えると、アマンダに駆けっこで負けることがなくなった。
それが悔しかったのか、彼女もまたスキルの練習を始めたので、俺は慌てて脚力強化というもう一歩先のスキルを練習し始めた。彼女に追いつかれないよう鍛錬を重ねるのは、なかなかスリリングだったように思う。
「グレモンドのバチバチするのは魔法?」
「うん、雷魔法。アマンダは火炎魔法だっけ?」
「そうだよ。近接戦闘ではグレモンドに勝てそうにないからさぁ。わたしは魔法と魔術で遠距離から戦うことにするよ」
貴族令嬢が戦う機会なんてあるのか、という疑問は当時の俺たちにはなかった。
この頃の俺は雷魔法とスキルを組み合わせた「派生魔法」を中心に練習し、雷を使った身体強化で庭園をめちゃくちゃにして、死ぬほど怒られたりした。一方のアマンダは火炎魔法と魔術を組み合わせた「合成魔術」を色々と練習し、庭園を消し炭にして五時間くらい正座させられていた。
後になって思い返せば、遊びながら競い合っているあの時から、俺たちの自己研鑽は始まっていたんだなと思う。
十歳になる頃には、アマンダはだいぶお転婆に育っていた。
俺はなぜか彼女のお目付け役みたいな立ち位置だと思われていたようで、なんか領城にもフリーパスで入れるようになっていたんだよね。本当になんでだろ。彼女のいる別館は、もはや俺にとって庭のようなものだった。
「グレモンド。あのね、でっかい毛虫がいたんだよ。こーんな大きいの。それで、なんか黄色い毒みたいなの吐いてて、すごく面白かった」
「魔物じゃん。え、どこにいたの?」
「森だけど」
アマンダ、脱走してんじゃん。
俺が頭を抱えていると。
「大丈夫。ちゃんと魔法で焼いてきたから」
「何も大丈夫じゃないけど……まったく。今度から森に行きたい時は、せめて俺に言いなよ。浅いとこなら警護してやれるから」
「はーい」
そんな会話をした数日後に、アマンダの母親であるデーリッシュさんが病で亡くなった。
アマンダは決して誰かに涙をみせることはなかったけれど、その後は俺を連れて森に行く頻度が増えて、部屋には錬金薬の書籍や素材が積み上がるようになった。そして、月命日には必ず二人で墓に行って、花を供えるのが習慣になった。
それから、少し時は流れて。
サージェスに初めて会ったのは、俺とアマンダが十二歳になった頃だった。
アマンダより二つ年上の彼は、侯爵の第一夫人の息子であり、初対面の時はめちゃくちゃいけ好かない奴だったのを覚えている。
「――グレモンド。君、騎士として将来有望なんだろう? どうせアマンダはよそに嫁に出すんだし、先々のことを考えたら、僕と仲良くしていた方がいい。こっちの取り巻きになりなよ」
その物言いに心底イラッとした俺とアマンダは、寄って集ってサージェスをタコ殴りにした。
彼は鍛錬をサボってはいたものの、さすが高位貴族の息子だけあって、親から引き継いだ魔力は強い。つまり、とても耐久力のあるサンドバッグだったわけだ。アマンダの作った回復薬の実験台としても優秀だったから、実に有意義な喧嘩だったと思うよ。もちろん、怪我なんかは全部治療して帰してやったわけだけど。
さて、サージェスとの「戦争」が始まったのはそれからである。彼は取り巻きを率いて、あの手この手で俺とアマンダを攻撃してくるようになった。物陰から急に襲いかかってきたり、アマンダにわざと食事を出さなかったりと陰険なものもあった。
一方の俺たちも、彼のおやつに下剤を盛ったり、彼の暮らす別館の廊下を全面ヌルヌルにしたり、犬の大便で固めた花火を彼の別館で大爆発させるなどして全力で抵抗した。アマンダのニヤニヤとした悪巧み顔は、たぶんこの頃に身についたものだと思う。
そんな日々が、一年くらい続いただろうか。
ついにブチ切れたのは侯爵だった。
「一回きり、正々堂々の決闘をして決着をつけろ。その後に恨みを引きずることは許さん」
そんな風にして、サージェスとの最初で最後の決闘が行われることになった。命を奪うのは禁止で、どちらかが気絶するか降参したら終了というルールだ。
俺とアマンダが二人きりだったのに対し、サージェスは取り巻きをニ十人ほどかき集めてきたけれど、まぁ正々堂々の範疇だと考えていいだろう。
魔法というのは一人ひとつ持っている才能だ。俺は雷魔法、アマンダは火炎魔法と性質が異なるが――これまでひたすら鍛え続けてきた俺たちに、負ける道理はなかった。
アマンダが障壁魔術を応用した魔炎障壁で敵の進路を塞ぐと、俺はそれを利用して一対一の戦いを二十回こなすよう立ち回って、取り巻きどもが全員泣くまで木剣で殴った。
その後、俺たちはサージェスが降参の言葉を簡単に吐けないよう十分に気を配りながら、彼を丁寧にタコ殴りにし、最終的に「アマンダにはもう二度と手出しをしません」と誓わせたのである。侯爵は頭を抱えていた。
「ねぇ、グレモンド。良かったの?」
「何が?」
「あのね。サージェスの言う通り、私はいずれよそに嫁に行くことになるんだ。第二皇子と婚約しているの。だから……グレモンドはサージェスと仲良くなっといた方がいいっていうのは、事実で」
アマンダは汗を拭い、ガラス瓶に入った体力回復薬をちびちびと飲みながら、珍しく俺の将来を心配してくれている。らしくないなぁと思って、なんだか笑ってしまった。
「な、なによ。笑うことないでしょ」
「だって、俺の将来を勝手に決めつけて、無駄な心配してるからさ。大丈夫だよ」
そうして、俺はアマンダの頭をポンポンと撫でる。
「俺が入る騎士団が、ローズマリー侯爵騎士団とは限らないでしょ。アマンダがよそに嫁ぐなら、俺はその家の騎士団に入って、君を守るよ。この先もずっと変わらない。君のいる場所が、俺のいる場所だ」





