11 勝っても負けても
俺が魔力を放出すると同時に、皇子を守る近衛騎士たちが素早く駆け寄ってくる。
そうだよね。貴方たちの職務は彼を守ることだ。本来だったら俺も貴方たちの後輩になるはずだったんだけど。
顔見知りの近衛騎士が叫ぶ。
「グレモンド! 乱心したか!」
「まさか。この上なく正気ですが……これはローズマリー侯爵家とは関係ない、俺個人の反乱です。俺を止めたければ、きっちり殺してくださいね」
「くっ」
まぁ、大人しく殺されてやるつもりはないけど。
「――魔雷装甲」
合成魔術。雷魔法を混ぜ込んだ装甲魔術が全身を包み込む。こうすれば、不意打ちだろうが生半可な攻撃は俺に通用しないだろう。逆に――
「く、来るなアバッ!」
俺の攻撃は雷を纏い、相手を痺れさせる。
学園の生徒にも、近衛騎士たちにも、この合成魔術は見せたことはないのだ。対処を考える時間など与えない。
一人、また一人と地面に転がれば、皇子の顔には焦りが浮かんでいく。
パーティ会場の貴族や生徒たちは、壁際に退避するけれど立ち去る様子はない。広範囲魔術で巻き込むわけにはいかないから、ひとまずは近接戦闘を続けるしかなさそうだ。
そうして戦っていると、皇子が俺に指を向けているのが見えた。
「――魔矢」
「へぇ、皇子が魔術を使うのは初めて見たな」
「――魔矢、魔矢、魔矢」
「射線にアマンダを入れるな」
俺がナイフを投げると、皇子を守る近衛騎士が割り込んできて、その腕にナイフが刺さる。皇子はヘナヘナと座り込んで、顔を青くしていた。ふん、命拾いしたな。
雷を纏ったまま駆け回り、皇家の近衛騎士団を沈めていく。動きの鈍い奴から仕留めていくと、その場に残ったのは、近衛騎士団の中でもさらに一握りの精鋭たちだった。さて……ここまでは思っていたより順調だったが。
そこで、現れたのは皇家の近衛騎士団長だった。
「グレモンド、反逆罪だぞ! お前はこの後――」
「覚悟の上です。敬愛する近衛騎士団の諸先輩方が、これまで必死に腕を磨いてきたのは、そこにいるクズを守るためなのかもしれません。ですが、残念ながら自分はそうではありませんから――魔雷矢」
皇子に向かって雷の矢を放てば、近衛騎士団長が盾を持って割り込む。さすがに強いな。正直、この人に勝てる気はしない。やはり、そう簡単にはいかないか。
この場の最善は、俺が皇子を殺して、反逆罪で処刑される流れだ。前例を鑑みれば、文字通り命をかけての主張というのは皇族でも無視してはならず、アマンダは皇子に汚名を着せられそうになった被害者と扱われて名誉を保てるだろう。
次点で、俺が奮戦むなしく騎士に殺されるという流れだ。この場合は皇子が生き残ってしまうため禍根が残る可能性があるが、後のことはサージェスが上手いことやってくれるはずだ。
つまり、勝っても負けても、俺の本懐は果たせる。
そう思っていたのだが。
「――魔矢」
一つの魔術が、騎士団長の盾に突き刺さる。
それを撃ったのは、一人の貴族令嬢だった。
「む? お主は」
「チューリップ男爵家の娘、ナーシャと申します。わたくしはかつて第二皇子に無体な真似をされかけたところを、グレモンド様に救っていただき、アマンダ様の庇護下で守って頂いておりました。今こそ、御恩をお返しする時」
ナーシャ・チューリップ男爵令嬢。かつて助けた女の子が、体を震わせながら俺のすぐ横に立った。そんな……彼女を巻き込むつもりなんてなかったのに。
そして、彼女の登場は始まりに過ぎなかった。
「アルバス・トレニア。僕は第二皇子とその取り巻きから酷い虐めを受けていた。グレモンドさんに助けられて、アマンダさんに傷を全部治してもらって……だから、今度は僕がグレモンドさんの剣になる」
アルバスはあれから体を鍛え、むしろ虐められてる時よりボロボロになりながら、それでも明るく笑っているのを見かけた。文官志望だって言ってたのに、ずいぶん剣が様になってるじゃないか。
「パンダナス子爵家の娘パチルです。私も第二皇子の談話室で、純潔を奪われそうになっていたところをグレモンドさんに助けられ、今はアマンダさんと錬金薬の研究をしています。私だって、こんなの黙ってらんないよ」
「フェンネル伯爵家のガウスだ。婚約者のパチルを救ってもらって……卒業後は、ローズマリー侯爵家の騎士団で働かせてもらうことになった。全てはグレモンドさんとアマンダさんのおかげだ」
ガウスとパチルも無理しちゃってさ。見てるこっちが恥ずかしくなるくらい仲の良い婚約者カップルなんだから。わざわざこんな荒事に出張って来なくて良いのに。
それからも、次から次へと、大勢の生徒が前に出てきて名乗り始めた。
金銭を搾取されて泣いていた商会の跡取りが。公衆の面前で衣服を剥かれそうになっていた騎士の娘が。立ち上がった中には、剣技について一晩中討論した奴もいるし、アマンダと一緒に変な錬金薬を作って高笑いしてた子もいる。みんながみんな、俺と一緒に戦おうと、虚勢を張って近衛騎士を睨むように立った。そして。
「――魔炎矢」
「む」
「ローズマリー侯爵家のアマンダと申します。ふふ、わたくしも皇子に向かって攻撃魔術を放ってしまいましたね。みんなまとめて、反逆罪で処刑されてしまうのでしょうか。この中には、高位貴族の子弟も含まれているかと思いますが……さて。困りましたね」
アマンダはそう言って、悪巧みをする時のいつものニヤニヤ顔を俺に向けると、さり気なく鼻に触れた。あはは、なるほどなぁ。これは全て彼女の仕込みってことか。
俺はつい吹き出しそうになりながら、胸のあたりをポンポンと撫でて、近衛騎士団長に向けた剣を再度握り直した。まったく、アマンダはいつだって俺の想定を超えてくるんだから。





