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10 自分はとても不器用な男ですから

 その日、パーティ会場は異様な空気に包まれていた。

 学園を卒業したら皇太子に指名されるだろうと噂されている帝国の第二皇子ベルゼリオ。その卒業記念パーティということで、帝国各地の名だたる貴族が集まり、複雑な派閥模様を凝縮したような光景が広がっていたのだが。


 皇子の隣にいるのは、在学中に数々の革新的な錬金薬を発表した才女、アマンダ・ローズマリー……ではなく。なぜか、かつて第一皇子の婚約者であったジュリア・フォティニアが、人目を憚ることなくベルゼリオの腕に絡みついていた。


「どういうことだ。なぜフォティニアの女が」

「ふん。第二皇子に乗り換えたようだな」

「どうやら学園でも物陰で――」


 生徒たちから親へ、親から関係者へ。事実と推測と妄想の入り乱れた雑多な情報がまとまりのない噂話となり、集まった人々の間を駆け巡る。


 そんな中、注目を浴びている男女の片割れ……ジュリア・フォティニアが、芝居がかった大声を上げる。


「――アマンダ・ローズマリー! 貴女の悪事は全てお見通しよ!」


 ジュリアのそんな声に、人々はギョッとして動きを止める。


「さぁ、隠れていないで出ていらっしゃい。貴女などを皇太子妃にしてしまったら、帝国が傾いてしまうわ! 今日この場で、全ての真実を明らかにし、罪に相応する罰を受けてもらう! どうしたの、怖気づいたの?」


 すると群衆の合間を縫うようにして、一人の女性が……美しく着飾ったアマンダが前に進み出てくる。

 俺はその姿を目に焼き付けながら、服の内にかけているペンダントにそっと触れた。おそらく今日で、俺の人生は終わる。少なくとも、彼女のあんな華やかな姿を目にする機会は、これが最後になるだろう。


「ジュリアさん。これは何の騒ぎですの?」

「とぼけないで――ベルゼリオ様、申し訳ありません。本来ならばこのような場で言うことではないかもしれませんが……今のままではこの悪辣な女が皇太子妃になってしまう。それだけは、どうしても、どうしても我慢できなくて」


 ジュリアは口元を押さえながら瞳を潤ませ、ベルゼリオは彼女の背を気づかわしげに撫でる。

 どうせ茶番が始まるんだろう、と俺なんかは思ってしまうが、群衆は意外とこの事態に興味津々のようで、周囲の者と小さな声で何かを話し合っているようだった。


「アマンダ。貴女は配下の女を使って、ベルゼリオ様を誘惑し、姦淫の罪を着せようとしたわね」

「してません、そんなこと」

「実際に! ベルゼリオ様に襲われそうになったと訴えている女たちは、アマンダの配下の者ばかりじゃないの! 女だけじゃなく男もよ! ベルゼリオ様に暴力を振るわれた――そう訴える者たちは、揃いも揃って全て貴女の配下の者だわ! これが、偶然で片付けられることかしら!」


 時系列! ちょっと時系列を考えよう。

 第二皇子が身分の低い者たちに乱暴を働こうとした時には、俺がなんだかんだと理由をつけて静止していたんだよ。そして、その後は彼ら彼女らが困ったことにならないようアマンダに世話をお願いし……その結果としてアマンダの派閥が出来上がったというだけの話であって。ジュリアの主張は時系列がおかしいんだ。


「たしかに彼らは配下だけれど。わたくしは」

「ほら見なさい! いよいよ化けの皮が剥がれましたわね。これは推測だけれど、どうせ第一皇子のアルフレッド様を失脚させたのも似たような方法を使ったのでしょう。たしか、あの時の首謀者は貴女の兄だったわね。偶然で片付けるには、出来過ぎなのよ!」

「えー」


 妄想! だいたい全部妄想じゃん。

 自分の願望を中心に据えて、それを補強する事実だけを香辛料みたいにほんのり効かせて、なんかこう勢いだけで押し切ってるじゃん。いや、事前にこんな感じで話すとは聞いていたけど、もうちょっと論理的に話を進めると思ってたんだよ。


「アマンダ。わたくしも貴族として気持ちはわかりますわ。きっと侯爵家の方針によって、どうにかして皇子の弱みを握る形で、帝国運営の実権を握ろうとご実家が画策していたのでしょう。貴女自身に悪気があったとは思いませんわ」

「えー、証拠は?」

「ですが! ローズマリー侯爵家の企みは今日この場で暴かれました! これ以上、悪辣なローズマリーの好き勝手にはさせないわ! そんなこと、このわたくしと、第二皇子のベルゼリオ様が許しません!」


 そして、ジュリアに促される形でベルゼリオが前に出る。


「アマンダ・ローズマリー! これまでの数々の悪行、もう見過ごすわけにはいかん。お前との婚約は、今この時を持って破棄する!」

「はい」

「今さら何を言ってももう遅――ん?」

「はい。それは全然いいです」


 アマンダが淡々と首を縦に振るので、皇子は固まり、あたりにしばし静寂が流れる。

 いや……だってさ。ろくに関係性を築きもせず、襲って返り討ちにあって逆恨みして、あれだけ悪しざまに罵っておいて……アマンダが婚約破棄を悲しむとでも思っていたんだろうか。というか、彼女は必死に無表情を取り繕ってるけど、実は内心で大喜びしてると思うよ。頬がピクピクしてるし。


「婚約破棄は了承しました。ただ、やってもいない罪を被せられるのは御免です。わたくしが何をしたというのです」

「それは! 今ジュリアが!」

「ノリと勢いで妄想を垂れ流しただけですよね」


 まぁ、それはそう。

 婚約破棄までの流れで、アマンダの今後が不利になるような変な偽情報なんかが出てきたら対処しようと思っていたんだけど……うーん、これは静観で良さそうだね。


「お前は! ジュリアの言葉を!」

「わたくしという婚約者がありながら、貴方たちが爛れた性生活を送っていたことは、学園の皆が知っています。どのような形で責任逃れをするのかと思っていましたが……まさか、わたくしを罪人に仕立てようとするとは思いませんでしたわ」

「うるさい! 口答えするな!」


 態度を決めかねていた周囲の視線も、だんだんと皇子に厳しいものへと変わっていく。しかし。


「もういい、この女の首を刎ねよ。グレモンド!」

「はっ」

「お前がやれ。俺の側近になるのだろう?」


 最終的には、こうなるわけだ。

 結局のところ皇族の強権を振るわれてしまえば、理屈なんて関係ない。皇子が感情のままに噴出させる魔力はとても力強くて、まるで檻から解き放たれた猛獣のようだ。普通の人間であれば、多少の理不尽は飲み込んで、震えながら従ってしまうのだろう。


 緊迫した空気の中、ふとアマンダに目を向ければ、彼女は鼻を触ってニヤニヤしている。俺もまた、ペンダントをしまっている胸元をポンポンと叩いてから、口の端を持ち上げて、腰の剣を抜き――


 その剣を、皇子に真っ直ぐ向けた。


「何をしている、グレモンド!」

「えぇ、騎士の本懐を果たそうと思いまして。自分はとても不器用な男ですから……ただ一人。守りたい人を守るので、精一杯のようでしてね」


 そうして、俺は鍛え上げた魔力を一気に放出した。


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