タイムループもの…… じゃない?
夢を見ている。
そう思っていた。だって、目の前には中東かどっかの国風の見慣れない街並みが広がっていて、まるでラプトルのような姿の爬虫類系の動物に馬のように乗って移動している人々がいて、市場か何かには魔法アイテムと思しきものまで売っていたからだ。
つまり、異世界ファンタジーな世界。普通は現実だって思わないだろう? 僕はいかにもモブキャラといった風貌をしていて、多分だけど戦闘力も高い知能もない。
どうして自分がこんな処にいるのか必死に考えて思い出す。
“そうだ! そう言えば僕は、ベッドに横になりながら、スマートフォンで小説投稿サイトに投稿されている異世界ファンタジーの小説を読んでいたんだった”
多分、それでこんな夢を見てしまったのだろう。
ただ、少し考えて“本当にそうだろうか?”と思う。
夢にしてはリアリティがあり過ぎる。
――もしかしたら、これって、小説の中の世界に入ってしまったのじゃないか?
そう思ったタイミングだった。
「キーザス! 何をやっているんだ?」
見ると、冒険者パーティっぽい一行がいた。キーザスというらしい一人が責められている。僕はそれを見てピーンと来た。
“これ、もう直ぐに追放イベントが始まるのじゃないか?”
僕の読んでいた小説は、いわゆる“ざまぁ系”というやつだったのだ。もし、そうだとするのなら、これから主人公は追放された後、凄まじい力を手に入れて冒険者一行に復讐をするんだ。そしてその後は富や権力を手に入れて女性を抱いたりもできる。
「――これはチャンスかもしれない!」
追放する前に、主人公の味方をしておけば、後で恩恵に与れるかも。僕はそう考えたのだ。
――が、駄目だった。
冒険者一行の後を追い、一緒にダンジョンに入り、そしてレベルの高いミノタウロス風の獣人のモンスターに追い詰められ、冒険者パーティ一行が主人公を犠牲にして生き延びようとするところまでは予想通りだった。僕は主人公を助けようとしたのだけど、そこで「なら、お前も一緒に犠牲になれ!」と冒険者パーティのリーダーらしき男に斬られてしまったのだ。
目論みが甘かった。
こういう小説は、いかにざまぁをされる対象が嫌な性格をしているかを強調しようとする。当然、主人公を助けようとする誰かがいればこーいう行動に出るだろう。
“失敗だった!”
薄れていく意識の中で、僕は激しく後悔をした。意識が真っ黒になっていく。もし次があったらもっと巧くやるのに…… でも、次があるはずなんかなかった。僕はただのモブキャラなのだし。
が、
目が覚めた。
目の前には中東かどっかの国風の見慣れない街並みが広がっている。爬虫類型の生物の乗り物も。そして僕は生きている。しばらく歩くと、市場で冒険者パーティを見かけた。同じ様に一人が責められていた。名前が少し違っていて、姿も少し違っていたけど、同じ人物に見える。
つまり時間が戻っているのだ。ただ単純に時間が戻った訳ではなく、パラレルワールド的に世界軸が少しずれているようだった。
ちょっと違和感を覚えたけど、どうでもいい。次こそは上手くやるんだ。
僕は同じ様にその冒険者パーティの後を追った。同じ様に主人公のピンチが訪れた。が、今度は助けない。主人公は獣人に吹き飛ばされて深い穴の底に落ちていった。だが彼は死んではいないだろう。僕はそこで彼を待つことにした。二日くらいは経っただろうか? 彼は穴の底から這いあがって来た。
僕は彼に食料を渡しながら好意的に微笑みかけた。
「君が落ちていくのを見ていたんだ。心配して待っていたんだよ」
これで彼に気に入られれば、少しはおこぼれが貰えるだろう。が、予想通りにはいかなかった。
「俺が殺されようとしているのを、お前は黙って見ていたのか?」
“忘れていた”
と、僕は思う。小説投稿サイトでは、こういう系の物語の主人公は性格が悪い場合が少なくないのだ。
僕はそのまま彼に剣で刺されてしまった。もちろん、命を落とした。
再び目を覚ました。
また中東かどっかの国風の見慣れない街並み。タイムループした。僕は今度は何もしない事にした。主人公が所属している冒険者パーティは、どっかのダンジョンで主人公を犠牲にして帰って来たようだった。もちろん、主人公は死んではいない。しばらくすると戻って来た、しかも、チート能力を手に入れて。奇跡的に帰還したその主人公を僕は「凄い! 凄い!」と持ち上げた。
ご機嫌取りをしていれば、何か良い事があるかもしれないと思ったのだ。
が、駄目だった。何故なら、他の人間達も同じ様に主人公を褒めたたえたからだ。これでは烏合の衆の一人に過ぎない。でも僕は慌てなかった。
“どうせ、タイムループするんだ”
何度もやっていれば、いつかはきっと上手くいく……
――が、何度目かのチャレンジで、僕は唖然としてしまったのだった。
目の前に広がるのは、確かに異世界の光景だった。魔法もあるようだったし、不思議な動物達もいる。けど、どう考えても冒険的な世界ではなかったのだ。
どっかの絢爛な学園。その学園へ向かう登校途中のようだ。僕はそれなりの家柄のようだけど、それでもその他大勢の一人に過ぎなかった。その学園ではその程度は並なのだ。つまりはモブ。
少し遠くに異様な存在感を放つ女性が見えた。とても美しかったけれど、同時に意地が悪そうでもあった。
……あれって、もしかして、悪役令嬢じゃないか?
近くにはいかにも庶民っぽい女生徒の姿もあった。悪役令嬢は、その女生徒に挑戦的な視線を向けている……
そこに至って僕は悟った。
“もしかして、僕はタイムループをしていた訳じゃなかったのじゃないか?”
タイムループではなく、恐らく僕は異世界転移か転生をしていたのだ。“同じ世界”だとそれを錯覚してしまっていたのは、似たような世界ばかりだったから。多分、僕が渡れる異世界は、小説投稿サイトの中の世界限定なのだろう。小説投稿サイトには、似たような作品ばかりが投稿されている。それで似たような世界にしか渡れなかったのだ。
“もう少しくらいは、バリエーションが豊富でも良いのじゃないかな? 小説投稿サイト”
と、それで僕は思ったりした。