2 人魚のミレー
「ねえ!起きて!起きてってば!」
歌声のような心地よい音色が聞こえてきて意識が覚醒する。
ぼんやりとしたまま目を開くとかすんだ視界の先に砂浜とその隣に揺れる紅色がある。
どうやら紅色は人だったようでまじまじと見てみればえらく顔の整った美人が居た。
「あ、やっと目を覚ました!こんなところで寝てたら死んじゃうよ!サメにパクって食べられちゃうんだから!ほら、起きて起きて!」
「う、ううーん。もうちょっと優しく起こしてくれないか」
船の外からだというのに意外にも力が強い美人さんの腕に押されて自分は体を起こした。
するとどうだろう、導かれるようにして目を向けた先には塔のような城のような白亜な物体に目が釘付けになる。
砂浜の向こうには丘があり、林があり、そのまた向こうにある物のようで少し距離があるというのにまるで輝いているかのようにくっきりと見ることができた。
「あれは……なんだ?」
「あれは海竜王リヴァイアサンの骨だよ!骨の周りにはリヴァイアサンの鱗とか角とか魔力を含んだ物がたくさん落ちてて光って見えるの!」
城サイズの骨かあ……きっと生きてる間は自分なんかじゃ想像も出来ないくらい巨大な生き物だったのだろう。
こんな生き物がいるだなんて海って凄いんだなって素直に関心した。
「なんだろう、あそこに呼ばれてるというか、行かないといけないような気がして来たんだけど」
「リヴァイアサンの所にいくの?」
紅色の美人さんは不思議そうな顔をしていたが自分を見て納得したように頷いた。
「リヴァイアサンは海の王だったからね、水の加護を与えてくれる存在だったんだよ!寝坊助さんは水の加護があるみたいだからリヴァイアサンに祝福してもらったのかもね!この島まで無事に着いたのも納得だよ!」
寝坊助さんとは自分のことらしい。
たしかにぼんやりとした頭とか船の中で寝こけていた自分にはぴったりのあだ名かもしれないが。
釈然としない気持ちになりながらも美人さんの話を促す。
「リヴァイアサンの骨の中心には巨大な魔石があってね!凄まじい魔力を発しているからほとんどの魔力を持つ生物は近づけないの!でも寝坊助さんは水の加護があるのに魔力を全然感じないから行けるかも!」
私もこの砂浜が限界かな!と美人さんは笑った。
確かに周りは生き物の気配が少なく、静かだ。
その分リヴァイアサンの骨が際立っているように見える。
「じゃあ、リヴァイアサンの所に行ってくるよ」
船で何もすることが無くて寝ていたばかりだったし気分転換もかねて行ってみようとのそのそと立ち上がる。
念のため水を入れる革袋と厚手のマントも持っていこう。
「それ水を入れる袋だね!空っぽみたいだから入れてあげる!」
美人はそう言うと自分から革袋を奪い取ると飲み口を開けて魔法で水を入れ始めた。
苦も無く魔法を使っている所を見るに相当水魔法が得意らしい。
まあ、自分の魔法に関する知識は皆無なので詳しくは分からないけれど。
「はい、どうぞ!行ってらっしゃい寝坊助さん!」
「うん、行ってくる」
思わずそう答えたが改めて寝坊助さんと言われると自分が名前を伝えていないことに気付いた。
立ち去りそうな雰囲気の美人に自分は声をかける。
「自分はアトラって言うんだ。君は?」
「寝坊助さんはアトラって名前だったんだね!私はミレーだよ!」
じゃあねアトラ!と美人は手を振ると船にしがみつくようにしていた手を離し海へと潜り込んだ。
何故と思う反面、ちらりと見えた下半身が魚だったのを見て、ああミレーは人魚だったのかあと混乱しながらもどこか納得している自分がいるのであった。