メイドに群がる無数の男達
「ちょっとやめてもらっていいですか。将浩さんは関係ないですから」
フランソワーズさんの声を聞いて男が怯えたのか、俺に向かってまっすぐ伸びてきた腕は止まって後ろにいるフランソワーズさんを気にしているようだった。男の意識が俺から後ろにいるフランソワーズさんに移っているようなのだが、なぜか男は振り返ろうとしなかった。
「すいません、勘弁してください」
なぜか男はそう言ってフランソワーズさんに謝っているのだが、どうして圧倒的に体格も良く戦っても強そうな男がこうも簡単に降参するのか気になってしまった。
何があったかわからないが、俺はフランソワーズさんのために何かしなくてはと思って男の横を抜けてフランソワーズさんのもとへ近づこうとしたのだ。そこで俺の目に飛び込んできたのは、男の後頭部を右手でガッチリと掴んでいるフランソワーズさんの姿だった。
「将浩さんは怪我してませんか?」
「大丈夫だけど、フランソワーズさんも大丈夫なの?」
「私も大丈夫ですよ。でも、将浩さんの反応を見た限りでは探しているのはここに居る劉輝じゃなくて劉鵬だったみたいですね。考えてみたらわかる事でしたが、昌晃さんを無傷で返すなんてことをするわけないんですよね。ちょっと考えればわかる事でした」
「ごめんなさい、劉輝とか劉鵬とかよくわからないんですけど」
「それは帰りの車の中で説明しますね。そろそろ宇佐美さんが迎えに来る頃だと思いますので」
右手を離したフランソワーズさんが俺の横に来たのだが、頭を掴まれていた男は自分の後頭部を抑えてうずくまってしまった。あんなに大きく見えていた男がこんなに小さく見えるなんて不思議な感じがするのだが、今は何も聞かずに立ち去る方がいいだろう。そう思って俺はドアに向かって歩いて行ったのだが、刺青の男は当然のように俺達を引き留めたのだ。
「おいおい、人の家に勝手に入ってめちゃめちゃにしておいて人違いでしたってなんだよそれ。お前らは昔からそうやって好き勝手しやがってよ。俺になんの恨みがあってこんな事してんだよ」
「私はあなたに恨みなんてありませんが、あなたはいろんな人に恨まれているんじゃないですかね。別に私はその人達の恨みを晴らそうとかそういう考えはないんですが、劉輝、あなたが自分から望むというんでしたらその期待に応えてあげますよ」
「俺がそんな事を自分から望むわけないだろ。お前らはいつも急にやってきて自分勝手に好きな事して帰っていくんだからこっちが迷惑してんだよ。もう我慢出来ねえ、今は足手まといの男もいるみたいだし、この場で殺してやるよ」
刺青の男はすぐ近くにあったスコップを俺に向かって投げつけてきた。俺はかなりすれすれのところで避けることが出来たので怪我はなかったのだ。しかし、その行為がフランソワーズさんの怒りに火をつけてしまったようで、俺の後ろに跳んでいったスコップを拾って戻ってくるとそのまま手に持ったスコップを刺青の男に向かって思いっきり振りぬいたのだ。
当たっていれば確実に大怪我は免れないだろうと思うくらいのスピードで振りぬかれたスコップは物凄い風切り音を残していたのだが、フランソワーズさんは次にそのスコップを刺青の男が立っている方向に向かって思いっきり投げつけたのだ。刺青の男はそれを難なく避けたのだが、避けたスコップの剣先が刺青男のすぐ後ろにあったドラム缶に突き刺さったのを見て俺は底知れぬ恐怖を感じてしまった。
「そんな道具を使ったところで俺は殺せないぞ。それはお前が一番知ってるはずだろ。おい、いつまでもそんなところで小さくなってないで全員呼べ。フランソワーズが一人でいることなんて滅多にない事だ、このチャンスを逃すわけにはいかねえんだ」
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。お友達を呼ぶんでしたらゆっくり呼んでくれてかまいませんから。本当はあまり時間もないのですが、将浩さんを傷付けようとした罪はあなた方全員に償ってもらう事にしましたから。今更謝ったところで無かったことには出来ませんからね」
「お前が強いって事は知ってるけどよ、随分と自信満々だな。俺がどれだけ多くの人間を集められるか知らないみたいだが、それを知ったらお前だって後悔すると思うぜ」
「そんな事にはならないから安心していいですよ。いや、安心することは出来ないですかね。じゃあ、皆さんが揃うまで私達は二階の部屋を使わせてもらいますね。揃ったら呼んでくださいね」
二階にある事務所と書かれた部屋には行った俺はこれからどうなるのか不安になっていた。あの刺青の男は昌晃君の財布を持っていったやつとは違う男だという事は分かったのだが、顔と刺青の龍の口が違う以外はとても良く似ているように思えた。
「すいません。昌晃さんに酷いことをしたと聞いて劉輝だと思い込んでいたのですが、劉輝は財布を盗んで無傷で帰すはずがないとここに来てから気付きました。これは私の大きな失敗です。ですが、この失敗は必ず取り返して将浩さんの信用も取り戻しますから」
「いや、僕は別にフランソワーズさんの事を悪く思ったりなんてしてないですよ。むしろ、こんな状況になったのに何も出来なかったことの方が悔しいです。今ならまだ間に合うと思うのでここから抜け出して帰りましょう。もう宇佐美さんも迎えに来る時間だと思いますし、あっちの裏口から出れば気付かれずに帰れますよ」
「あ、それなら安心してください。宇佐美さんには一時間後に迎えに来てもらえるようにお願いしておきましたよ。それと、あの裏口は開かないですし、相手も梯子が無いんで安全に下りることは難しいと思いますよ。ここは階数的には二階ですけど、高さ的には三階と四階の間くらいになると思いますからね」
なんてことだ。俺は本気で喧嘩なんてしたことが無いのでどれくらい力になれるかわからないが、少しでもフランソワーズさんの助けになれるように気合を入れて頑張らないと。あいつらの仲間が何人くるのかにもよると思うのだが、五人くらいだったら二人くらいの気を引いてどうにか出来るんじゃないかと勝手に思ってみたりした。
「仲間を呼ぶって言ってましたけど、何人くらい来るんですかね」
「さあ、百人までとはいかないと思うけどさ、それに近い人数なんじゃないかな。わからないけどさ」
「え、百人ですか?」
「わかんないけどね。それくらいだったら大丈夫だと思うよ。二百人以上いたら間に合わないかもしれないけどさ」
「間に合わないとは?」
「時間になったら宇佐美さんが迎えに来ちゃうからね。そうなると他の人にも迷惑かけちゃうことになるからさ」
俺はフランソワーズさんが見た目とは裏腹に物凄く強いという事を知っている。力が強いというのもあるが、俺達とは違って力任せではなくちゃんと力を使えるのだと思う。あの時が本気だったのかはわからないが、とてもしなやかな一撃を正確に決めていた姿は芸術的でもあったのだ。
そんなに強いフランソワーズさんではあるが、百人もの相手を同時にしてその強さを発揮できるかと言えば、それは難しいだろう。なので、俺はなるべくフランソワーズさんが戦いやすいように戦いやすい環境を作るくらいはしようと思う。どれくらい役に立てるかわからないが、男としてやるべきことはやっておくことにするのだ。
「将浩さんにお願いがあるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」
「何でも言ってください。フランソワーズさんが戦いやすいように壁でも盾でも何でもやりますから」
「あ、それはしなくて結構です。将浩さんの記憶力に頼りたいので、家に帰ってからでいいので、ここに集まった人の絵を描いてもらっていいですか?」
「それくらいでしたら構わないですけど、こういうのって初めてなんで全員の顔を覚えられるかわからないです」
「ここだとちょっと高いですもんね。下に降りて劉輝のいる辺りで見ててもらうのが一番いいですかね。でも、あそこだと向こうに狙われちゃうかもしれないですよね。場所取りって難しいかも」
「え、あんなとこにいたらフランソワーズさんの助けにならないんじゃないですか?」
「助けですか?」
「はい、フランソワーズさんが強いとはいえ、百人もいたら苦戦するでしょうし、俺が何人かおさえた方がいいと思うんですけど」
フランソワーズさんは俺が言った事を理解するのに少し時間がかかったようだ。困ったような顔で真剣に考えていたのだが、俺の言っていることを理解すると途端に嬉しそうな笑顔に変わっていた。
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。私って人数が多い方が燃えますので。一対一って実は苦手なんですよね。一人だけを見てるのって意外と疲れるんです。だから、将浩さんは気にしないで誰がいるか見ててくださいね」
「でも、さすがに何もしないで見てるってのは男としてどうかと思いますし」
「大丈夫です。その優しさを私に向けてくれるだけで頑張れますから。私の事を信用してくださいね」
「信用はしてますけど、心配もしてますよ」
「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから。何人いたって負けませんよ。私は神谷家に仕えるメイドですからね」
外から聞こえる車やバイクの騒音が増えているので窓から外を見てみると、こちらを睨みつけている人達が集まっていた。ただ、フランソワーズさんの予想とは違って百人はいなさそうだった。車は四台にバイクが十台くらいなので多く見積もっても二十人と少しと言ったところであろう。
「結構集まってきましたね。これからもっと増えるんでしょうか?」
「どうだろうね。劉輝って劉鵬と違って人望無さそうだからそこまで増えないかもね」
「あの、人違いだったって事で帰ること出来ないですかね。謝ったら許してくれたりしないですかね?」
「さあ、将浩さんは劉輝の立場だったとして間違いでしたって言われて素直に帰すと思う?」
「思わないですね」
「だよね」
アレから車は二台増えてバイクも何台か増えていた。俺の首を掴もうとしていた男が恐る恐る部屋の中に入ってくると、準備が整ったことを告げて下へと駆け下りていった。
フランソワーズさんは俺に向かってウインクをするとゆっくりと部屋を出ていった。
黙って見送っていた俺であったが、急いでフランソワーズさんの後を追いかけると階段の途中で制止された。
「将浩さんはここで見ててくださいね。ここなら全部見れそうですし」
確かにここなら一階のフロアを全て見渡せると思うのだが、ここからだと何かあった時にすぐに助けに行けないと思うのだ。でも、そんな事にはならないから安心してくれていいとフランソワーズさんは俺に告げて階段を駆け下りていった。
まるで好きな人にでも会いに行くような軽快な足取りだったので俺は勘違いしそうになったのだが、一階に集まっているのは首に刺青の入った劉輝が集めた野蛮な連中なのだ。さすがに武器の類は持っていないと思っていたのだが、みんなナイフや金づちを手に持ってフランソワーズさんの事を睨みつけていたのだった。




