お兄ちゃんとフランソワーズ
「お兄ちゃん達ってさ、なんでその刺青の人を探してるの?」
「飛鳥君がもう一度会いたいっていうからだけど、何か知ってることでもあるのか?」
「璃々は何も知らないよ。知ってたとしたら教えてると思うし。でもさ、その人と飛鳥さんがあったとして何かいい事でもあるのかな。璃々には良くない事しか起きないような気がするんだけど」
「そんなことは無いと思うよ。飛鳥君だってフランソワーズさんとの特訓で強くなってるしさ、前みたいに一方的にやられるってことは無いと思うよ」
「そこが璃々には理解出来ないところなんだよね。お兄ちゃんたちの話を聞いてて思うんだけどさ、刺青の人ってお兄ちゃんたちが探してる暴行事件の犯人じゃないよね?」
「それはわからないけど、よくない事をしてる人だとは思うよ」
「え、それはどうしてそう思うの?」
「だって、悪い人だったらお兄ちゃんたちを無傷で帰したりしないと思うんだよね。飛鳥さんは自分から手を出してたって事だから仕方ないと思うけどさ、お兄ちゃんも昌晃さんも殴られたりしてないんだから悪い人って決めつけるのも良くないと思うよ。璃々は思うんだけどさ、その刺青の人もお兄ちゃんと一緒で犯人を捜している人なんじゃないかなって思うんだよね。そうだったとしたら、お兄ちゃんたちと協力して探した方がいいような気がするんだけど」
確かに、璃々の言う通りのような気もする。飛鳥君が気を失った状態で俺と昌晃君が何もされずに見逃してもらえたというのはどういう意図があったのだろうと考えていた。いくら考えたところでその答えは出てくることが無いのだけれど、考えてもわからないのであれば直接本人に聞いてみた方が良いと思った。飛鳥君には悪いけれど、揉め事が起きる前に俺が一人で刺青の人を探して聞いてみるのもありなのではないかと思った。
「お兄ちゃんはさ、今から一人で刺青の人を探そうと思ってるでしょ?」
俺の考えは璃々にはお見通しなのだろうか。思っていることを簡単に見抜かれてしまった俺は凄く間抜けな顔をしている事だろう。そんな俺を見て璃々は面白いオモチャを見付けた子供のような笑顔を見せていた。
「ダメだよ、こんな時間に出歩いたら補導されちゃうよ。そんな事になったらお父さんとお母さんだけじゃなくて淳二さんと京子さんにも迷惑がかかっちゃうからね。そうならないためにもちゃんと準備して早い時間に行動しないとダメだよ。今日はいったん諦めてさ、明日の夕方にでも探しに行くといいと思うよ。その時はさ、飛鳥さんじゃなくてフランソワーズさんに同行をお願いするといいんじゃないかな」
「何で飛鳥君じゃなくてフランソワーズさんなの?」
「それは行けばわかると思うよ。でも、今のうちにフランソワーズさんにお願いしといた方がいいんじゃないかな。明日になったらもう予定埋まっちゃってるかもしれないしね」
「そうだな、とりあえずお願いだけでもしてみるよ。璃々はそういうところに本当良く気付くよね。さすが天才だよ」
「そう言う褒め方は良くないと思うよ。璃々じゃなかったら怒ってると思うな。璃々が優しくてよかったね」
フランソワーズさんがどこにいるのかわからないのでメッセージを送ってみたところ、ものの数秒で返事が返ってきた。こんなに早く返ってくるとは思わなかったので少し焦っていたのだが、今から寝るだけなのでラフな格好をしているとのことであった。俺はほんの数分で良いので時間を作って欲しいとお願いすると、フランソワーズさんは俺の頼みを聞いてくれてこれから食堂で会ってくれることになった。
手ぶらで行くのもなんだし、何か手土産でも用意しておいた方が良いのかと思っていたのだが、こんな夜に何か渡されても迷惑になるからやめておいた方が良いと璃々がアドバイスをしてくれた。確かに、こんな時間に食べ物を渡されても困るだけだと思う。
誰もいない食堂のいつもの席に座って待っていた俺はうすぼんやりと見える外の景色を見ていたのだ。いつも見ている景色のはずなのにこの時間帯に見る外の様子はいつもとは違う世界のようにも見えた。
「お待たせしました。私に用事とは何でしょうか?」
そこに立っているのは紛れもなくフランソワーズさんなのだが、初めて見るその私服姿はいつもとあまりにも違い過ぎて俺の思考は一瞬停止してしまった。
「あれ、私に用事があるんじゃなかったでしたっけ?」
「すいません。フランソワーズさんの私服姿を初めて見たような気がするのでちょっと見惚れてました」
「見惚れるって、ただの短パンとTシャツですよ。お嬢様はあまりしない格好だと思いますが、璃々さんも似たような恰好はしてると思いますが。何か気になるところでもあったんですか?」
「いや、いつもよりだいぶ印象が違うんで、すいません」
「別に謝らなくてもいいですよ」
いつもは制服やメイド服で隠れてわかりにくいのだが、手も足もすらりと伸びて本当にモデルのように見えた。あの細い手足から大男を一発で気絶させるような攻撃が繰り出されるというの信じられないのだが、細い手足を思いっ切りしならせて急所を的確に突くことが出来ればそれも造作のない事だとは思った。
「それで、用事というのは何でしょうか?」
「それがですね。俺達が刺青の入った男を探しているというのは知ってると思うんですが、俺と一緒に刺青の男を探してもらえませんか?」
「それは前みたいに二人で一緒に探したいって事ですか?」
「はい、そうです。俺とフランソワーズさんの二人で探してもらいたいんですが」
「どうして私なのでしょうか。将浩さんは飛鳥さんと昌晃さんと一緒に探しているところだと思うのですが、その二人とではなく私と一緒というのは何か理由でもあるのですか?」
「恥ずかしい話なんですが、璃々からフランソワーズさんと二人で探すといいと言われたんです」
「なるほど、そう言うことですか。ちょっと考えさせてくださいね。明日のスケジュールを確認してみますので」
フランソワーズさんはスマホで予定を確認しているようなのだが、そんなに時間は撮ってもらえないような気がする。今までも飛鳥君の特訓のためと言って無理に時間を作ってもらっていたのだが、それは予め他の予定をずらしたりジェニファーさんとエイリアスさんに助けてもらっていたからできた事なのだ。今回は急な話であるし、週末は何かと忙しいと思うのであまり期待はしない方がいいだろう。一緒に探してもらえるという事が大事なことのように思えたのだ。
「そうですね。私が昼寝をしようと思っていた三時間を潰せば何とかなると思いますよ」
「それはいつもより申し訳ないように思えるのですが」
「昼寝は冗談ですよ。私は昼寝しちゃうと夜に寝れなくなってしまうので昼寝なんてしないですし。それと、将浩さんの頼みを聞くんですから、私の頼みも聞いてもらえますよね?」
フランソワーズさんが俺の真横に移動してきたのだが、いつもと違うラフな格好のフランソワーズさんが目の前にいるのは凄くドキドキしてしまう。ほんのりと香るシャンプーのいい匂いが俺の脳を刺激しているのだが、璃々や綾乃とはまた違う大人っぽい匂いが俺をドキドキさせているのかもしれない。
「そうですね、私の貴重な休みを提供するんですから、将浩さんにもそれなりのモノを要求しようかな。どんなことでも聞いてもらえますよね?」
「どんなことでもってのはどうだろう。俺に出来ることなら大丈夫だけど、無理なこともあるかも」
「もう、将浩さんは私がそんな危ないことを頼むと思っているんですか。そんな事しないですよ。何が良いかな。将浩さんが困ってる顔を見ながら考えるのって、ちょっと楽しいかもしれないですね」
手を伸ばさなくても触れてしまいそうな距離にいるフランソワーズさんは相変わらず脳を刺激するようないい匂いを振りまいているのだ。俺はその誘惑に負けて手を動かしてしまいそうになったのだが、ギリギリのところで何とか踏みとどまっていたのだ。
「そうですね。将浩さんにこうしてお願いを聞いてもらえる貴重な機会ですし、お嬢様もまだしてないような事をお願いするのもいいかもしれませんね。私は前からもう少し将浩さんと仲良くなりたいなって思ってたんですよ。これは本当にいいタイミングかもしれないですね」
いつもは爽やかで可愛らしい笑顔を見せてくれるフランソワーズさんなのに、この瞬間に見えていた笑顔は含みのある不敵な笑顔に見えてしまっていた。だが、俺はフランソワーズさんから漂っている直接脳を刺激するようないい匂いといつもとは違う服装が俺の心を大いに乱していたのだ。
何もしていなくてもわかるくらいに早く心臓が動いていたのだが、俺は体を動かしてフランソワーズさんに触れてしまえば自分を抑えることが出来ないと思って固まったままであった。
そんな俺を見てフランソワーズさんはさらに嬉しそうににやりと笑うと、俺から少し離れてじっと目を見つめてきたのだ。俺はフランソワーズさんの真っすぐな視線に逆らうことが出来ず、フランソワーズさんが動くのを待っていた。だが、その時間は永遠に続いてしまうのではないかと思えるくらい何も起きず、フランソワーズさんも俺と同じように固まったままであった。
「あんまり意地悪するのもかわいそうですし、私も余計なことを言ってしまいそうなのであとでお願いを言いますね」




