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第17回書き出し祭参加作品「セカンド・ダンスはあなたと」

こちらは連載予定です。

 昨日、私は殺された。

 愛していた ―― いえ、愛していると思い込まされていた男に。見た事も聞いた事もなかった義妹に。

 この、筆頭公爵家の一人娘たる私が、王都の大広場で服を剥ぎ取られ殴られ、縛り首にされた。

 苦しみもがく私を、下卑た野次と口汚い罵声を浴びせて嘲笑わらう大衆。その場で霧散してしまいたい程の恥辱の果て、最後に不思議と鮮明に聞こえたあの男の言葉は。

 ―― 汚らわしい。

 汚らわしい? 珠姫と称えられた私が?

 汚らわしい? 家族以外に手すら許さなかった私が?

 見知らぬ女の腰を抱く男がそれを言うの?

 全身で己が半身にべったりとへばりつく女をうっとりと見やる男がそれを言うの?


 簡単にねやはべる女の虚言に惑わされるような愚物がそうのたまうのか !!


 目覚めて自分の寝台の天蓋てんがいが見えた時は一瞬ほうけてしまったが、瞬時に蘇った己の断末魔の記憶に絶叫した。そして、ありえない悲鳴にドアを蹴破る勢いで飛び込んできた私つきのメイドや護衛、少し遅れて駆け込んできた母の姿に安堵しつつも、消えない恐怖のため悲鳴を上げ続け、体を縮こまらせた。

 そんな私を抱き上げ・・・・抱きしめてくれた母の、

「怖い夢を見たのね。可哀想に。もう大丈夫よ、母様がいますからね。大丈夫よ、大丈夫」

 母の優しい声に、私の体からゆっくりと強張こわばりがほどけていき、ようやく息がつけるようになると、母はそっと体を離して私の顔を両手で包みながら問いかけてきた。

「怖い夢は誰かに話すと妖精が食べてくれるのよ? 母様に話してみる?」

「―― 絞め殺されたの」

 母や、周囲の者達はもっと軽い内容だと思っていたのだろう。私のこの一言を受けて息を呑んでいたが、私は構わず続けた。止められなかった。

「何もしていないのに、たくさんの人の前で裸にされて殴られて縄で絞め殺されたの。苦しくてたまらなかったのに、皆嘲笑わらっていたの。ねえ本当? 本当に食べてくれる? 私そんなに悪い子だった?」

「何てこと!」

 母は先程よりも強い力で私を膝に乗せて・・・・・抱きしめてくれた。

 ―― 膝に乗せて?

 そこでようやく私は、自分が幼くなっている事にも母が数年前に亡くなっていた事にも気がついた。

 一体何がどうなっているの?

 その日は、心配した母が私を手放さず守ってくれ、なんと一緒に眠ってくれた。物心ついた頃からずっと一人で広い寝台に眠っていた私は、抱きしめてくれる温かさに「きっとこれは死ぬ間際に見た幸せな夢なんだわ」と嬉し涙を零しながら眠った。

 翌日同じ寝台で目覚めるまで、私は本気でそう思っていたのだ。

 けれど、二日目にもなると、さすがの私もこれが現実だと受け入れた。

 そして周囲に訝しまれないように気をつけながら現状を確認し、自分が七歳の頃に戻っている事を知った。ならば、やる事は決まっている。絶対に、二度とあんな男と婚約してなるものか。

 まだ耳に残る「汚らわしい」という罵倒を許せるものか。

 例え今は無実であっても、そして今回あの女と出会わなかったとしても、長年寄り添った私をあの時あっさり切り捨てた男だ。信じられるものか。

 まずは婚約の回避。次にあの女と縁ができないように根回しをしなくては。 前回、私は一人娘だったにもかかわらず王太子の婚約者されてしまったため、公爵家の跡は養子を取って継がせる事になっていた。その養子となり、公爵家に居を移した縁戚の男とは程々に良好な関係を築けていた。だが、生家の妹とやらが言葉巧みに社交界を泳ぎ回り、気がついた時には「優しく優秀な兄を奪われた上に、その養子先の姉からいじめられている哀れな令嬢」という立ち位置を築いていた。

 養子縁組を組んだのは双方の合意の上だし、わざわざそれ以外の接点もない者を虐める理由も熱意も時間もない。大体、存在すら殆ど憶えていなかった、見た事すらない相手にどうしろと? 

 それに、法律上でもあの女は決して私の義妹ではないのに義妹だと名乗り、さも後見が我が公爵家であるかのように振舞ったのだ。それを生家宛に嗜めれば、また声高に虐げられていると吹聴する始末だった。

 その口車と体に意気揚々と乗ったのがあの男だ。私が殺された後、めでたしめでたしで過ごしたかと思うとはらわたが煮えくり返る思いだが、もういい、今回は絶対に縁を結ばないと決めた。

 ではどうするか。

 先に別の者と婚約してしまえばいい。

 一人娘で、本来ならば婿を取って跡継ぎとなるべき存在で、なおかつもう婚約済みとあれば、王家も無茶を言わないはずだ。この条件下で整っている縁組を無理に切れば、公爵家はおろか、他の高位貴族からの支持を失くす。

 幸い、同世代の長じた姿を知っているのだから、そうそうハズレを引く事もないだろう。

 さあ、指針は決まった。

 あの最低男とは絶対に婚約しない。

 あの大嘘つき女とは絶対に接触しない。

 そして、お母様を絶対に死なせない。

 私は、起こしに来たメイドに決意を込めて微笑んだ。

「おはよう。よい朝ね」


 何故俺は、俺の寝台で寝ている。

 死んだ、と目を閉じたのに、目を開けたら・・・・・・こうだった。

 混乱する頭の中を、1つ1つゆっくり思い出し整理していく。

 ―― ああ、そうだ。

 筆頭公爵家が反旗を翻したのだ。

 当主とその義息子だけが領地に戻っている間に俺が娘との婚約を破棄し、殆ど日を置かず処刑した数日後、公爵が挙兵した。いや、挙兵したというには少なすぎる手勢だったのだ、最初は。それなのに、彼らが王都に着く頃にはその数は何倍にも膨れ上がっていた。

 国王である父も母を伴い外遊に出ていて、俺ではその勢いを止められなかった。

 瞬く間に城内を制圧した公爵派は、俺と愛する … いや、あの姦婦を捕らえ、元婚約者を処刑した広場に引きずり出した。

 広場には、あの日と同じように多くの市民がひしめき合っていた。違うのは、広場の周りをぐるりと兵が囲み、皆不安そう身を寄せ合っているところだろうか。

 元婚約者を吊るした時よりも高い壇上に私達を跪かせた公爵は、群集を見やりもせずに声を上げた。

「私の娘は無実の罪で殺された! この場所で! 何も知らず考えもしないお前達に嘲笑わらわれながら! 今! ここで! 今度こそすべてを見、聞くがいい!」

 公爵の言葉が終わるや否や、その横から義息子が抜剣しながら私達に歩み寄った。後ずさろうにも後ろから押さえつけてくる兵が邪魔で動けなかった。

「お、お兄様 …!」

 姦婦が甘えた声を上げた。

「お兄様、どうしてこんな酷い事をするの !? 実の妹なのに!」

「そうだな。確かにお前は血の繋がった妹だ。汚らわしい事に」

「なん … っ!」

 ひゅん、と風鳴り音がして、視界の端に赤が散った。

「―― あああッ、痛いッ! あたしの顔ッ、痛いッ!」

 姦婦の顔が横一文字に切り裂かれていた。

 痛みに泣き叫ぶ妹を見下ろし、兄は冷たく続けた。

「私は言ったよな? 血の繋がりはあろうと私は公爵家の人間、お前は男爵家の娘に過ぎないと。決してお前は公爵家の人間ではないと。私は言ったよな? 何度も、何度も! それなのに何故お前は公爵家の名を使う! 一度たりとも目通りした事のないお前があのをお前を虐めるなどと平気で嘘を吹聴する!? 何故だ!」

 義息子は、泣くばかりで答えない姦婦に舌打ちすると、彼女の肩を抑えていた兵士に顎をしゃくった。兵士は頷いて、自身の顔を覆っていた姦婦の手を片方、無理矢理前にのばさせた。

 また、風鳴り音と鮮血が舞った。

 先程とは比べるべくもない絶叫が広場に響き渡った。

「うるさいッ!」

「ヒッ!」

 叩きつけるような怒声に一瞬息を止めた姦婦は、血と涙でぐちゃぐちゃの顔で、それでも媚びるように実兄を見上げた。

「お、兄様、どうしてこんな酷い事 …!」

「酷い? 何が酷い? たかが指一本切り落とされたくらいで酷いだと? お前が吐きに吐きまくった大嘘のせいで私の妹は殺されたんだぞ!」

「ま、待て、嘘とはなんだ …?」

 姦婦の前髪をつかんで怒鳴る義息子に、私は我慢できずに問うた。何が、何が嘘だと言うんだ?

「これはこれは」

 これまで冷然と成り行きを見ていた公爵が侮蔑も露わに口を挟んだ。

「自己判断のみで人を罪人にできる御仁はどれだけ慧眼なのかと思うておりましたが、結局は節穴でしたか。―― 全部ですよ。この女のすべてが嘘。妄言というのもおこがましい大嘘つき。確かにこれ・・はその女の兄ですが、正式に我が公爵家の養子となり生家とは距離を置いている。故にこれ・・は公爵家の人間、その女は男爵家の人間、そこまではよろしいか?」

 くい、と義息子と姦婦を顎で指す公爵から目を離せないまま頷く。

「だがその女は自分が我が公爵家の人間だと吹聴し、言葉を交わすどころか会った事すらない我が娘に虐げられたと同情を集め、挙句にその婚約者を寝取った! そして嘘の果てに何の罪科つみとがもない娘を見世物にして処刑するその冷酷さ! いやはや、一体どこが『いたいけな優しい少女』なんでしょうなぁ?」

 そんなバカな。バカな、バカな、俺は、確かに ――!

 公爵が顎をしゃくると、義息子はまた姦婦に剣を向けた。

「何故こんな事をした? また指を失いたくないないなら正直に話せ」

「嘘でしょ … 酷い、どうしてそんな …!」

 また、音と色が散った。

「さっさと言え」

「だっ … 、だっ、て! お兄様が公爵家ならあたしだって! あたしだって! ずるい! ずるい! お兄様もあの女も! 皆ずるい! だからあたしだっていい思いしたっていいじゃない!」

 なんだと …!

 唖然とする俺をよそに、姦婦の叫びは続いた。

「誰も間違ってるって言わなかったもの! だから欲しいものを欲しいと言ったのよ! だってそれだけで全部手に入ったんだもの! あたしは悪くないわ!」

 愛らしいと、愛しいと思っていた顔が醜悪に歪んでいた。何故こんな姦婦を信じたのだろう。愛したのだろう。

 公爵達は、尚も叫ぶ姦婦の服を剥ぎ取り、暴れるそいつの首に縄をかけ、吊るした。

 あの時・・・と同じように。

 しかし、あの時・・・彼女は兵士に抵抗しなかったし、群集は彼女がもがく様を嘲笑あざわらったのに、今は姦婦の呻き声しかしない。

 判っている。

 いたまれているのではない。あの時の自身の行いを後悔し怯えているだけだ。

 俺のように。

 俺は、俺はなんという事を ―― 。


 そして俺も全裸にされ、吊るされた。

 元婚約者と同じ場所に。 

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