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第16回書き出し祭参加作品「仕様です!~魔具師は今日も咆える~」

こちらの連載予定はありません。

「―― うぜぇ」

 黙々と食事を終えた男は、食後初めて声を発した。

 男の名はサディナス・レイナード。魔具師である。名も職も至って平凡なものだが、容姿と能力は規格外の人物としてそれなりに有名な男だ。そのプライドというか、性格も、だが。影では「サド」という略称で呼ばれている辺り、推して知るべし、である。

 美味いと評判の店の日替わりを完食したわりに彼が仏頂面をしているのは、断りもなく同席し、口々に好き勝手抜かす連中のせいだ。

「お前、またやったんだって?」

と、新たな招かれざる客が隣の席に座るや否や、にやにやと身を乗り出してくる。それにレイナードが冷たい目線を向けると同時に、その背をばんばん叩きながら酔客が「おうよ!」と受ける。

「ビキニアーマー引 っぺがして蹴り出したんだとさ!」

 マジかよひでぇ! と言いつつ爆笑する周囲の酔客達に鼻を鳴らし、レイナードは平然とと言い放った。上はな、と。

「元々乳首しか隠れてないような格好なんだから大して変わらなねーじゃねーか。第一、ありゃ客じゃねえ」


「ああ? オーダーメイドの注文だ?」

 自分の店のカウンターで道具の手入れをしていたレイナードは、来店するなり声高にそう言い放った女冒険者を胡乱気に見やった。

 なかなかに豊満な肉体を惜しげもなく晒し … という、隠す気あるのかと問いたくなるような金属片で要所を覆っただけの格好だ。一応腰にはショートソードや物入れを着けているし、首元にはマントを着けてはいるが、その荷もマントも完全に背に回していて、「見るなら見ろ!」どころか「見せつけてんのよ!」状態である。平然と、というよりも誇らしげにそんな格好をしている女が一体何のオーダーをしようというのか。

「そう! このビキニアーマーと同じ物を作ってほしいの。これはダンジョンで入手したんだけど、予備が欲しくて。腕がいいって評判のアンタならできるでしょ?」

〝はあ? ビキニアーマーだぁ?〟

 どこをどう見ても踊り子の衣装以下の面積しか身体に貼り付いていない物に一体何の防御力があるというのか。

「ダンジョン産ねぇ」

 意識せずとも発動した鑑定スキルによって表示された内容に思わず洩らした失笑を逆方向に勘違いした女冒険者が柳眉を吊り上げる。

「信じないなんて失礼よ! この・・|アタシがそう言ってるんだから信じなさいよ! この装備にしてからモンスターさえアタシに頭を垂れるっていうのに!」

 ――『呪われた衣』

 見えた結果にレイナードは鼻を鳴らした。

〝バカな女だ。それと、ちっとばかり魅了効果があるな。それで勘違いしてるわけか〟

 だがレイナードは、その鑑定結果を教えるわけでもなく道具箱からメジャーを取り出して立ち上がった。

 当たり前だ。効果や銘を知って装備していようがいまいが、身に着けた以上は自己責任だ。おせっかいを焼く方がバカを見る。活かすも活かせぬもそいつの勝手だ。知ったことじゃない。

 この考え方は何もレイナードに限ったものではない。冒険者や傭兵といった身一つで勝負している者達に共通のものだ。それは、そんな彼らに関わる事の多い生産職にも通じる。

 だからレイナードは言う。

「脱げ」

と。

「はあ !?」

 端的に過ぎるレイナードの言葉に、女冒険者の柳眉がまた跳ね上がる。

「いきなり何ふざけた事言ってんのよバカじゃないの !? いくらアタシが魅力的だからって仕事にかこつけてタダでアタシの裸を見ようなんて図々しいにもほどがあるわ! 大体たかが魔具師のくせに! 本当なら自分からぜひ作らせて下さいって跪いて乞うべきなのにふざけてんの !?」

「なら出てけ」

「はあ !?」

「いいか? 一度しか言わねえ。てめぇのその細切れつないだだけの装備だって使い物になるようにするにゃー装着者のサイズがいるんだよ。誰もそんな脂の塊に興味はねーんだよさっさとしやがれ。それから技術料は最低金貨一枚、材料費は別だ文句があるなら帰れアホウ」

「ちょっ、なっ、ちょっ」

 自分以上に言い返され ―― それも淡々と ―― 、二の句の継げない女冒険者に白けた視線を送ったレイナードは、後ろ手にメジャーを道具箱に放った。

「採寸させる気がねーなら帰れ。てめえの注文なんざ受けなくても俺は全く困らねぇ」

「わ、判ったわよ」

 レイナードの氷対応に気圧けおされた女冒険者は、首元のマントの止め具に手をのばした。レイナードは、それを見て店の扉横から目隠しの衝立を引き出す。が、振り返った先の女冒険者の姿に目が据わった。

「―― あ? 何してんだテメエ」

「だってぇ … やっぱり恥ずかしいしーぃ」

 もじもじ。

 絵に描いたような「もじもじ」ポーズで身をくねらせる女冒険者がそこにいた。そのくせ、両胸は強調するかのように突き出されている。

「―― で?」

「えっとぉ、だからぁ、お嫁入り前の身体男の人に見せるのってぇ、勇気が要るっていうかぁ、ね?」

 うふん。

 潤んだ上目遣いでレイナード見上げる彼女は、彼の纏う雰囲気が極寒に変わったのにも気付かない。

「責任取ってほしいとまで言わないけどぉ、ね? 誠意っていうかぁ、代金を ――」

「帰れ」

 げしっ。

 一瞬で女冒険者を店から蹴りだすレイナード。そして抵抗もできずに道にべしゃりと倒れた彼女に、とりあえずつかんで引き寄せたらあっさり切れたビキニアーマーのパーツを放り、さも嫌そうに手を払った。

「金払う気のねー奴ぁ客じゃねぇ。よそに行け、よそに。二度と来んな」

「は …? は? え? は?」

 女冒険者は完全に混乱しながら上体を起こし、ぶるん、と視界に入ってきたものに悲鳴を上げた。

「なんで服ーッ !?」

 一瞬で亀化した女冒険者に、レイナードは「へえ」と目を丸くした。

「正気に戻ったか、おめでとさん。これに懲りたらダンジョン産の装備、不用意に着けんなよ? じゃあな」

 バタン、と無慈悲に閉まった扉に、呆気に取られる女冒険者。そして彼女が蹴り出された辺りから見ていた野次馬達は、「相手が悪かったなー」とあっさり日常に戻っていく。

 完全に取り残された彼女の絶叫が、その後辺りに響いたという ―― 。


 食事を終えて席を立とうとしたレイナードの肩をつかんで引き下ろした酔客がなおもゲラゲラと笑った。

「もったいねーなー? お前の腕とツラなら美味しくいただけたんじゃねーの?」

「要らん」

「さっすがレイニード!」

「アタシ達がいるもんねー?」

と、酔客達に給仕女達が笑えば、そちらにも鬱陶しそうに手を振る彼に、また黄色い笑い声が上がる。

「しっかしお前、ホントに身持ちが固ェよなぁ。色街にも行かねえしよ、こないだB級の

ラナも袖にしたって?」

 レイナードは、素直に帰らせてもらえないと悟ってため息をついた。

「金払わねぇ奴ぁ客じゃねぇってんだろ。ラナだって何かっちゃー値切れだの何だのうぜぇったらねぇ」

「だけどラナったらコレだろ? 楽しませてもらえばいいじゃねーか」

 聞き役だった酔客が自分の胸の前で広げた両手を上下させれば、レイナードの渋面が酷くなる。

「あのな、それだって胸腺と脂肪の塊だぞ? 興味ねぇよ」

 バッサリ言い切る魔具師に、さすがの酔客達も顔を引きつらせるが、当人は知らん顔だ。

 この街では美人と評判のラナの自慢のプロポーションを指してこの言い様、前世が女だったから、と言えれば彼らも納得したかもしれないが、もちろんレイナードはそれをカミングアウトするつもりは全くない。

 異世界でバリバリのOLだった自分の前世なぞ。

 何の因果か飛行機事故、もう死んだと思ったら知らない女がドアップで覗き込んでいた。上げた悲鳴は「きゃー!」ではなく「おぎゃあ!」だった。

 そしてそのままその女の属する孤児院で長じたレイナードは、己を転生させた何かに恨み言をこぼしつつ、その才を以って多少なりと名の売れた魔具師として店を構えるまでになったのである。

 顔良し腕良し口悪しの三拍子そろった彼は、ありがたくも客足の途切れぬ生業に満足しながら、反面不満も抱えていた。

 対価である。

 前世のような大量生産は端から無理だ。だが誰も彼もがオーダーメイドを頼めるわけではない。だからレイナードは「汎用品」を販売している。懐具合が寂しい者でも手が届く程度の付与を施したそれは、冒険者に諸手を挙げて受け入れられた。が。

「そういやこないだ買った腕輪コイツ、状態異常回復がなあ」

「仕様だ」

「そうは言ってもよぅ、こう、もうちょっと俺に合うようにだな」

「仕様だっつってんだろ。そっちが合わせろ。それかカスタム代払え」

 言ってる傍からこれだ。買うときは十分だとありがたがるくせに、使い慣れてくるとちょいちょいと文句を言ってくるのである。それもタダでちょちょっと、なんてナメた事を抜かす。

 故に今日も彼は咆える。

 そのやりとりすら楽しまれていると薄々感じながら。

「仕様だボケが!」


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