第9回参加作品「転生エルフは厭世生活を満喫したい」
こちら連載予定ですが、まだ準備中です。
次第に姦しくなる小鳥達のさえずりにこれ以上の遅寝を諦めて起き上がる。
「あー … 遮音結界の時間制限、やめようかな …」
でもそーするとまた体内時計狂いっぱなしの生活になっちゃうし、人としてアカンと思うし、やっぱり。
ていっとはねのけた肌触りの良い掛布団は秘かな自信作だ、フフフ。それを言うなら裸足で歩き回ってもささくれ一つ刺さらないこのツリーハウスも自慢なのだ。… 自慢する相手、いないけど。
そのまま洗面台まで歩いて汲み置きの水でザブザブと顔を洗えば頭の中もすっきりする。タオルで水滴をフキフキ、正面の鏡に映る「おっさん」に今日も満足の頷きを数回。
「目立たないおっさんが一番無難だっつーの …」
前世も今世も中身はちゃんと女ですけどね、実は。
自分の体感的にずっと前から流行っていたトリップ物、あー、近頃は転生ものがメインか、とにかくまー、見てるのは楽しいそれが、まさか己の身に起きるとは思わなかったわー。
前世の名前も死に様も憶えていないけど、異世界転生した事はしっかり理解してる。例のお約束、神様に会ったもの。
両性具有っての? 男女どっちか判んない外見してて、会って真っ先に「生きろ!」って失礼じゃね? 生きてたわよ直前まで。死んだからここにいるんでしょーが、と反論したら「あれは生きているとは言わぬ!」とか、更に失礼じゃね? あと、見てくれが少女漫画ちっくなのに口調が世紀末覇王ってどうなのよ?
ともあれ、普通に生きてた私の人生は神様的には死んだ魚の目をして動いていただけだそうで。―― くそう、反論できない。で、あんまりだったので別の世界で生きろ、という事らしい。出来過ぎた(テンプレ話なので疑わしい事この上なかったけど、言ってみたら貰えたチート能力とともにこの世界に放り込まれたので仕方ない。だからってなー。
「ハイエルフとか、ケンカ売ってんの?」
ほっぽり出された森の中、しばしポツンと立ち尽くした後で、まず住処! とツリーハウスを「創造」して、中にあった鏡を見て絶句したわ。嫌がらせレベルの美形にしやがって! しかも長寿筆頭のハイエルフ!
ないわー。ホンット、ないわー。
死んだ時の事は憶えていない、たぶん自殺。それはそれとして、それなりにそこそこ歳重ねてたらしい知識量から考えても、これは外見トラブルの原因にしかならんわ。だからここに来てすぐあれこれ魔法「創って」試して、できた方法で姿を変える事にしたわけ。触られたらバレるなんて半端なもンじゃないわよ? 肉体もきっちりおっさんなんだから! ―― 流石に風呂とトイレは元に戻すけど。
ただこのハイエルフの体で助かったのは、あまり食事をしなくてもいい事ね。肉がダメとかいう縛りはないけど、野菜や果物でも栄養が偏るとかないみたい。果物は大好きだから嬉しいわね。
街に住んでいたら、この姿でそれは困ったかもだけど。だって実際街の男連中ときたら食事イコール肉! だもの。それを周りにも強要するから、そういう意味でも街に住むのは無理。肉嫌いじゃないけど、嫌いになっちゃいそうだわ。味付けも塩だけだし。
だからといって女の姿で一人暮らしも危険らしい。どうしろと。
結局、自分で創ったこの家を出る気は全くないし、森の一人暮らしも十二分に楽しんでいる。人と関わらなくていいのって、ホント楽だわ。
―― 自分の死因が自殺だって思うのは、たぶんそこ。ちゃんと働いてた記憶もあるからコミュ障ではなかったと思うけど、それでもどうしてもダメな人間関係ってあるよね? 私の場合は母親がダメだった。親子である以上、死以外に縁を切る方法があまりない。どこにでも善意のお節介が湧いて出て、彼らの自己満足のためだけに絶った関係を何とか修復しようとするのだ。邪魔くさい。母は依存しまくるタイプのくせにマウントを取りたがるタイプでもあったので、お互いつかず離れず程度の距離感がベストだったのに。おそらく前世の私の年齢的に周囲からの「善意」が「圧力」になったのだろう。
名前や死因なんか綺麗さっぱり消したくせに、私の前世を「生きていない」と断じたくせに、その私を構成したものはそっくりそのまま引き継がせているのだから、まったくあの神とやらは性格が悪い。前世を反省し乗り越えて新しい生を満喫しろってか。余計なお世話だ。ああここにも「善意の悪人」はいたのか。いや、一応神だっけ。
まあ神なんて押しなべて性格が悪いと決まっているから今更か。
寝間着を適当なシャツとズボンに着替えて食卓の果物籠からりんご「のようなもの」を丸かじりしつつ、今日の予定を考える。立ったまま丸かじりしても行儀が悪いと怒られないおっさん、素晴らしい!
そうだなあ。午前中は毛糸を染めて、午後は街に納品と買い出しに行こうかな。明日からの引きこもりのために。
前世の記憶に感謝しかない。趣味だった手芸がここでは十二分の生活費を生んでくれるからね。もうすぐ秋が終わるから、編み貯めたニット類なんかが良く売れるだろう。こちらではまだあまり染色技術が発達していないらしくて、基本的にニットは生成り色だ。だから私が自然素材で染めただけの淡い色でもすごく目を引くんだって。科学染料と違って濃い目に染めても馴染むというか、ほっこりした色合いになるからね、それでもいい意味で目立つから、最近は近くの街から買い込みに来る人も出てきたらしい。そうはいっても編んでるのは私一人だから量産は無理よ、無理。私が卸してる店でもそういってまとめ買いを牽制してくれているんだって。
あ、いっそ染めた毛糸を販売するってのもありかも。今日街に行ったら相談してみようっと。
その他に、細やかな革細工なんかも卸している。腰に着ける小さな巾着型の次元収納袋は秘かな人気商品だ。せいぜい荷車一台分くらいしか入らないが、その分比較的手が届く値段で買えると好評らしい。私が使ってるやつ? 無制限ですが、何か?
聞いたところによると、こちらでもゲームでお馴染みダンジョンという物があって、中のモンスターを倒すと色々珍しい品物が手に入るんだとか。どーゆー理屈やねんって感じ。まあともかく、そうやって入手できるものの中にこの次元収納袋があるそうな。そして、デザインは大中小の巾着しかないけれど、内容量や付与されてる魔法で価値が段違いなんだとか。時間を止めていられたり、盗まれても戻ってくるように設定できたりとか。地味に役に立つないいな私も付けようと思った機能は索引だったりする。何入れたかなんて、時間経ってたら忘れる物だってあるじゃない。滅多に使わないものとか、特に。
私が地味ーに作って売ってるように、そこそこの魔法使いなら作れなくもないらしいけど、性能はどうしたってダンジョン産よりは落ちるし値段も高い。そういう隙間を縫って、わざと収納力と機能を絞った物を割安で売ってもらったら、これまた人気商品になった。でもこれも私一人での生産だし、プレミア感を大事に、という商人の意見により、大々的な販売はしていない。うんうん、限定品って惹かれるよね。
それはともかく。
ゲームの類はあまりしなかったけど、本は乱読派だったから、その手の知識はある。それを踏まえても、目標は目指せ厭世生活だ。実際にスローライフをしようと思ったらハードライフだってのもあるので、必要最低限の人付き合いはするけれど、本音は霞でも食ってずっと編み物していたい。あと本を読みたいが、まだまだ貴重品である本は小難しい実用書ばかりで食指が動かない。かといって自分で書いたって、ねえ?
今こうやって草や木の皮で染めた糸を見てる方がずっとワクワクするから本はまだいいやって感じ。
さて、そうこう言ってる間に糸の第一段階の染めも終わったし、濃淡出しのための第二弾以降はこれが一旦乾いてからっと。今度は何回目まで染め重ねできるかな。街に出るなら追加の糸も買わなくちゃ。
いつもの肩かけかばんに納品物をポイポイ放り込んで、お財布も入れて、うん、お出かけ準備完了! おっさんだと顔塗らなくていいのも大きいよね!
玄関 … じゃなくて、別部屋に創った転移陣に乗って、出発。
決して華やかでも勇ましくもないけれど、これが今の私の幸せな生活。