資格取得条件アリ
世界は停滞し、腐敗していた。
もうすぐ滅亡の日がやってくると、聖職者たちは声を荒げる。
悔い改めよ。
神を崇めよ。
救いのために全てを神に捧げよ。
新たな世界のために教会に力を集めよと。
そんな中、アランは神に密かに方舟を作るよう命じられた。
精霊術師たちと協力して巨大な方舟を作れ。
それは文明が滅亡する合図。
人類が作り上げた文明はすでに幾度も滅びを迎えている。
神はそのたび、人の子に救いの手を差し伸べ、滅亡の危機から救っていた。
アランは今、ふたたび滅びんとする世界を救うため、神からの啓示を受け、方舟を作り、植物と動物を集めて審判の日に備えていた。
方舟は山の中に隠してある。
密かに、という神の言葉に従い、そのことを伝えたのはアランの家族の他はごく少数の人間だけ。
若く美しい子育て中の4家族と6人の協力者だけだ。
この5家族と6人が新しい世界の主人となる。
アランは神にそう教えられていた。
方舟を作る作業はアランと6人の精霊術師が担当した。
数年かけて方舟を作り、アラン達はその日を待った。
そして未曾有の大災害がやってくる。
嵐がいく日も続き、洪水が起こり、そして世界は水底に沈む。
山中に隠されていた方舟は迫りくる水を得て世界へと乗り出した。
嵐が過ぎ去り、世界が水に覆われて数週間。
水上をたださまよっていたアラン達に神の啓示があった。
新しい大地の場所だ。
そして神はアランと精霊術師達に褒美を与えると言う。
アランは祝福を願った。
世界が幸いと喜びに満ちたものであるように。
精霊術師達が次々と願いを告げる中、1人がアランの前に跪いた。
できるなら神に直接お会いしてお礼を言いたいのだと。
頰は紅潮して、瞳は興奮しているのか潤んでいる。
神は喜んでこれを受け入れた。
新しい大地でお前達を待っていると。
数日後、方舟は陸地にたどり着いた。
まだ何もないまっさらな大地。
人類の新天地。
「よくぞここまでたどり着いた」
アラン達を出迎えたのは1人の男だった。
美しい若い男で、白い衣に身を包んでいる。
その圧倒的なまでの存在感に、アランは彼が神だとすぐに分かった。
「わが神」
アランは真っ先に駆け寄ってその前に身を投げ出すようにして跪き、その足にキスをした。
「アランよ、よくやった」
尊大に男がうなずく。
他の家族達もアランに倣って駆け寄り、アランのすぐ後ろで身を伏せた。
だが、精霊術師達はゆっくり歩いてくると男を取り囲む。
アラン達は動かない。
世界の時は止まっていた。
そして精霊術師の中から1人が進み出てきて神を名乗る男に対峙する。
「お前たち、これは一体…」
「私たちは世界創生管理官です。IDNo.E–JPFZ22990808115605、あなたを世界創生法違反の罪により逮捕します」
「なっ…!どうしてお前らがここに!」
慌てる男に、別の精霊術師、いや、世界創生管理官が言った。
「ハッキングして入り込ませていただきました。全く、手間がかかりましたよ」
「もう何度も人類を滅ぼして文明をやり直させているようですね。レコードを確認させていただきました。他にも教会に出入りしてやりたい放題。何が神ですか。邪神か悪魔ではありませんか」
「惑星ごと滅ぼしてやり直したあとも見受けられます。簡単に償えるとは思わないでくださいね」
他の管理官達も淡々と、だが若干の不快感をにじませながら畳み掛けるように続ける。
全員、この世界に長く縛り付けられて腹を立てているのだ。
「もうさ、こいつここで殺してもよくない?どうせ死刑っしょ」
完全にキレているのを隠しもしないのは、1番若い少年の精霊術師だ。
「駄目だ。罰は死刑と決まったものでもないし、仮に死刑としてもその前に罪を償ってもらう」
少年は嫌そうに口元を歪めた。
その2人の会話を隙と見たのか、男は管理官達から逃げ出そうと目の前の空間を指で触れた。
だが何も起こらない。
「なぜ…!?なぜだ、なぜログアウトできない!?」
その言葉に答えたのは男の背後にいた女性だ。
「この世界の権限は現在、我々が所有しています。というか、犯罪者にいつまでも権限を持たせておく訳がないでしょう。そんなふうだから世界をエタらせるのですよ」
「資格取得のための条件に小説家とあるのは、世界という資源を無駄にしないためですからね」
「あなたのように、無資格でマイ世界を好きなようにされるのは迷惑極まりない」
「全くだ」
男は観念したようにその場に座り込んだ。
202X年、地球はネットワークに依存する形で大きく変わった。
インターネット内の仮想空間に異世界を作り出し、そしてその中に生きるものたちのエネルギーを資源として利用することに成功したのだ。
異世界を管理し、繁栄に導くための職業を創生士と言い、その資格を創生士資格と言う。通称、創生神。その管理する異世界の通称はマイ世界である。
多くの、実際に存在が確認されている異世界は観察は可能だが、入り込む事はできない。これはインターネット上に人間が作ったものではないからだが、それらと区別をつけるため、人間が作り出したネット上の異世界はマイ世界と呼称される事が普通だった。
そのマイ世界を管理する資格を取らずに、違法に世界を作り出し搾取している人間を取り締まるのが、惑星連盟に所属する世界創生管理局の管理官達である。
正式に資格を取得した創生士には、様々な支援が行われる。
どうしても世界がうまく進歩しない場合は援助の手が差し伸べられるし、滅びも停滞もけして罪ではない。
資格を持たずに好き勝手に世界を運営する事が罪なのだ。
世界から得られるエネルギーは人間の想像を遥かに超える。
そのエネルギーを資格管理団体や協会の許可を得ずに手にし、さらにはそれらに関わる税金すら払わず不法に利益を得る事が社会に損害を与えるものとして重く罰せられるのだ。
だが近年では、マイ世界に住む者たちの人権を守り、その幸福のために活動を行う過激な団体まで出てきていた。
マイ世界の生活を視聴できるテレビ会社や、短期間のホームステイや旅行を企画する旅行会社の存在もそれに拍車をかけた。
特にエルフや獣人たちの住むファンタジー系マイ世界にはファンも多い。とある世界のとある種族が絶滅しかけたときには、創生士の殺害予告があちこちで起きたほどだ。
ちなみにこの傾向が強いのは日本だと言う。
デモや政治活動が少ないと言われる日本だが、なぜかマイ世界に関しては世界的に見てもド派手で攻撃的な活動が目立つ。昨日までは大人しい一般人だったのに、ある日突然過激な活動家に早変わりするのだ。
非常に迷惑な民族性として世界に知られるようになったが、なぜか日本への帰化を望む外国人も一部で増えているらしい。
神を名乗っていた男が手錠と縄でしっかり捕縛されると、管理官の1人が手のひらに小さな端末を呼び出した。
「こちら榊。自称神を逮捕。創生士の方をお願いします」
『こちら日本支部。了解。創生士を送ります』
次の瞬間、管理官の前に女性が1人現れた。
「はじめまして、管理官の榊です」
「はじめまして。創生士の明石です」
長いストレートの黒髪が美しい、若い女性だ。
「この世界の情報は確認いただいていますか?」
女は感じの良い笑みでうなずいた。
「はい。あちらで得られるものはあらかた。他に必要なデータがあれば頂戴します」
別の男性管理官がネックレス状のデータ媒体を女性に手渡す。
「わたし榊と、この天川、そして新井の3人がひとまず残って作業を手伝います」
「分かりました。よろしくお願いします」
「今のところ、この世界はこの男が闇でマイ世界データを購入し、1人で運営していたようです。マフィアとの関連は見当たりませんでした」
「それは重畳」
創生士の女は今度こそにっこりと笑った。
「マフィアが絡んでいると後が面倒ですからね。では、早速作業を開始しましょうか」
管理官たちはうなずいて、3人と創生士を残してマイ世界を離脱する。
「どのようにされますか?かなり行き詰まった状況ですが」
試すように榊が問う。それに明石は興味なさげに答えた。
「そうでもありません。洪水の前であれば最適だったのですが、現状でゆっくりやり直すのもいいと思います。時間遡行は世界への負担も大きいですし、エネルギーも使いますから」
そして手を時が止まったままのアラン達の前にかざす。すい、と撫でるように動かして、再び時が動きはじめた。
「わが神。そして大天使の皆様方」
アランが感極まったように呟く。
大天使ときたか、と榊は胸の内で苦笑する。どうやら記憶操作もお手のもののようだが、このくらいは呼吸するようにできなければ、創生士になどはなれまい。
「アラン、方舟から動物達を出してやりなさい。そしてこの大地に種を撒き、世界を繁栄に導きなさい。大天使と精霊達があなた方を助けます。もちろんわたしも。世界を愛と祝福で満たすのです」
「かしこまりました、わが神」
アラン達が顔を上げたちょうどそのとき、雲間を縫って女の頭上から光が降り注いだ。
おお、と声が上がる。
風が吹き、花びらが舞い、どこからともなく芳しい香りが届く。
効果は抜群だな、と榊は無言で目を伏せた。
創生士見習い募集。創生士資格試験援助あり。ただし、資格取得のための受験条件を満たしているものに限る。創生士資格試験受験条件:国家小説家試験合格者、もしくは小説家として一定の活動を行なっていると認められる者(要作品提出、詳細は問い合わせにて)ーーーーーー世界創生管理局日本支部HPより