第九十三夜 ピンクの家
Uさんが五年ぶりに実家に帰った時のことである。
仕事で長期の海外に出向していたため、生まれ育った故郷に足を踏み入れるのは懐かしい気分にさせられる。しかし、慣れ親しんだ景観は少しずつ変わっていく。昔遊んだ思い出の空き地には家が建っていたし、学生の頃よく通っていたファストフード店はつぶれていた。
そんな変わっていく故郷の形をしみじみ思いながら散歩していると、ふと近所の平屋に目が止まった。そこは三十年以上前、Uさんが生まれる前からある家で「ピンクの家」と呼ばれていた。というのも、その家にはピンク色の派手なカーテンがかかっていて、夜、家の電灯が点くと、外からは鮮明なピンク色に映るからである。どういうひとが住んでいたのかはわからないが、そのカーテンが取り外され、がらんとした家の中が丸見えになっているのをみるとすでに引っ越したのだろう。
思い出は時間とともに少しずつ薄らぎ、そして新しい思い出を生み出していく。
そんなものだろう。実家に住んでいる姉の子供をみているとそう思う。
その夜のことである。煙草を切らしたUさんは近くのコンビニまで買いに行くことにした。その道程は歩いて十分もかからない。夜道を歩いていると、一際目立つ発光色が目に入った。それは閑静な住宅街に似つかわしくない毒々しく光るピンク。
ピンクの家だ。それは間違いなく、昼間にもぬけの殻だったあのピンクの家だった。子供の時からずっと見ていた光景。それがいま目の前に蘇っている。
しかし、その不自然さは一目瞭然である。昼間の時にはピンクのカーテンなどなかったのだから、あり得ないはずだ。Uさんは昼間に見たものと今見ているもののどちらが真実なのかがわからなくなった。
不気味な出来事に引っ掛かるものを抱えながらひとまずコンビニに行って煙草を買うと、気を落ち着かせるためにゆっくりと一服した。冷静になって考えれば、あり得ないことなのだ。きっと感傷に浸ったせいで幻想を見たのだ。戻った時にはもう見えないはず……そう言い聞かしながら来た道を戻ったが、ピンクの家は変わらず妖しい光を放ちながらその存在を主張していた。
家に帰ったUさんは姉にピンクの家について訊いてみた。
「あの家ってまだ誰か住んでる?」
「ああ、あのピンクのカーテンがかかってた家でしょ? 去年かな、もう引っ越して誰もいないわよ」
翌日、日が出ているうちにUさんは恐る恐るピンクの家の前を通ってみたが、やはり家のなかはがらんとしていて人が住んでいるような気配はまるでなかった。




