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怪談百物語  作者: 安城朱理
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第九十夜 重み

 Aさんはずっと背中に違和感を覚えていた。何かを背負わされているというか、後ろへ引っ張られるような重みを感じることがあったが、その原因を突き止めることがなかなかできないままでいた。医者に診てもらっても原因は不明。「どこ」というように特定ができない範囲でぼんやりと背中がだるい感じだ。四十代を手前にして身体の異常が出ることは不安で仕方がないが、きっと、この重みは日々の疲れから来ているものなのだろうと、そう言い聞かせることくらいしか他に思い当たる節はない。とはいえ、痛みや動けなくなったりするほどのものではないというのもあって、ついには放っておいたまましていた。

 Aさんがその重みを意識するようになって二か月経った時のことである。

 通勤するためいつも通りバスに乗っていると、近くで座っていた女性が声を掛けてきた。

「あの、よかったらどうぞ」

 席を譲ってくれるのだという。しかし、Aさんは席を譲られるような風貌ではない。少なくとも老人には見られないし、具合が悪そうにしていたわけでもない。

 どうしようか迷っていると、怪訝に思われていることに気付いたのか、その女性はAさんの顔と背中を見遣って何かを察したように後ろに下がっていった。

 結局、ぽっかりと空いた席はほかの誰かが座った。

 バスは停留所で止まった。なんだか彼女の視線が気になったAさんは、彼女がバスを降りるタイミングで一緒に降りた。そして話を聞いてみた。

「すみません、さっきのことなんですけど」

 しかし、彼女はAさんの顔すら見ようとしない。何かに怯えるように身体は小刻みに震え、いますぐにでもここから逃げ出したいと訴えているようだった。

「忘れてください。なんでもないんです」

「でも、君は僕の背中を見た。そうでしょう?」

 背中に、何を見たんです? そう口にした瞬間、彼女はようやく目を合わせた。鋭く、冷たく、突き抜けるような視線だった。

「赤ちゃんですよ。あなたの」

 彼女は静かに続ける。

「……放っておくとどんどん重くなりますよ。一歳、二歳、三歳……幽霊も同じだけ成長するんですから」

 Aさんはその話を聞いて呆然としていた。脳裏に浮かんだのは去年別れた女性のこと。妊娠していた。それで別れる時、彼女を、病院で、手術させて……

 背中の重みは少しずつ増していく。その目に見えない重みの中にある、かすかに息づいているような感覚が自分の心臓の鼓動と重なるのを感じた……


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