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怪談百物語  作者: 安城朱理
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第八十九夜 家政婦の仕事

 Nさんの実家は裕福だったこともあり、その町で一番の大きな邸宅に住んでいた。もともと祖父母と住んでいたのだが、そのふたりも亡くなってしまい、残された三人の家族で住むにはあまりにも広かった。部屋は十を数え、バスルームが二つあるような三階建ての広い家だった。

 そこには住み込みの家政婦がいた。彼女はYさんと言い、Nさんが乳児だった時にベビーシッターとして雇われてから、そのまま引き抜かれる形で専属の家政婦として一緒に暮らすことになった。Yさん自身、長い間独り身であり、忙しい両親に代わってNさんのことを自分の息子のように扱ってくれ、もうひとりの母のような存在だった。

 しかし、お別れは無惨にも突然やってくる。

 Nさんが高校生の頃である。Yさんは買い物に出かけた矢先に交通事故に遭った。横断歩道を渡っていた時に、左折してきたダンプカーに巻き込まれたという。その惨状は誰も語りたがらないほど、あまりにひどかった。遺体の確認をした父の言葉を借りれば「Yさんの面影はほとんどない。かろうじて判別できるのは昔から彼女の腕にあった火傷疵だけ」。運悪く服が車体に引っ掛かり、道路にこすりつけられて、顔はほとんど残っていなかったという。

 Yさんの葬式が終わり、大きな家を管理する者がいなくなった。食事の準備や掃除や日々の家事。仕事で多忙を極める両親にはなかなか手が回らない。ほかに家政婦でも雇おうか。そんな話が出てくるのもしばしばだった。

 そんなある日、Nさんが学校から帰宅すると、自分の部屋のドアを開けてゾッとした。

 部屋が綺麗に整っているのである。Yさんが掃除をしてくれなくなってから、Nさんの部屋は荒れに荒れ放題だった。ほとんど自分の手で掃除をしたことがないNさんにとってはごみをまとめたり、整理整頓する習慣がなく、次第に汚れていくばかりだったのに。新しい家政婦でも来たのだろうかと両親に確認しても、そんなことはないと首を傾げるだけである。

「自分で掃除したのを忘れたんじゃないの?」

「そうに決まってる。掃除をするためだけに侵入する泥棒なんていないんだから。バカなことを言うな」

 しかし、Nさんには覚えがない。では誰が? こんなに几帳面に掃除をしてくれるのはいったい……?

「もしかしたらYさんが掃除してくれたのかもね」

 母がぽつりと呟く。誰もそれを否定しなかった。

 それから、Nさんの部屋が汚れていくと、いつのまにか部屋が元通りに整頓されていることがたびたび起こった。試しにわざと醤油を絨毯にこぼしてみたが、数日後にはきれいさっぱりと跡が無くなっているのである。

 きっとYさんが幽霊になっても自分の世話をしてくれている。温かみのある影をぼんやりと感じる。Nさんは自分の部屋が綺麗になるたびに、もうひとりの母に感謝をした。いつもありがとう、と。

 Nさんは現在その家には住んでいないが、たまに帰省すると、誰も使っていないはずなのに自分の部屋だけ埃ひとつない状態になっているという。


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