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怪談百物語  作者: 安城朱理
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第六十八夜 自販機

 仕事を終えた帰り道のことだった。

 Oさんは急に甘いものが飲みたくなった。それまでほとんど水かお茶しか好んで飲まなかったのに、衝動的に喉に深い渇きを覚えたのである。

 住宅地にほど近い自販機を見つけ、ジュースを買おうと硬貨を投入しボタンを押した。

 すると、350mlの缶を買ったはずなのに、落ちてくる音はアルミ缶のものではなかった。金属がかち合うような鈍い音ではなく、ドサッというような、もっとずっと柔らかいものが落ちてくる音だ。

 不思議に思って受け取り口を覗き込むと、そこにはなんとジュースの缶を握る人間の手があった。

「ヒッ」

 Oさんは思わずのけぞる。

 腕は手首から先しかなく、その肌はまるで人間のものとは思えないほど白皙としていた。手の甲の骨がくっきりと浮き出るほど痩せていて、どれほどの力が込められているのか指の筋肉が薄く痙攣している。赤いマニキュアが塗られている光沢のある爪を、何かを叫びたそうに缶に食い込ませている。

 呼吸を整えてOさんが再び受け取り口を確認してみると、その手はどこにも見当たらなかった。先ほど購入した缶がひとつだけ横たわっているだけである。

「疲れてるのか……」

 ゆっくりとそれを取り出してみる。すると、どうやら自分が夢を見ていないことを確信することになってしまった。

 残されたジュースの缶には、何者かが握ったような跡がはっきりと残っていたのである。


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