第六十七夜 ごめんください
Kさんの実家は辺鄙な山間の田舎村にある。人口も一千人にいかないくらいの小さな村で、村民はほとんどが顔馴染みであるほど狭いコミュニティだった。そのため、家の鍵をかけることも少なく、隣人が訊ねるときにはノックもせずにそのまま扉を開けて、玄関先から声を掛けるというような習慣があった。
ある日、当時高校生だったKさんがひとりで留守番をしていると、戸を叩くような音がした。
「ごめんください」
若そうな男の声。しかし、その声に聞き覚えはなかった。ノックしているくらいだから、少なくとも近場の人間ではなさそうだ。
Kさんはとりあえず玄関まで出てみるが、すりガラスの引き戸には人影はない。外まで顔をのぞかせたが、訪ね人らしき人物は見当たらない。悪戯だろうか? こんな狭い村の中で悪戯なんかしたらすぐに特定されてしまいそうだが……と不思議に思いながらも、Kさんはそれほど深く考えなかった。
そんなことが、Kさんがひとりでいるときにたびたび起きた。何度玄関まで出向いても誰もいないのであれば、反応するだけ無駄だ。そのうちノックをして「ごめんください」と言ってくる男の声には無視することに決めた。
Kさんは高校を卒業すると、村を出て隣県に就職することになった。そこでワンルームのアパートを借りて一人暮らしが始まる。わくわくする気持ちとやっていけるかどうかという不安が混じる複雑な気持ちの中、引っ越しが無事にひと段落付いた。
その夜のことである。Kさんが荷物を整理していると部屋のドアをノックされた。インターフォンがあるのに……と思いながら、インターフォンの受話器のマイクをオンにした。
すると聞き覚えのある声がした。
「ごめんください」




