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怪談百物語  作者: 安城朱理
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第六十三夜 おじさん

 今から四十年前、Dさんが小学生の時の話である。

 当時住んでいた団地に、頭頂部の禿げた眼鏡のおじさんがよく遊びに来ていた。両親が働きに出てひとりで留守番している間、Dさんは団地の屋外にある駐輪場の近くでサッカーをしていた。すると、どこからともなくおじさんはやってきて、

「おじさんと遊ぼう」

 そう言ってよく相手をしてくれる優しいひとだったという。

 しかし、近所ではおじさんの話を聞いたことがない。だからこの団地に住んでいたのかどうかさえDさんにはわからなかった。

 両親にその話をすると、優しいひとがいるのね、とその程度の反応だった。まだ地域間の交流が密だった時代である。おじさんは危害を加えるような怖いひとではなかったし、Dさんも気さくな遊び相手くらいにしか思っていなかった。

 ある日も、Dさんとおじさんは遊んでいた。ひとしきりサッカーボールを蹴り合うと、おじさんは「休憩」と言って縁石に腰掛けた。Dさんもその隣に座る。

「Dくんは将来何になりたいの?」

おじさんはおもむろにそう話し出した。

「僕? サッカー選手か、大金持ちの社長!」

「ははは、それはいい。でもそれにはいっぱい練習したり、いっぱい勉強しないといけないね。頑張るんだよ」

 その日のおじさんはいつもと様子が違ってどこか寂しそうだった。もう明日からは一緒に遊べないような、どこか遠くに行ってしまうようなそんな気がした。

「好きな女の子はいるかい?」

「そんなのいないよ」

「そうか、そうだな。でもこれだけは覚えておきなさい。『二回目だけは逃げちゃいけない』。……よくわからないだろうね。いいんだ。いつかわかるときがくる」

「今日のおじさん、なんか変」

「変だな。うん、変だ。変なおじさんだ、なんつって。じゃあ、時間が来てしまうからおじさんはこれでおうちに帰るよ。じゃあ」

 そう言っておじさんは夕闇に溶けるように去っていった。


「それで、そのおじさんは一体何だったんですか?」

 取材をしているとき、私(安城)はDさんに訊ねた。すると、Dさんは自分の顔を指さしてこう答えた。

「そのおじさんの顔というのが、今の僕にとても似ているんですよ。ほら、頭頂部も禿げあがっちゃったし、目も悪くて眼鏡がないと生活もままならない。ちょうど今の僕の年齢が、当時のおじさんのそれと同じくらいなんですよ」

「それでは、おじさんというのは未来から来たDさんだったというんですか?」

 あまりの不思議さに思わず身が乗り出す。

「それはどうかわかりません。事実、現代にはまだタイムマシンはありませんしね。ただあの時おじさんが覚えておくようにと言っていた『二度目だけは逃げちゃいけない』。これには思い当たる瞬間があったんです。それは僕が人生で二度目に付き合っていた女性のこと。当時不況に見舞われて勤めていた会社が倒産し路頭に迷っていた時でした。結婚を考えていたけれど、将来のことを考えたら彼女を幸せにしてあげられるかどうかが不安だったんです。それでふたりのために別れるかどうかすごく悩みました。しかし、そこでおじさんの言葉を思い出したんです。『二度目だけは逃げちゃいけない』。ああ、ここだ、おじさんはかつての僕にこれを教えたかったんだって。だから僕は彼女と思い切って結婚しました。あとから聞いた話なんですが、相手のほうもどんなに生活が苦しくても別れることは望んでいなかったそうで……それから色々と大変でしたけれど、妻の親戚の方に良くしていただいて運良く転職が出来ました。そこでの事業が上手くいき、数年前にようやく独立しました」

「いまや社長ですもんね。夢が叶ったというわけですか」

「まだ大金持ちとはいきませんけどね。おじさんのおかげです。おじさんの言葉がなければ、僕はきっとまた別の人生を歩んでいたことでしょうね」

 Dさんは涙ぐみながらそう語ってくれた。


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