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怪談百物語  作者: 安城朱理
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第五十六夜 仏壇

 霊媒師として長年活躍されているEさんは、自身の少年時代にこんな経験をしたという。


 Eさんが十二歳の時である。母子家庭だったこともありEさんは夏休みの間、秩父にある祖父母の家によく預けられていた。人里離れた場所にある、先祖代々から受け継がれてきた二階建ての古い家である。Eさんはあまりその家が好きではなかったらしい。というのも、とある蒸し暑い夜のことである。二階の部屋で眠っていたEさんは、突然名前を呼ばれたような気がしてふっと目が覚めた。外は相変わらず虫の鳴き声がうるさい。聞こえるのはそれだけである。自分よりも早く寝室に行ってしまうような祖父母が名前を呼ぶであろうか? Eさんは気のせいだと思って再び寝入ろうとした瞬間、今度ははっきりとした声で名前を呼ぶ声が聞こえた。どうやら祖母の声である。階下から怒鳴りつけるような声色で叫んでいる。

「何か悪いことでもしたっけ?」

 Eさんはおそるおそる階段を下りると、一階の仏間の襖が少し開いていて、そこから一条の光がすっと零れている。時刻は深夜一時を回っている。こんな時間に何の用だろう? 空いている襖から目だけを覗かせてみると、中では観音開きの仏壇の中が金色に光っている。その前に平伏する祖母の背中が見えた。

「ほれ、早く入らんか!」

 祖母の声に急かされて襖を開けると、仏壇の光はより一層その強さを増す。直視できないくらいの眩さにEさんは目を背ける。

「わしと同じように頭を下げい……直に終わるから」

 そう言われて祖母の真似をして頭を下げる。一体何が起こっているのか全く理解できないまましばらくすると、頭上を何かが蠢いているような気配がする。しかし、恐怖でそれを確認することができない。Eさんは目を瞑ってじっと土下座の体勢を保ち続けようとした。数分して、頭上の気配はぱっと消えた。同時に瞼の奥で感じていた煌々とした光は消え失せる。汗ばんだ肌にひやっと冷たさを感じる。次第に虫の鳴き声が強まってくる。

 Eさんは恐る恐る顔を上げるとそこは暗い仏間だった。さっきまで開いていた仏壇は閉じているし、隣にいた祖母の姿もない。まるで夢を見ていたかのように取り残された感覚だけがある。すると、時間とともに忘れていた恐怖がどっと押し寄せてきて、Eさんは泣きながら祖父母のいる寝室に飛び込んだ。

「なんだ、こんな夜更けに!」

 祖父が叫ぶ。Eさんはその身体にしがみついて泣くしかできなかった。

 すると、何かを察した祖母は頭を撫でながらこう慰めた。

「おや洗礼を受けたんだねえ。怖かっただろうに、偉い偉い」

いつの間にか眠ってしまったらしいEさんが翌朝目覚めると、居間に座っている祖父母は昨夜のことなんてまるで何もなかったかのような反応だった。Eさん自身もあの体験を口にすることも恐ろしく、長らくあれは夢だったということにして口を噤んだ。祖父母も亡くなるまでそのことについては一度も話題にはしなかった。


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