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怪談百物語  作者: 安城朱理
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第五十五夜 テンゴク

 とある歓楽街に伝わる話である。

 風俗店が立ち並ぶ通りがある。男性がその通りを折れて薄暗い路地を歩いていると、突然女に声を掛けられる。それはどうやら性風俗店への客引きのようだ。

「オニイサン、ワタシ、コノヨノテンゴク、シッテル。カワイイオンナノコ、イッパイ。オカネアル? イッテミル?」

 つたない日本語で話しかけてくる女は暗がりでよく顔が見えないが、その声色からして中年のものである。怪しい誘い文句ではあるが、酒に酔っているとそんな胡散臭い言葉も甘言に聞こえてしまう。とある男は深酒した帰り道にこの女の誘いを受けて店に案内されたという。

 しかし、気が付いた時には辺りは朝の景色。男は頭がぼうっとしたまま、人通りのある往来でまぶしいくらいの白い陽光を浴びている。衣服は整ったまま、財布の中身さえ一円たりとも変わっていない。ただひとつ、彼の右の靴だけがどうしても見つからなかったという。


 その歓楽街に長く勤めているひとの話によると、そんな話は別に珍しくないという。

「ああ、だいたい往来に突っ立って片方の靴がないやつがいれば、テンゴク行ってきたんだろうなってひと目でわかる。しかし、どうしてだか記憶がないからどこの店に行ったのかすら特定のしようがない。別に金をぼったくられたわけでもないし、靴は盗られちまうがそれくらいの被害で大騒ぎする者はいない。え、なんで俺がそんなに詳しいか、って? そりゃ、俺もまたテンゴクに行ってきた張本人だからな。確かに、あの女衒には片靴持ってかれたぜ」


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