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怪談百物語  作者: 安城朱理
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第四十一夜 稲見氏の手記

 稲見さんは二年前に突然消息を絶った。一切の連絡が取れなくなって、彼女のマンションにも訪ねてみたが既にもぬけの殻となっていた。巷では霊能力がインチキだったのがバレそうになったから(稲見さんは実際のところ除霊活動にはほとんど気持ちばかりの金額しかやりとりしていなかったが)と噂になっていたようだが、真相は誰も知らないまま稲見さんの姿は忽然と消えた。

 それから二か月後、私の私書箱に一冊のノートが届けられた。郵便されてきたのではなく、直接誰かが投函してきたという具合である。そのノートを開いてみると、それは稲見さんが書き留めていたメモであふれていた。仕事について、霊との対話、心情の吐露、怒り、不安……ここでは記すことのできないような、ひとりの女性としての苦悩も込められていた。形式というものはなく、罫線にさえも沿わないくらい雑多に書かれたその声なき叫びを受け取った私はこの手記をどう扱っていいかかなり迷った。

 ページを繰ればそれだけ覆い隠されていたものが見えてくる。彼女は数少ない霊能力の持ち主として、誰にも理解されない視点を、世界をこのノートに書きなぐったのだろう。そこに書かれているものは彼女の全てだった。

 ノートの中間のページ。そこにも他と同じように無数のメモが書かれているのだが、その上から大きな目玉がひとつ、紙いっぱいにポールペンで力強く描かれていた。その目玉が何を意味しているのかはわからない。ぐちゃぐちゃになぞられた瞳孔を見つめていると、その瞳が一瞬ギョロっと私の眼を覗いたような気がした。私はそのノートを思わず落としてしまった。呼吸を落ち着かせてもう一度その目玉のページを開いてみると、そこには目玉は描かれておらず、ひたすらメモで敷き詰められているだけだった。すべてのページを開いてみたが、何度確認してもその目玉というのはどこにも確認できなかったのである。


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