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怪談百物語  作者: 安城朱理
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第四夜 蛙殺し

 これは私がTさんという男性に取材しに行った時の話である。そのTさんというのは、私が当時担当していたオカルト雑誌――月刊フォボフィリアのコラムに寄稿してくれた方である。

「僕の育った村では少し変わった風習があるんです。それは夏の間、ひたすら蛙を足で踏み潰すんです」

 彼から届いたメールにはかなりグロテスクな儀礼的行為が書かれていた。しかし。もしそれが本当であるならばネタとしては申し分ない。「よかったら案内しますよ」との誘いを受けて、フォボフィリアの編集のWさんと一緒に、実際にTさんが育ったという村に取材することになったのである。


 しかし、これを記事にするにあたってひとつだけ条件を提示された。絶対に土地を特定されるような情報は落とさないこと。それだけはTさん側からの取材の条件だった。どうやらその土地にはあまりにも奇怪な風習が強く残っているために、みだりに外に伝播してしまうのを危惧しているらしい。私もWさんもその提案には承諾することにした。そのため、この舞台となる村についての子細は省略させていただく。


 Tさんの送迎で村に到着すると、事前にTさんから連絡を受けていたらしく、村長自らがわざわざ出迎えてくれた。柔らかな表情でとても気さくなおじいさんである。村のなかを歩きながらひとつひとつ説明してくださり、私もWさんも話を聞いていたような〝野蛮さ〟には程遠い人柄の良さに胸をなでおろした。

「今回Tさんからこの村には奇妙な風習があると伺ったのですが」と尋ねると、村長はにこやかな表情を何一つ変えずに頷いた。

「あー蛙潰しのことですかいな。ええ、本当です。この村の近くには牛蛙がたくさん生息していましてな、夏になるとその鳴き声が村中に響き渡るんですわ。そうなると神様もうるさくて眠れやしないと、ある時お怒りになられて我々の祖先にこう命じたんです。『七月の初めから九月の最も月が大きくなる日まで毎日蛙の死骸を供物として用意せよ』と。これは伝統的な儀式なんです。わしの祖父が小さいころからすでにあったと言っていましたからな」

「それは一体どこで行われるんですか?」とWさん。

「この先のお社ですよ。そこも案内しましょう」

 お社はこじんまりとしていて、四畳程度の広さであろうか、外から見たら儀式を行うような荘厳さは全く感じられない。寂れた印象さえ感じる。

「この中ですわ」

 お社の扉を開くと同時に、ムンと鼻のねじまがるほどの悪臭があふれ出てきた。Wさんはその悪臭に耐え切れずに思わずお社から離れてしまった。

「まあ、特に夏場は仕方ないんですわ」

 私は取材を申し込んだ手前、退くことが出来ずに(半ば義務感でもって)なんとか悪臭に耐えながらお社の内部を覗いてみた。するとそこには一人の痩せこけた男が椅子に座ってうなだれている。服はところどころに破け、むき出しになった素肌は垢と泥で真っ黒になっている。

「か、彼は一体?」

 私がそう尋ねると村長は答えた。

「蛙殺しですよ。彼には神様のお言いつけどおりに毎日収穫されてくる大量の蛙をひたすら足で踏み潰すんですよ。脳が少し足りないんでな。まともな会話はできないんだが、蛙を殺すことだけは才があるようで。ほら、ちょうどいい、いまその様子を見せましょうか」

 村長はぶつぶつと何かを呟いている男にそっと耳打ちすると、キッと急に立ち上がった。外からTさんが大きな牛蛙を持ってくるとそれを男の足元に落とした。ドシャア。勢いよく打ち付けた足が、牛蛙の内部を曝け出すようにそれを破裂させた。

「こんな感じで毎日お供えするんです。日に多くて百匹は殺すのかな。九月になるとこの辺りもかなり静かになるんですよ。きっと神様もお喜びでしょうな」

 村長は嬉しそうな顔で、平たくなって絶命している蛙を執拗に踏みつける男を見つめていた。私はもう気分が悪くなって何も言う気にはなれなかった。(Wさんはその光景さえ見ていない!)Tさんがそれを察してくれて、私たちはお社を後にした。


「ほかの村の人たちはこの風習のことをどう思っているんでしょうね? そうだ、ほかの住民の方はどこにいるんですか? そういえば村長さんとTさん以外に人影を見ていないですよね」

 WさんがTさんに尋ねた。すると、Tさんは苦笑いをしてこう答えた。

「この時期は日中のほとんどは蛙を捕まえに外に出ています。あまりほかの人には取材しないほうがいいかもしれませんよ。ちょうど村民がいない時間を見計らって僕は案内したので……なんというか、察していただければ。もっともどうしても取材したいということであれば止めませんが」

 私たちは結局長居せずにそのまま帰ることにした。

 Tさんの運転する帰り道、蛙の鳴き声が激しく響いていた。


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