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怪談百物語  作者: 安城朱理
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第二十二夜 更衣室

 それからしばらくしてKさんは製品管理部から製造部に転属となり、現場の仕事に携わることになった。食品を取り扱うということで徹底した衛生管理のもと、作業員はラインに入る前には必ず専用の作業服に着替え、エアーシャワー室でチリやごみを取り払ってから手洗い室で洗浄、消毒を経る。いくつものチェックを通ってからではないと異物混入の危険性があるため、全作業員がこの煩雑な工程を順守することを求められた。

 Kさんは夜勤に充てられた。午後三時から深夜の零時まで、製造ラインを監視しながら出来上がった製品を積み上げて出荷の準備をする。機械トラブルさえなければ比較的楽な仕事ではあるために、夜勤手当も併せて嫌いな仕事ではなかった。

 しかし、その日は朝から機械の調子が悪く、停止と復旧を繰り返していた。Kさんが出勤して引き継いだ時には予定の半分ほどしか進捗が伸びていない状況だ。すでに仕込んでしまった原料を使わないわけにはいかず、残業をして生産量を確保することになった。

 なんとか製造が終了し、清掃まで完了したのは深夜二時に回ろうかという時刻だった。後輩を先に帰し、残った事務仕事を終えて更衣室に向かうと、男子更衣室の明かりがついたままだった。

「消し忘れか。あいつらにも電気代もコストの内だって教えてやらなきゃな」

 Kさんはため息をつきながらドアを開けると、更衣室にひとりの男性が着替えている最中だった。

 まだ残っていたのか、とKさんは慌てて「お疲れ様です」と挨拶したが男は何も反応しなかった。いやおかしい。派遣社員やパートならもうとっくに帰しているし、この無表情の横顔は社員の誰でもない。よくみると、その男は私服に着替えているのではなく、作業着に着替えているのである。

 Kさんは察した。彼はこの世のものではない。

 Kさんは関わらないようにしてすぐに着替えて帰ろうとしたが、男は白い作業着に着替え終わりロッカーの扉を閉じた。ゆっくりした足取りでKさんの後ろを通り過ぎて更衣室を出て行った。しんとする。まるで時間さえも止まってしまったかのようだ。

 Kさんは身支度を整えて更衣室を出たが、製造室につながるエアーシャワー室の電気は落ち、どこにも人が通った形跡はなかった。Kさんは急いで施錠を行って社屋を出た。警備を掛けてもセンサー感知式の警報器は発報しなかった。

 翌日、出勤した際にその男が使っていたロッカーを覗いてみたが、誰も使用している気配はなく空っぽではあったが、ひとつだけ「赤木」と書かれたネームプレートが残されていた。聞くところによると、赤木というのは昔ここで働いていた社員であったが、清掃中に機械に巻き込まれるという労災事故によって亡くなったのだという。Kさんは今回のみならず、帰宅するときに更衣室の電気がついているのをよく出くわしたが、電気がひとりでに消えるまでは中に入れなかったという。


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