美味しいものが食べたい
どれもこれも期待はずれだった。
クリームは粘土の味。
クッキーは砂の入ったような乾パンみたい。
ケーキらしきもののスポンジに至っては、プラスチック性のスポンジといっても過言ではなかった。
「な。な、なーーー」
なんだこれは。
感動とは違う、激怒の震えが込み上げる。
さすがに、こんなまずいものであっても食べ物である以上、お菓子の家に八つ当たりもできない。
「くそ。こんなバカな、、、」
魔方陣か?あの魔方陣がいけなかったのか。
A3用紙じゃなくもっと大きな紙に描くべきだったか。それとも、血の量が足りなかった?
痛くないように耳から血をとるとか、そんな女々しい心で魔方陣を描いたからか。
あぁ。こんなに見た目はパーフェクトなのに。
今からでもやり直しはきくだろうか。
ーーーあの本がない。
な!これでは魔方陣が描けない!!
いや待てよ。
あの魔方陣がなければ、自分はまさか、元の世界にも帰れなくないか、、、ーーー?
俺は項垂れて地面に崩れ落ちた。
そんなバカな。
怪しいとは、、、確かに思ってたんだ。
店員が誰もいない店。
あんな立派な本が、自分の良い値でいいなんて。
血で魔方陣を描くなんて。
ここはどこかもわからない深い森の中。
いや、それさえ幻かもしれない。
本当はどこか違う空間で。
俺はこの部屋の養分として誘き寄せられただけなのでは。
実はこのお菓子の小屋が化け物の本体で。
俺はジワジワと、この小屋のお菓子になって朽ちていくのかもーーーー。
ーーーくそ。
「こんな不味いお菓子にはなりたくないーーー」
「お兄ちゃん、何を言ってるの?」
急に女の子の声が聞こえて、俺は慌てて振り返る。
俺の真後ろに、俺より少し小さいくらいの女の子がいた。ブルーの瞳に、肩まで伸ばした濃いめの金髪。ーーー外人だ。
「お、オゥ、アイ キャンット スピーク イングリッシュ、、、」
「お兄ちゃん、何を言っているの?」
今度は冷たい視線で2回目を言われた。
「セーラ?どうしたの?」
遠くから近づいてきた声は、また女の子。
お菓子の小屋の角から出てきたその女の子は、俺より少し年上くらいのーーー。
天使かと見違えるくらい綺麗な子だった。
深いグリーンの瞳にストレートの淡い金髪を腰まで伸ばしてる。かなり整った顔立ち。細長い手足。
なのに、不思議とそこだけふくよかな、、、。
「お姉ちゃん。変な人がいるよ」
小さいセーラと呼ばれた子がそういうと、俺の視線を感じたのか、その『お姉ちゃん』は、すっと自分の胸を手に持った籠で隠すようにして、
「そのようね」
と微笑んだ。
目は笑ってなかったけど。
「あなたは、どうしてここに?」
『お姉ちゃん』が俺に問う。
どうしてここに。と言われても。
魔方陣で、とか言っていいんだろうか。
きちがいと思われても嫌だし、万が一にもまだ西洋で魔女に関する間違った知識とかあって、魔女と間違われて、魔女狩りとかそんなことになったらどうしよう。
俺が悩んでると、『お姉ちゃん』は、ふぅ、とため息をつく。
「迷子?こんなところで?遊び場所でもないし、さっさと家に帰った方がいいわよ。ここにはーー」
「帰る場所がないんだ」
正直に、言ってみた。
「え?」
「帰る場所がないんだ。というか、ここがどこかわからない」
俺が真剣に言うと、セーラと『お姉ちゃん』が顔を見合せて、少し、困った顔をする。
「、、、どうする?お姉ちゃん」
「どうするも何も、、、、ここにいるとかおかしいとは思ってたけど」
「連れて帰る?」
「ーーーーうーーーーーーんんんんーーーー」
お姉ちゃん、だいぶ悩んでらっしゃる。
そんなに怪しいほどの顔立ちでもないはずだ。自分で言うのもなんだけど、まだ子供だし。中学三年生。
素直に受験勉強でもしておけばこんなことにはならなかったのか?
「ーーーとりあえず、村長に会わせようか」
そういうことになった。
姉妹は、お菓子の小屋の各部分を取っては、持っていた籠の中にしまいこんだ。
籠がいっぱいになってから、2人はようやく帰る準備をする。
帰る道は獣道で、たいして鍛えてもいない俺からしたら、とある運動神経を競う番組に出てくる障害物のようだった。
よく若い女の子達が籠を持ったまま行き来できたなと呆れる。
多分、5キロは歩いたと思う。岩を越え、川を越え、慣れない獣道でもう足腰もボロボロ。体力も限界だった。
これ以上歩けないから休もう、と声をかけたら、セーラの方から、「まだ出発したばかりじゃない。今までの10倍は距離あるよ」と言われた。
ーーー少し泣いた。
「もー。ほんと、男のくせに泣くなんて、みっともないと思わないの?」
耳に痛い言葉を言ってくるのは、お姉ちゃんの方。ライラという名前らしい。
天使の見た目と違って、どうにも気が強い。ブツブツ文句をいいながら、さすがに泣くまで疲れた男をつれ回すほどはなかったようで、休憩はとってくれた。
かたや、お転婆っぽい見た目のセーラは、傷だらけの俺の足に、無言で痛み止めの湿布を即席で作って包帯で巻いて、目が合うと少し微笑んでくれた。
天使はこちらでしたか。
「私達だけなら今日中に家に帰れたのに」
「まぁまぁ、お姉ちゃん。ここらへん、思ったより薬草多いから、ついでに採って帰ろ」
ニコッと笑うセーラに、ついライラも仕方ないなぁと呟いて諦める。困ったように笑った。ライラはセーラに弱いらしい。
「なぁ、、、」
可愛い妹に癒されていたのに、無粋な男に声をかけられて機嫌を損ねたらしい姉は、「何?」とつっけんどんに答える。
「、、、その籠の中のお菓子。そんな不味いもの、どうするんだ?食べれたものじゃないだろ」
「お菓子?」
「お菓子だろ?」
「ーーー何言ってるの?あなた」
あれ!?言葉が通じてない?
確かに外人だけど、日本語話してくれてるから、日本語と思ってたんだけど。
「お菓子だよ。えっと、英語で何だったかな?スゥイーツ?」
「ちょっと意味わかんないんだけど」
それはお互い様。
「これは、神様から授かる薬よ?貴重なの。そう簡単には戴けないんだから」
「へ?」
「村の、神様から選ばれた巫女だけがあの場所を教えられて、ようやく取りにいけるのよ」
巫女?
よく見ると、2人とも、こんな森深くまで来るにはありえないくらい、軽装でファンシーな服を着ている。フワフワフリルの、草原を駆け回りそうなやつだ。
そういう服の伝統か、ただの趣味かと思ったら、巫女の衣装とかいうやつなのだろうか。
「薬?あれが?」
粘土味だったりしたのに。
ーーーいや、だからだろうか。
良薬口に苦し、というやつ。
「薬って、どういう効果があるんだ?さっき言ってた、そこらの薬草と違うのか?」
「ーーーあなた、本当に何も知らないのね」
呆れたようにライラは呟く。
「薬草とかそういう薬は、病気や傷なんかに使うのよ。それはちゃんと調剤師がしてくれるの。私達は薬の元になるものを採っていくだけ。勿論、簡単な薬くらいなら私達でも作れるけどね」
調剤師とかもいるのか。
「でも、この神様の薬は、そういうものじゃなくて、ーー魔力に関する薬なの」
ーーー魔力ーー!!!!
「ま、ま、ま、魔力って。魔力ってまさか、魔法とか?使えたりするのか?」
「え?そこから?ーーー当たり前じゃない。この世に魔法が使えない人なんていないわよ。誰でも微弱に魔力は持ってるんだから」
「じゃ、じゃあ俺も?」
「勿論よ。人それぞれ魔力の違いはあるから、出来ることは変わってくるけど、、、そうね。火をおこしたり、飲み水を作るくらいはできるんじゃない?」
はぁーー。そういう世界でしたか。
なるほど。道理で日本語なのに日本語じゃない感じだなとか、ちょっとこの2人、そこらにいるには可愛いすぎるなとか思ってたら、そういうことでしたか。はぁーなるほどなるほど。
つまり。
異世界!!!
まぁ魔方陣で来た以上、考えられなくないとは思うけど、まさか魔法がある世界に飛んできたとはねえ。
俺は何か妙に納得してしまって、全て理解したような気持ちになってしまった。
寝落ちとかいうことも予想できるけど、寝落ちにしては、この獣道はあまりに過酷で足が痛すぎる。夢ならそろそろ覚めているだろう。
「魔法かぁーーー」
夢があるな。
自分は何の魔法が使えるんだろう。
「何の魔法が使えるか、調べることもできるのか?」
「むいてる魔法の種類は調べられるよ。何ができるかどうかはお兄ちゃん次第」
薬草取りが一段落したらしいセーラが、可愛い笑顔で近づいてきた。
「あたしは水と土でね、お姉ちゃんは風と火が得意なの。巫女だからね、そこそこ強い魔法も使えるよ」
「へぇ。すごいな。もしかして、魔物とかもいるのか?」
「魔物?」
「ん?ほら、スライムとか、ドラゴンとか」
「普通にいるわよ」
「魔物じゃん」
「魔物、、、ってのがよくわからないけど、、、魔法が使える動物ってことなら、殆どの動物が使えるわよ。魔力は生命エネルギーだから」
そうか。
すべての人間が魔法を使えるなら、すべての動物だって使えるわけか。
ちらりと、足元にいた蟻を見つめる。
ーーーまさか。
「この蟻も、もしかして、、、魔法を?」
つん、と指でつついたら、蟻の口からボッと小さな火を吐いた。あち。
「それはファイヤーアントよ。触らない方がいいわ。普段は大人しいけど、ちょっかいだしたら火傷するわよ」
「ーーーそれは早く言ってくれよぉ」
またちょっと泣きそうになった。
この世界、恐すぎだろ。蟻でこの火力。
「ーーで?その神様の薬は、魔力に対して何ができるんだ?魔力回復させる感じ?」
「魔力回復もできるわよ。素材によって、効果が違うの。魔力回復もあれば魔力増幅もある。道具に魔力を入れるための媒介になる薬もあるの」
「へぇ」
「その素材がどう使えるかを見極めるのが、あたし達、巫女の仕事ってわけ。結構、大変なのよ」
横からどやってくるセーラが可愛い。
「じゃあやっぱり、あの小屋は、食べ物ってわけじゃなかったのか。道理で美味しくなかったわけだ」
素材、といわれたらしっくりくる。
粘土。スポンジ。砂。
他にも色々な味したけど、どれも食べ物らしい味はしなかった。
「え?食べたの?」
ライラがびっくりしている。
「食べたぞ。あれだけ美味しそうな見た目してたら食べるだろ。鳥も普通に食べてたし」
「、、、か、、、体は大丈夫?どのくらい食べたの?」
獣道でこんなにボロボロになっても全く優しさの欠片も見せなかったライラから心配されると、それはそれで不安になる。
「そこそこは食べたかな。あれだけ美味しそうなのに不味いとか、どうしても信じられなくて、あちこち摘まんでは食べたけど」
ライラは俺の体の上から下までをマジマジと観察して、うーんと唸る。
「、、、もしかして、食べたらどうかなるのか?」
鳥が食べていたから、毒というわけでもないはずなのに。毒耐性がある鳥だったのか?
「どうにかなる可能性が高いのよ。魔力の増幅に耐えきれず死ぬこともあるし、下手したら化け物みたいに肉体が壊れる人もいたりするわ」
淡々と怖いことを言ってくれる。
ライラは目を細めてクスクスと笑った。
「どうもなっていなさそうってことは、あなたの魔力がよっぽど強いか、弱すぎるかなんでしょうけど、、、」
ちらりと俺のくたびれた足を眺める。
「ーーー弱すぎる方なんでしょうね。良かったわね。増幅されすぎてもどうもないなんて」
この女、嫌味ばかりだな。
顔が天使なだけに質が悪い。
ぐるるるるるる、、、、。
急に大きな唸り声が聞こえた。
ライラは、はっとして周りを見渡す。
「な、何?奇襲???」
犬の威嚇する音によく似ていた。
何か危険な動物が、と警戒されたところで、俺は少し頬を赤らめて、そっと手をあげた。
「ーーー違う。ーーー俺の腹の音」
『えっ!!???』
ライラとセーラの驚く声が重なった。
「今の音がおなかの音ですって???」
呆れたライラの横で、急に緊張が解けたセーラが笑う。
「、、、ふ、ふふ。どれだけおなかすいてるの、お兄ちゃん」
可笑しい、と言いながら、セーラは俺に、何かの動物の干物を渡してくれた。
「荷物になったらいけないから、今はこれしかないけど、家に帰ったら食事にしようね」
にっこり。
あぁ。セーラ。俺の天使。
「セーラ、甘やかしたらダメよ。男なんてすぐ調子に乗るんだから」
俺がセーラにデレた顔をしていたのがバレたのだろう。ライラは俺を訝しげに見下ろして、少し睨まれた。
美人の睨みって、ほんと怖い。
そしてその干物は、動物の臭みは残ってるのに何の味もなくてゴムみたい。
非常にーーー美味しくなかった。