4 岡本喜八から庵野秀明へ
岡本喜八を今は一般的な例に取っているわけだが、岡本喜八に多大な影響を受けたアニメ・映画監督としては庵野秀明がいる。
庵野秀明は、岡本喜八に大きな影響を受けていて、岡本喜八的な事をやりたいから監督になったと言っても過言ではないくらいのものだと思う。個人的に着目したいのは、庵野秀明が岡本喜八に影響を受けたのはいいとして、その受け取り方は表層的であるという事だ。
これは「シン・ゴジラ」の元ネタである「日本のいちばん長い日」と比較してもそうだし、「新世紀エヴァンゲリオン」と「激動の昭和史 沖縄決戦」を比較してもそうだ。庵野秀明は当然、戦争を経験していない世代であるから、巨大な現実に対してフィクションで肉迫していくという切迫感がない。代わりにあるのは、技巧的な部分における継承である。これは村上春樹が過去の文豪から受ける影響によく似ている。これは、元のアーティストにとって必然的で、その人間の魂や生き方と結合した芸術という形式が、次の世代にはファッション的な、形式的なものに堕したという事だ。
庵野秀明と岡本喜八の比較論をすると長くなるので、わかりやすい所だけ言うと、庵野と岡本の対談が本で読めるのだが、庵野秀明は技巧的な面しか質問していない。庵野にとっては、岡本喜八にとってほとんど語り得ないものとしてあった経験(それ故に生涯語り続けられたわけだが)ーー『戦争』という問題には興味を示していない。庵野秀明のエヴァンゲリオンで「殲滅」という言葉が使われる時、そこには確かな実感は存在しない。
私は以前、中村文則の小説を批判した事がある。その時に私が感じていたのは「実感のなさ」だった。平野啓一郎あたりにも共通する事だろうが、彼らはそこそこの小市民的幸福を享受した普通の人間である。その居場所から一歩も出るつもりはないにも関わらず、表面的には暴力や死を扱う小説を書いてみせる彼らの作品に確かな実在感はなく、字面の上でだけやっているという印象が強かった。
これらの事含めて、基本的にフィクションは、表皮的なものに堕してきていると言えるだろう。そして、フィクションを表皮的なものに落とし込む事を我々に可能にさせたのは、表面的には安定していた戦後の日本社会だろう。ある程度の幸福や法律や、様々な基準というものが無邪気に信じられていたが為に、現実を疑う事を芸術家らは忘れた。そこで彼らは表皮的な技巧を競う事に精を出したのである。