第七話 ~部長のプライド~
始まった最終戦。親は遥からの対局開始だった。
『東一局』 親:『遥』 ドラ:『白』
【遥の手牌】
二五五七①③⑥⑧257南北北
(最悪……とまでは言いませんが、起親(最初の親のこと)でこの形は厳しいですね……)
遥は前局の悪い流れを引きずっているのを感じていた。親でもあるし、出来ればここは低い点数でもアガって連荘(親を続けること)をかけたいところである。
(あの子の状況は……)
遥はふと左隣にいる麻雀部員の方を見た。遥と部員の間では、今回の対局にあたり、一つだけ取り決めをしていた。それは味方同士で争わないための簡単な約束事であった。
自分の手が厳しい時に視線を送り、相手の状況を確認するのである。部員は遥の視線に気づくと、少しだけ首を横に振った。
(あまり良くはないみたいですね。仕方ありません、なんとかこちらでアガれるように頑張ってみましょう)
現在の状況を把握した遥は、不要牌へと手を伸ばした。
(やばい、麻雀って面白いかも)
それは良子の心の声だった。黄泉の最初に言っていた作戦を、良子は完全に理解していた。遥と部員の間で交わされたやり取りを、彼女は目ざとくチェックしていたのである。
(考えてみれば、そりゃそうか。チーム戦なんだから、サインくらい送るよね)
今までの対局から、良子は二人の間で交わされる視線の意味に気づいていた。つまり、向こうはその局でアガれそうな方だけが、勝負に出てくるのである。
それは、同じチーム同士でリーチをかけて、打ち合うことを恐れたためだろう。
(ってことは、今回は二人とも調子悪いんだね。よーし、それなら……)
「ポン!」
遥が捨てた「発」に対して、良子が「ポン」を宣言する。良子は遥の河にある『発』を持ってくると、まとめて右側に倒した。
(良子、アガリにいくんだね)
巡はその様子を見て、現在の状況把握に努めていた。ちなみに場は既に九順目。ちょうどこの局の半分くらい経過した段階である。
【巡の手牌】
三四④⑥2446788北北
(本来なら良子に任せるべきかもしれないけど、どうせ待ち牌とかわからないし……)
良子の上家(左隣のこと)である巡は、良子のアガリを優先するのであれば、サポートに回れる位置にある。
だが、そんな技術は彼女にはないし、なんとなく遥達の流れが悪いことを感じていたので、真っ直ぐいくことに決めた。
「チー!」
数巡後、巡が捨てた⑨に対し、すかさず良子がチーを宣言する。場は十二順目になっていたが、恐らくこれでアガリ一歩手前くらいまでは行ったはずだ。
【良子の手牌】
八九①①③④⑤ ⑨⑦⑧発発発
(これで恐らく牧村さんはテンパイ。どうする……)
良子の動きを見て、遥は考えていた。親なのだから、本来であれば勝負すべきなのだが、悪い流れであることは感じていたので、少しばかり弱気になっているようだ。
【遥の手牌】
二二五五七①①③⑤78北北白⑤
(白は場に一枚見えているとはいえ、ドラは切りにくい……。北も生牌(場に一枚も見えていない牌)だから同様。ここは七対子も考慮して……)
結果、遥が選んだ捨て牌は七だった。遥が切り出した牌を見た良子が、元気な声をあげる。
「ロンッ!」
【良子の最終手】
八九①①③④⑤ ⑨⑦⑧発発発
「えーっと……発のみの千点ですね」
アガリ点数を確認した麻雀部員の発言を聞いて、遥は愕然としていた。点数自体は大したことはなかったのだが、何故自分がこの牌を選んでしまったのか、納得がいかなかったからだ。
(どうして私はこんな牌を……というより、あんな悪い待ちに振り込むなんて……)
待ち牌の多さ等を考慮すれば、遥の選択は決して間違いとは言えなかっただろう。問題だったのは、選んだ牌が偶然にも相手のアガリ牌になってしまったことだ。
これこそ、遥の現在の流れの無さを表していた。
「だ、大丈夫ですよ先輩! たったの千点ですし、まだ始まったばかりじゃないですか!!」
後輩に励まされた遥だったが、動揺を完全には拭えなかった。こればかりは点数の問題ではない。
握りしめた遥の手から、激しい悔しさが伝わってくるかのようだった。
そこからも遥は、序盤の勢いを取り戻せずにいた。東二局ではかろうじて麻雀部員が二千点をあがったが、東三局四局は共に流局。現麻雀部は悪い流れを引きずったまま、南一局に入っていた。
【現在の点数】
巡:23,000 良子:29,000 遥:24,000 麻雀部員:24,000
(これでちょうど半分終わったことになるけど、全体の流れは停滞状態ってところかな……)
巡はどうするべきか考えていた。現在の良子はトップではあるものの、周りとそれほど差があるわけではない。そして自分はというと、アガリこそ出来てないものの、少しずつ手が揃い始めていた。
(良子の勢いも止まってきたみたいだし、そろそろ私も勝負に行くべきなのかもしれない)
巡は漠然とそう感じていた。
『南一局』 親:『遥』 ドラ:『九』
南一局。再び遥の親から始まったこの局も、八巡目になっていた。
(……きた)
巡は引いてきた牌を確認すると、手元に引き寄せた。そしてもう一度、自分の手牌へと目を落とす。
【巡の手牌】
七八九①①⑥⑦⑧⑨567白④
(まだ誰もリーチしてないし、ここは……)
巡は自分の点棒入れから千点棒を取り出すと、不要牌の「白」と共に卓へと置いた。
「リーチ!」
巡のリーチ宣言に、場は緊張感を増す。巡は逸る気持ちを抑えながら、自分の順番を待っていた。
(なにこれ、すごいドキドキする)
巡は言いようのない高揚感を感じていた。今日が初の対局とは言え、巡はここまでに既に何局か消化していた。しかし戦いも終盤に差しかったこの時、巡の胸は今までにないくらいに高鳴っていた。
シーンとした空気の中、参加達が引いては捨てる牌の音が鳴り響く。良子が不要牌として「東」を切った時、遥はカッと目を見開いた。
「ポン!」
遥はポンを宣言すると、不要牌の白を切る。続けて巡が引いてきた「中」を捨てると、再び遥は宣言した。
「ポン!」
あっという間に、周囲がざわめきに包まれる。見ると遥は、大きく深呼吸した後、真っ直ぐに巡の方を睨んでいた。
【遥の手牌】
四四四①①88 東東東中中中
(……まずい。なんだかすごく、嫌な予感がする)
巡は祈るように自分のツモ牌に手を伸ばした。恐る恐る覗き込んだのだが、自分のアガリ牌ではなかったので、ゆっくりとその牌を卓に置く。
「……捕まえましたよ。高岡さん」
巡が捨てた「8」を確認すると、遥はロンを宣言した。途端、現麻雀部側から歓声が上がる。
「東、中、対々(トイトイ)……マンガン。一万二千点」
遥は薄く笑うと、そのまま息を吐き出した。それは苦しみぬいた遥が打ち出した、逆転の一撃だった。
プチ麻雀講座
・役の得点のつけかたについて
麻雀は手牌に役がないとあがれないことは以前記述したけど、役って作るのが難しい形ほど、高い点になるように決められているんだ! 例えば以下のような形だよ。
二二二五五③③③東東東発発発
この形は「四暗刻」といって、麻雀最高峰の役である「役満」の一つなんだ。ポイントは鳴かずに同じ牌を三つずつ集めることにあるよ! 同じ牌は全部で四つしかないから、見た目以上に作るのが難しい役なんだ。
役満を達成すると、なんと三万二千点、親なら四万八千点ももらえるんだ! 役満を達成することが、麻雀の醍醐味の一つでもあるね!!
・飜牌について
字牌には「東」「南」「西」「北」「白」「発」「中」の計七種があるけど、そのうちの「白」「発」「中」は、三つ集めると「飜牌」という役になるよ! これはポンした時も有効だから、鳴いて一番楽にアガリが狙える役なんだ!
ちなみに「東」「南」「西」「北」はちょっと難しいのだけど、状況に応じて同様に飜牌になるよ! その状況は「自分の家の牌」or「現在の局の牌」のいずれかに該当していればいいんだ!(例:東一局の南家なら「東」or「南」を三つ集めるといい)。例外として、両方の条件を満たした場合(例:東一局の東家の時に「東」を三つ集める)、役が二つ付くんだ!
初心者の人もすごくあがりやすくなるので、該当牌を二つ持っている時は、積極的にポンしていこうね!
・七対子について
以前少しだけ触れたのだけど、同じ牌を二つずつ計七種集めることで、「七対子」という役がつくよ! 一見簡単そうに見えるけど、鳴くことが出来ない分、意外と作るのが難しいんだ。その分少し役が高くなっていて、これであがると役が二つつくよ!
・面前ツモについて
初心者の人は混同しがちなんだけど、理解できるように記述するね! まず、普通に自分の牌を引いてくることを「ツモ」っていうんだけど、牌をツモった時にアガリが成立した場合、「ツモあがり」と言われているね。更に、鳴いていない状態で「ツモあがり」を達成すると、「面前ツモ」という役が一つ付くんだ!
役勘定するときに単に「ツモ」って言われることが多いから、あがった時の「ツモ」は「面前ツモ」って役のことだと理解しておくといいよ! ちなみに「面前」っていうのは、鳴かない状態のことを言うよ。つまり「面前ツモ」って役は、「鳴かない状態でのツモあがり」ってことだね!
・対々和について
手に並び数字が一切ない(全て三つずつ集めた)状態だと、「対々和」という役(二つ)がつくんだ! これは上で記述した「四暗刻」と混同されがちだけど、ポンしてもよいところがミソなんだ! 簡単に言うと、七対子が狙えるような状態から、全てポンしていくと、「対々和」になるね!
鳴かずに集めた三つの同じ牌を「暗刻」、ポンして集めた三つの同じ牌を「明刻」と呼び分けてるんだ。鳴かない方が難しいから、「四暗刻」は役満になっているんだね。
・役の重複について
基本的に役は条件が手牌で成立している限り、いくつでも重複していくよ! 例えば本編で遥が最後にあがったこの形だね。
四四四①①888 東東東中中中
遥は親(東家)だったので「東」、中は三つ集めれば飜牌になるので「中」、全て三つずつ集めているので、「対々和」で、達成役は合計「四つ」になるよ! 大雑把に役数で、千点を倍々していく感じになるから、今回の場合こうだね。
1,000^4=8,000点。親なので1.5倍して12,000点。
厳密な計算方法はちょっと違うけど、あがった時の計算の仕方は大体こんな感じになっているよ!
・点数の切り上げについて
先ほど役の数に応じて倍々計算すると言ったけど、その方式だと役数が多くなると、得点もすごいことになっちゃうよね!
それを防ぐために、一定役数を達成するとこの点数にしましょうっていう取り決めがあるんだ。大体以下のようになっているよ!
四役:満貫⇒八千点
六役:跳満⇒一万二千点
八役:倍満⇒一万六千点
十役:三倍満⇒二万四千点
十三役以上:数え役満(役満と同一の扱い)⇒三万二千点
親の場合だと、この点数から更に1.5倍されることになるね!