第六話 ~麻雀は運? それとも実力?~
四月十日水曜日の午後一時。巡達が通う堺北学園は本日創立記念日だったのだが、部の存続を賭けた対局を行うため、巡達を含む、麻雀部のメンバーは全員、部室に集められていた。
「それでは、時間になりましたし、そろそろ始めましょうか」
現麻雀部の顧問である武田仁が、黄泉に声かける。やせ型の体系にメガネをかけた四十代の男性教諭だ。
元プロ麻雀師の経験を持つ彼は、その経歴を買われ、堺北学園の麻雀部顧問を請け負っていた。
「今日はどうぞ、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、今日は無理なお願いを了承いただき、ありがとうございます」
武田の形式ばった挨拶に、黄泉は非常にらしくない丁寧な返答をした。その姿を見た巡は、思わず顔をしかめてしまう。
(うわぁ、すごくらしくない言葉遣い。猫でも被ってるのかな?)
もしかすると今回の勝負も、あの調子でまんまとやり込めたのだろうか。巡がそんなことを考えていると、武田が今回の勝負の概要を話し始めた。
「ルールについては、以前お伝えした通りですが、勝敗は三回半荘勝負を行い、二度トップを取った生徒がいる方の勝利ということで、大丈夫でしょうか?」
「ええ、概ね間違いありません。ただ一つだけ。点棒が無くなっての『トビ』終了は無しでお願いします」
黄泉の念押しに、武田は一瞬首を傾げたようだが、特に問題ないと判断したのだろう。そのまま小さく頷いた。
「では、台の準備が整い次第始めたいと思いますので、備えていてください」
「了解致しました。では……」
武田とのやり取りを終えた黄泉は、小さく礼をすると、ズカズカと巡達の方に向かって歩いてきた。
「じきに始まるぞ。準備はいいか?」
「な、何か、なりゆきでここまで来ちゃったんですけど、私達、本当に大丈夫なんですか?」
黄泉の念押しに、良子が心配そうに答える。しかし黄泉は腕を組んだまま胸を張ると、フフンと鼻を鳴らした。
「言っただろう。何も問題はない。私の言った通りにやれば大丈夫だ」
「ということは、やっぱり何か作戦が?」
「うむ、心して聞け」
どうやら黄泉には、本当に作戦があるらしい。何故昨日の時点で話してくれなかったかは謎だが、巡と良子は黄泉の傍に寄り、耳をすませた。
「今回の勝負は三戦の内、二回トップを取ったチームが勝利となる。このルールは把握したな?」
「はい。それはわかりましたけど……」
三回勝負とは言え、勝ち越さないと勝利にはならない。巡達が初心者であることを考えると、むしろ一発勝負の方が勝算があるようにも思えてくる。
だがこの展開も、どうやら黄泉の予想通りだったらしい。
「作戦はこうだ。まず、最初の一戦目だが、自分の手牌は一切見るな」
「……はい?」
「でもそれだと、勝ち目ないような……」
言葉の意味が理解できない巡と良子は、同時に顔を見合わせた。そんな二人に、気にするなとばかりに黄泉は告げる。
「負けて構わん。ただし……巡、お前は全員の捨てた牌と、誰がどんなアガリ方をしたか、よく見ておけ」
「……え? は、はい」
黄泉の念押しに、反射的に巡は返事する。
「良子、お前はツモって捨てるまでの相手の動作に注目しろ。特にリーチとアガりの際の動作は見逃すなよ」
「それは、構いませんけど……」
良子もよくわからないながら、とりあえず頷くことを選択したようだ。
「更に、ここからが重要だ。よく聞いておけ。続く第二戦目。ここも基本的には、勝ちに行く必要はない。『結果が勝ちになるように調整』してこい」
黄泉の発言は、もはや謎かけレベルだった。一戦目の作戦はまだわからなくもないのだが、二戦目については、具体的にどうすればよいか、全く指示出ししていないのだ。
「い、意味がわからないんですが……」
「やればわかる。いいな? 忘れるなよ」
「は……はい!」
黄泉は言うことは伝え終えたとばかりに、二人の傍を離れた。すると入れ替わりに、対戦相手の遥がゆっくりと歩み寄ってくる。
「そろそろ始まります。覚悟は出来ましたか?」
「何の……覚悟ですか?」
「当然、負ける覚悟です」
遥は相変わらずの無表情だったが、発言にはしっかりと気持ちがこもっていた。どうやら負けられないのは、あちらも同じらしい。
「私は昨日、『麻雀は運ではない』と申し上げました。麻雀とは、理を積み上げていくゲームです。そこに偶然など存在しません。やがて訪れる結果は、全て必然なのです」
「あの、言ってることがよく……」
すらすらと流れる遥のセリフだったが、残念ながら巡には理解不能だった。言ってることは、まるで占い師のそれだ。
巡はなんとも言えない表情を浮かべたが、遥は別段気にしていないようだ。
「わからない……ですか。まあいいでしょう。繰り返します。『麻雀は運ではない』。私はそのことを証明する……それだけです」
最後にそう告げると、遥は自陣の方へと戻っていった。静かな口調ではあったが、ピンと張った背中からは、青いオーラが立ち上っているかのようだ。
(渡瀬さん、すごい気迫だ。この人に、私達は本当に勝てるのかな……」
巡が心配する中、第一戦がスタートされた。
★
『第一戦は……渡瀬遥さんのトップで終了です」
結果は、二位と三万点以上差を開けてのダントツトップだった。基本的に現麻雀部は、もう一人がサポートに回り、遥がアガリに行くという作戦のようだ。
自分達の勝利を確信していたとは言え、あまりの手ごたえのなさに、遥は拍子抜けしていた。
(いくら素人とは言えこの二人、自分の手牌を全く見ようともしない。大方、何かの作戦というところですか……)
さすがに第二戦は何か策を講じてくるだろう。素人を相手にしていても、遥に一切の油断はなかった。
「念のため、これだけは申し上げておきましょう。もしワザと負けて、私を油断させようとしているのなら、無駄なことです。私は勝たなければならない。そのためには、相手が誰だろうと……全力を尽くすのみ!」
(わかる。この人強い……。なんていうか、すごく無駄のない感じだ)
初めての対局ながら、巡は遥の言葉がハッタリではないと悟っていた。恐らく単純な実力の比較なら、巡は遥の足元にも及ばないだろう。
(だけどわかった気がする。黄泉さんの言ってたことが。となると、次にすることは……)
「渡瀬先輩すごい! ダントツのトップでしたね」
巡がチラリと目をやると、良子が笑顔で対戦相手を褒めたたえていた。対戦相手からの意外な発言に、遥は怪訝な様子を見せる。
「……フン」
「でもでも、これからが本番です。巡、気を取り直して、次に行こう!」
良子は巡の方をチラっと見ると、軽く頷く。どうやら良子も何かに気づいた様子だった。
(良子も理解したのかな。黄泉さんがこの一戦で私達に命じたのはたぶん『情報収集』。渡瀬先輩が一方的に上がり続けて、流れは最高潮。このままだと勝つのは難しいけど、この流れを崩すことさえ出来れば……)
巡と良子は軽く目配せした後、二回戦へと突入した。
★
「流局、第二戦終了。トップは牧村 良子さんです」
「わーい! やったよ、巡!」
「どうした渡瀬、終盤全然だったじゃないか!」
二回戦の結果を受けて、顧問の武田が激を飛ばす。序盤の調子は悪くなかったものの、後半になるにつれ牌姿が衰え始めた遥を、僅か二千点差ながら、良子が上回ったのである。
「……申し訳ありません」
負けたとはいえ、何とも言えない手ごたえの無さに、遥は疑惑の念を抱いていた。それもそのはず、巡に一切のアガリはなく、良子の方もたまに小さなアガリやテンパイはするものの、目立った動きはなかったのである。
良子が勝ったというよりは、遥が調子を落としたという感じだった。
(どういうこと? 初戦同様、高岡さんにアガる気があるようには思えない。けれど、無意味に思える鳴きを彼女が繰り返すたびに、私のツモがどんどん悪く……まさか!?)
そこで初めて遥は、巡の行為が意図的だったことを悟ったようだ。一瞬呆気に取られた後、巡の方を鋭く睨む。
(ふっ、どうやらあいつらは理解しているようだな。私の言葉の意味を)
黄泉が腕を組んだまま、ニヤリと笑みを浮かべた。黄泉の与えた作戦はわかってしまえば単純なことだった。
『勝ち』に行くのではなく、相手の調子を落とすことで、結果『負け』させるのだ。
(初戦、渡瀬は全力でアガリを取りにいった。結果、あいつの運気は一度最高潮に達した。だがそのことに気づいた巡は、あえてアガリを狙わず、渡瀬の運気を下げることに専念したんだ)
この戦いの肝は『得点差に意味がない』ということだった。一戦目にボロ負けしようと、結果として自陣が二勝出来ればそれでいい。
そういう意味では、重要なのはむしろ後半なのだ。
(見せてやるがいい。頭でっかちな連中に……麻雀が理だけのゲームでないことを)
「渡瀬先輩。私達は確かに素人です。先生も含め、勝手ばかり言っているかもしれません」
巡は真っ直ぐに遥の目を見ていた。そんな巡を見た遥は、ギリッと歯ぎしりする。
「でも、私はどうしても知りたいことがあるんです。だから……あなたに、勝ちます!」
ぶつかる巡と遥の気合。二つの麻雀部の命運を賭けた最終戦が――ついに始まった。
プチ麻雀講座
・流局について
その局で誰もあがらなかった場合、流局という扱いになって、その場は流れるよ! その時にテンパイしていた人は、テンパイできなかった(ノーテン)の人から点数をもらうことが出来るんだ。勝つために必ずしもアガる必要はないってことだね。
ただし、なるべくテンパイした状態で局を終えられるようにしよう!
・一回戦あたりに行われる局の回数について
麻雀の一戦は計八回による半荘勝負であることは以前記述したけど、厳密には八回ちょうどで終わらないことがほとんどだよ。親があがるorテンパイ状態で流局した時、その人の親は継続されるんだ。つまりいくら負けていても、親であがり続ける限りは、逆転は可能ということになるね。最後まで諦めなければ、本当に何が起こるかわからないよ!
・親の順番と家について
半荘は東一局~東四局でちょうど半分なんだけど、誰が最初に親をやるかはサイコロを振って決めるんだ。最初に親になった人が「東家」という扱いになり、反時計回りの順に「南家」「西家」「北家」という風に席が割り当てられるよ。つまり半荘勝負につき、各家は二回ずつ親が回ってくることになるんだ(例:東一局は「東家」が親。東二局は「南家」が親になる。親が移動しなければ局も移動しない)
アガれば親が続けられるということからも、自分の親がどれほど重要か、また、相手の親をどれほど警戒すべきか、なんとなくわかるよね!
・トビ終了について
麻雀は初期持ち点が大体二万五千点で開始されるんだ。アガリや流局に応じて変動するけど、得点がマイナスになった時はその場でその半荘はゲーム終了になるよ。これをトビもしくは、ハコワレと呼ぶけど、黄泉は条件をつけて、このルールを無効にしたんだ。
こんな感じで、麻雀のルールは最初の取り決めで変動する部分も多いよ! 慣れてきたら、最初にどんなルールで行うか、確認しておこうね!