第四話 ~誕生! 新生麻雀部!!~
黄泉が爆弾発言を行った始業式から、三日が経過したが、意外にも学内は落ち着いていた。あれだけの騒ぎを起こしたのだ。生徒達は当然騒ぎ立てたのだが、当人である黄泉が、姿を見せなかったためだ。
巡はてっきり騒ぎを起こした罰として、謹慎処分を受けたと思っていたのだが……。
(ふぅー、終わったぁ)
本日の授業を全て終えた後、巡は帰り支度をしていた。
「巡、一緒に帰ろ!」
そんな彼女の元に、良子が駆け寄り、声かけてくる。
「あ、うん」
巡と良子は、同時に教室を出ようとしたのだが、その時、ピンポンパンポンと、行内アナウンスが響き渡る。
「あー、あー、本日は晴天なり」
(こ、この声は……)
放送の声を聞いた巡は、嫌な予感が止まらなかった。放送主はどうやら話題の黄泉らしい。
「二年A組、高岡巡に告ぐ! 私こと、平田黄泉は、貴様の恥ずかしい秘密を握っている! バラされたくなければ、至急放送室に来い。以上だ!」
案の定の問題発言に、巡はゲンナリする想いだった。俯いたまま少し黙っていると、良子が高いトーンで声かけてくる。
「なになに? 今のどういうこと?」
「し、知らないよ!!」
校内放送で名指しを受けただけでも相当恥ずかしかったが、「恥ずかしい秘密」とやらに、巡は心当たりがなかった。とはいえ、このまま放っておくことも出来そうにない。
「ごめん、良子。先に帰ってて」
「……どうするの?」
「私、ちょっと文句言ってくる!!」
怒り心頭の巡は、放送室に向かって駆け出していた。
「よう、遅かったな」
「お、遅かった、って……」
真っ赤な顔で息を切らせる巡を、黄泉は涼しい顔で出迎えた。どうやら彼女には全く罪悪感というものがないらしい。
「どうした? 真っ赤な顔をして」
「せ、先生が、突然変な放送するからでしょう!!」
さすがに怒りを露にする巡に対し、黄泉はやれやれと手を振った。そして腕を組んだ後に、キッパリと告げる。
「気にするな。あれは嘘だ」
「う、嘘って……」
「ああ言えば、すぐに乗り込んでくると思ったからな」
巡は開いた口が塞がらない思いだった。つまり黄泉は、巡を呼び出すためだけに、平然とあんな内容の校内放送を行ったのだ。
(この人、ほんとめちゃくちゃするなぁ……)
文句を言いたいのは山々だったが、もはや抗議する元気すら起きなかった。どうせこの人は何を言っても堪えないだろうな、と巡が思ったことが要因として挙げられる。
「立ち話もなんだ。ついてこい」
巡は、黄泉に連れられるまま、放送室を後にした。
巡と黄泉は、職員室の奥にある椅子に腰をかけた。衝立で仕切られていることもあり、一見話している内容が周りに伝わることはなさそうだった。
「それで。私に何の用なんですか?」
当然の巡の疑問に、黄泉はずずいと身を乗り出した。
「私は回りくどいのは嫌いだ。単刀直入に言おう。高岡巡。私が作る麻雀部に入れ」
「は……はい?」
全く迷いのない発言に、一瞬巡は何を言っているのか理解出来なかった。呆然とした状態の巡に、黄泉は告げる。
「聞こえなかったか? 麻雀部に入れと言ったのだ」
確かに黄泉は以前、新たに麻雀部を作ると言っていたし、メンバーも追って通達するとのことだった。しかし、当然麻雀経験者が対象だと思っていた巡は、自分には関係ないと思っていたのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 一体どうして、そうなるんですか!?」
「簡単だ。私が、そう決めたからだ」
「り、理由になってません!」
さすがに今度ばかりは、巡も反論を止めなかった。黄泉はゆっくり立ち上がると、巡に顔を近づけ、無表情のまま呟いた。
「言っておくが、これは頼んでいるというわけではない。『取引』だということを知っておけ」
「ど、どういう意味ですか?」
巡の疑問をまるで心外だとばかりに、黄泉は顔を離した。そして意外そうな表情を浮かべている。
「なんだ、知らないのか? 取引とは、双方のメリットとなる提案のことだ」
「そ、そんなことは知っています! どうして取引なんて……」
「まずはそいつを見てみろ」
黄泉は、顎でテーブルの上を示唆した。そこには『2018年、麻雀大会結果速報!』と書かれた一冊の雑誌が置かれていた。
「雑誌……?」
「去年のトーナメントの結果が載っている。三十四ページだ」
「三十四ページ……?」
巡は懸念な表情を浮かべながら、雑誌をパラパラとめくっていった。しかし、そこに貼られている写真を見るなり、ブルブルと両手を震わせ始める。
「こ……この人は……!!」
「昨年、トーナメントで麻雀の部を制した。東征学園代表『坂下美乃理』。貴様が過去、一方的に別れを告げられた、幼馴染の現在の姿だ」
黄泉の言葉を受けた巡は、一瞬気が遠くなるのを感じていた。唐突すぎたこともそうだが、何故黄泉がそのことを知っているのだろう?
「ど、どうして先生が……そんなこと……」
「さて、何故だろうな」
巡は震える声で、黄泉に尋ねたのだが、黄泉は背を向けたまま、しばらく黙っていた。やがてゆっくりと振り向くと、巡に告げる。
「その女は、当然今年のトーナメントも出場する。同じ地区である『堺北学園』と『東征学園』は、全国大会行きをかけて、予選で戦うことになる。トーナメントを勝ち進めば、顔を合わせる機会もあるだろう」
(会える? 美乃理ちゃんに……?)
巡は幼き日の記憶を思い起こしていた。巡にとっての美乃理は、口数こそ少ないものの、優しく良い子だった。だがある日、本当に突然かつ、一方的に別れを告げられてしまった。
巡にはトラウマになるほど辛いものだったが、彼女が意味もなくそんなことを言ったはずがない。どうしてもその理由を知りたかったのだ。
「私が提示する条件はそれだ。お前は『真実』を、知りたいのだろう?」
巡はしばらく身体を震わせていたが、一旦目を閉じ、顔を上げると、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「理由を聞いても、答えてはくれないんでしょうね……」
「無論だ。これは私の『取引材料』だからな。知りたければ、自分で確かめるがいいだろう」
巡は立ち上がると、よろよろと職員室の出口に向かって歩いていった。そして出口付近で止まると、背を向けたまま言葉を発する。
「すみません。少し考えさせていただけませんか……?」
「よかろう。一日だけ時間をやる。明日、返答を伺うとしよう」
「……失礼します」
巡はかなりショックを受けたようで、そのまま職員室を出て行った。一人残された黄泉は、腕を組んだまま大きくため息をつく。
(ふん、やはり驚いたか。だが、私の目的のために、お前には働いてもらわねばならん)
黄泉は窓際に向かって歩いていくと、右手を顎に当てた状態で、考えを巡らせる。彼女が今考えていること、それは今後の展開についてであった。
(さて、次の一手を打つとするか……)
窓の外を眺めたまま、黄泉は薄笑いを浮かべていた。
その日の晩、巡は自室で一人呆然と、天井を見上げていた。その時、彼女の頭の中は真っ白になっていた。
黄泉が言った『真実』という言葉。そして目を瞑ると浮かんでくる、美乃理の怒りの表情。
(美乃理ちゃんは、理由もなくあんなことを言う人じゃない。心当たりはないけれど、美乃理ちゃんが怒る原因が、何かあったんだ……)
不意に巡の胸がズキンと痛む。思わず彼女は右手で胸元を抑えてから、大きく息を吐き出した。
(もし、その理由を知ることが出来るなら、私は……)
決意を新たにした巡は、その場から立ち上がると、強く拳を握りしめていた。
★
「一日経った。答えを聞かせてもらおうか」
次の日の夕方、巡は再び職員室を訪れていた。昨日の黄泉の提案に答えるためである。
「一つ、質問があります。私は麻雀に関して素人です。なのに、どうして私なんですか?」
それは巡にとっては当然の質問だった。黄泉の真意はわからないが、勝つことが目的だとすると、もっと人選にも気を配るべきではないかと思ったからだ。
「悪いがそれは教えられん。こちらにも色々と都合があるからな」
対する黄泉は、やれやれという感じで首を横に振った。その様子は単に意地悪というわけではなく、何か理由がある――。少なくとも巡にはそう感じられた。
「答えるとすれば、そうだな。それが『私の目的に繋がるから』だ」
「先生の……目的?」
「いずれわかるだろう。それで、どうするんだ?」
黄泉は真剣な表情で真っ直ぐに巡を見つめていた。しかし巡は、全く臆することなく、黄泉の見返している。
「正直、自信がありません。地区予選を勝ち抜くことも、部の先輩たちを相手にすることも。でも……」
「でも……何だ?」
「私は今でも、美乃理ちゃんが理由もなく、あんなことを言う人だとは思っていません」
巡はそこで一旦黄泉から視線を外した。黄泉に気づかれないように拳をギュッと握った後、再び顔を上げる。
「だから怖いけど、先生が言う通り……『真実』を知りたい。そう思っています」
巡のハッキリとした言葉に、黄泉はフッと笑みを浮かべた。どうやらその答えは、彼女の満足のいくものであったらしい。
「ふん、少々気弱ではあるが、上出来だ。案ずるな。お前はただ、全力を尽くせばいい。道は、私が用意してやろう」
「自信タップリに言われるのも、逆に不安ですけど……」
「さて、そうと決まれば、準備だ。まずはお前達に、麻雀の基本ルールを覚えてもらわねばならん」
「『達』って……。もしかして私以外にも、誰かいるんですか?」
「麻雀は四人で行うもの。戦うには仲間が必要だ。第一、別々に指導するのは、効率が悪いし、な」
「仲間……?」
「いいぞ。入ってこい」
黄泉はそこで奥にある別室の扉を開くと、中に向けて声をかける。すると部屋からは、巡もよく知る人物が顔を出した。
「良子? どうしてここに?」
「え……へへへ」
驚く巡とは対照的に、良子は少し照れた様子だった。黄泉は良子の肩をポンと叩くと、躊躇いなく告げた。
「この女は、お前の『恥ずかしい秘密』を知りたくて、こっそりついてきていたのだ」
途端、良子が慌て始める。どうやら彼女にとって、何か手違いが発生したらしい。
「ちょ……内緒にしてくれる約束だったじゃないですか!」
「約束した覚えはないな」
どうやら良子は黄泉にまんまとハメられた様子だった。大方、放送の時に黄泉が口にした内容を、自分に従えば教えてやるとでも言われたのだろう。
良子の知りたがり性質を知っていた巡は、ふっと表情を緩めてしまった。
「で、状況を伝えたところ、お前の力になってくれるということだ」
「えっと、私も詳しく聞いたわけじゃないけど、巡が困ってるって聞いて、力になろうと思ったの」
巡とて、良子が単に野次馬根性だけで、ここにいるとは思っていなかった。たぶん自分がこう答えることを考慮して、力になると決めてくれたのだろう。
「麻雀、わからないけどね」
「恩着せがましいことを言っているが、動機は単なる野次馬根性だな」
せっかくの穏やかなムードを、黄泉が平然とぶち壊す。慌てた様子の良子は違うとばかりに両手を大げさに振った。
「ち、違いますってば!」
「ふ。雑学好きな人間は、知りたがるタチだからな。それが親友の秘密となれば、なおさらだろう」
「巡! 違うんだからね。私は純粋に、あなたの力になろうと……」
「あ……ははは」
こうなると巡は苦笑するしかなかった。何と言ってよいか悩んだ巡だったが、結局出てきた言葉は、しごく単純なものだった。
「とにかく、ありがとう」
そんなこんなで、巡と良子は黄泉が提唱する、『新生』麻雀部に入部することとなった。
冷静に考えれば、単に黄泉の口車に乗せられただけのような気がするところではあったが……。
『美乃理に会って、話を聞く』
それが、巡の中で生まれた自分自身の、確固たる意思だった。