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麻雀JKクラブ!!  作者: ファル
第二部 『頂上決戦への道』編
41/78

第四十話 ~四人目【周防 孝明】(中編)~

『東一局』  親:『孝明』  ドラ:『7』


 孝明の親から始まった対局。第一ツモを引いてきた佐緒里は、どうすべきか考えていた。


【佐緒里の配牌】

一一二③③④⑥⑧359南南2



(周防さんの第一捨て牌は「北」。さすがにこの状況では、まだ何もわかりません。定石ではありますが、親を流せるようにアガリに向かうべきでしょうか……)


 とりあえず佐緒里は不要牌の「9」を切ることにした。その捨て牌を見て、親の孝明が宣言する。


「……ポン」


 孝明のポンを受けて、自分の番が回ってきた志信は、引いてきた牌を手元へと寄せた。


【志信の手牌】

三四八九⑦⑦4567南南中三



(「9」をポン、かぁ……。役牌抱え、ホンイツ、色々な手が考えられるね)


 どう打ってくるかわからないので何とも言えないが、親でいきなり役牌のみは、あまりにも消極的だろう。他に何か役を抱えているのが自然と見るべきだ。


(とりあえずはホンイツやトイトイを第一候補にしておくか。そう考えると、後々危なくなりそうな「中」は、先に切っておくべきかな……)


 志信のこの判断は無難なものだっただろう。しかし「中」を河に置いた瞬間、誰もが予想だにしなかった出来事が起こる。


「……ロン」


 声を発したのは、孝明だった。誰もがその声に驚き、ゆっくりと倒される手牌へと視線を落とす。そして次の瞬間、その場にいた全員が驚愕した。


【孝明の最終手】

⑨⑨白白白発発発中中  999



「……大三元。四万八千点だ。一回戦終了だな」


 驚きのあまり、志信は立ち上がってしまいそうになった。状況を見ていた他の生徒達も心境は同じだったのだろう。何が起こったのかわからず、皆が茫然と孝明の手牌を眺めていた。



 親の役満直撃だったので、持ち点二万五千点の志信がマイナスとなり、ハコワレ終了となった。わずか二巡。あまりにいきなりの出来事だった。


「……次の相手は誰だ? 何ならこのまま次戦に突入しても構わないが……」


 孝明は両肘を卓についた状態で、頬杖をついている。そのまま鋭い視線で、佐緒里達を射抜いていた。


「ぞ、続行を、お願い致します」


 佐緒里は一瞬メンバーチェンジも考えたのだが、こんなわずかな対局で作戦もクソもないと思ったのだろう。佐緒里の提案に異議を唱えるものはいなかった。


「……わかった。では、このまま次にいこう」


 孝明は手牌と山を崩すと、ゆっくりと牌をかき混ぜ始めた。




 続く第二戦、第三戦と、状況にあまり変化はなかった。


 さすがに再び役満ということはなかったが、孝明がアガる際の手役は、非常に得点が高く、一撃で振り込んだ生徒を瀕死状態までおいやる。

 表情も動作も全く変化がないため、カンがよいはずの司ですら、彼の待ち牌を特定することは出来なかった。



 結局三回戦目も、参加していた里香が親の孝明の跳満直撃を受け、ハコワレ終了となった。




「……すみません。少しお時間をいただけませんか?」」


 現在の時刻は、十五時三十分。作戦タイムを取りたかった佐緒里は、後ろで立っていた黄泉に提案した。


「いいだろう。ここで十分の小休止をはさむ。その間にどうすべきか考えるがいい」




 壁際に集まった生徒達は、互いに顔を見合わせていた。


「……やばいっす、あの人。動きが常に一定っすから、何してるか全く想像がつかないっす」


 司の直感は、得られた情報を元に体が反応する、恭介とはタイプの異なるものだった。そのため、牌をツモった時のリアクションや、テンパイの際の動作を確認する必要があった。


 しかし孝明は、ツモってから切るまでが常に一定の上、一瞬で『小手返し』を行うのである。周囲から見ているものは、切った牌が手出しかツモ切りかすら、判断することが出来なかった。


「……アタシでも、あんな自然な小手返しは出来ねえぜ。さすがは名人ってことか」


 対局を見ていた美緒が思わず舌打ちを漏らした。対局に参加してはいないものの、孝明の技量を悟ったのだろう。彼の前では美緒得意のイカサマも通用しそうにはなかった。


「先輩、ちょっと……」


 佐緒里を呼んだのは、美乃理だった。彼女の手招きに応じて、佐緒里は顔を近づけると、美乃理の発言へと耳を澄ませた。


(あの人恐らく……自分の山に特定の牌を積み込んでいる)

(積み込み……まさか……)


 一緒に打っていた佐緒里は、そのことに全く気付けなかった。しかし思い返してみると、孝明が高得点をアガる際は、大体親だったように思われる。


 常に孝明の手元のみ注視してきた美乃理さえ、そのことに気づくのに半荘三回も要したのだ。佐緒里が気づけないもの、無理はなかった。


(そうなってくると、まずは積み込みを止めなければなりませんね……)


 積み込みはイカサマではあるが、すり替えと違って腕を掴めば止められるというものではなかった。字牌ばかりが山に積まれているというならともかく、普通の手をランダムに積まれてしまっては、山を開けても自然にしか見えないためだ。


 そのため、孝明の積み込みを破るには、彼に自由に牌を掴ませない必要があった。


「私が……やります」


 少なくともこの中で、山を積む速度で対抗できそうなのは美乃理くらいだろう。この提案に、佐緒里はゆっくりと頷いた。


「仕方ありません。では次の対局は美乃理が出てください。残りのメンツ、誰か希望はございますか?」


「……アタシも行くぜ。出来るかどうかわかんねえけど、一人よりは二人の方が、阻止率もあがんだろ?」


 手を挙げたのは、美緒だった。積み込みと聞いて、黙っているわけにはいかなかったのだろう。


「わかりました。ではあと一人は……」

「……すみません。私にやらせてもらえませんか?」


 次に挙手したのは、巡だった。直後、全員の視線が巡へと集まる。


「高岡さん……何か作戦が?」

「……いえ、何もありません……けど」


 遥の質問に、巡は俯いていた。しかし他に希望するメンバーもいなかったため、佐緒里はゆっくりと頷く。


「わかりました。では次戦はお三方にお任せします。作戦については、相談が必要であれば、自由に行ってくださいませ」



 佐緒里の言葉を受けた美乃理は、まず美緒に向かって囁いた。


「あの人に自由に山を積ませないようにしたい。洗牌シーパイ(対局前に一度牌をかき混ぜること)から気をつけましょう」

「……ああ。まずは積み込みを止めねえと、話にならねえからな」


 言いながらも美緒は、緊張した面持ちだ。その様子はいつも不敵な彼女にしては珍しかったが、それほど孝明の技量が抜きんでているということだろう。


 美乃理は続いて、巡に囁いた。


「……何を考えているかはわからないけど、巡は思う通りやってくれればいい。たぶん私達は、あの人のマークで精一杯だろうから、アガリに向かえるとしたら……あなたしかいない」

「う、うん。とりあえず出来る限りのことは……やってみるよ」


 作戦が決まった巡達は、同時に頷くと、卓に向かって歩いていった。その様子を見てとった黄泉が、悠然と告げた。


「話はまとまったようだな。では、続きを始めるぞ」


 そして、孝明との対局の、半荘第四戦目が始まった。




『東一局』  親:『美緒』  ドラ:『④』


 対局が始まった直後、美緒と美乃理は、極力孝明の手元にある牌を選び、山を積むようにしていた。その様子を見た孝明が敏感にその意図を察知する


(さすがに気づいたか……)


 虚を突かれたというわけではなさそうだが、とりあえずこの局、孝明は積み込むのを諦めることにした。親じゃないため、そこまで無理して行う必要もないと判断したのだろう。


 こうして始まった東一局。配牌を見た美緒はどうすべきか考えていた。


【美緒の配牌】

三四七九②④⑤⑥25678西


(さて、どうしたもんか……な)


 積み込みを阻止したとは言え、まだ自分達の有利でないことは、彼女も悟っていたのだろう。


(たぶんアタシ達に待ちを読まれるようなヘマは、このおっさんはしないだろう。なら……)


 美緒は点数の高さより、スピードを優先することにしたらしい。とりあえず孤立牌の「西」を手に取ると、そのまま捨てる。


 次の順番である孝明は、悠然とツモ牌を取ってくると、相変わらず一定の速度で、河へと牌を置いた。




 四巡目、有効牌を引き入れた美緒が、テンパイになっていた。




【美緒の手牌】

三四七九②④⑤⑥55678五


(……リーチ!)


 美緒は、不要牌の「②」を切ってリーチする道を選んだ。待ちも手もそれほどよくはなかったものの、まだ四巡目なので、さすがに待ちを特定できないだろうという理由もあった。


「……ロン」


 ポツリと呟くような声は、孝明のものだった。驚く美緒の目に、孝明の手牌が晒される。


【孝明の最終形】

六六③④⑦⑧⑨234発発発



「発、ドラ一で二千九百」


(……バカな!)


 美緒は驚きを隠せなかった。手の速さもそうだが、今回孝明は積み込みを行えていないはずである。


 その上でのこの手の速さ……しかも全くテンパイ気配を見せなかったことに、美緒は驚愕していた。


「スピードを優先させての先制リーチ。悪くはないが、周囲の手を考慮せず、盲滅法めくらめっぽう走り出すような真似は、感心しないな」


 孝明は少し俯くと、やれやれという感じで小さく息を吐きだした。その様子を見た美緒は、額から冷や汗を流していた。


(……何言ってやがる。アタシはちゃんと周囲の手の進行にも気を配ってた。おっさんからのテンパイ気配が微塵もなかっただけだ)


 ここで初めて美緒は、司の言っていた言葉の意味を理解していた。この男に対しては、待ち牌を読むどころか、テンパイ気配を察することすら困難であることを、彼女は身をもって知ったのである。



 そして全員が手牌と山を崩し、洗牌を開始したことで、美乃理と美緒の戦いは始まっていた。


(次は周防さんの親……ここは何がなんでも阻止する……)


 美乃理は恭介に対して行った、早積みによる牌の記憶を試みようとしていた。それが危険な親を流すことと、積み込みを防ぐことにつながると考えたためだ。


 しかし高速で動こうとする美乃理の手を、孝明の手が常に遮る形で動く。結果として、美乃理は狙った牌をほとんど触らせてもらうことが出来なかった。


「……その若さで中々の技量だとは思うが、残念ながら自由にはさせんよ」


 孝明の腕はそれほど早く動いたという感じではなかった。ただ、美乃理の動きを先回りするがごとく、最短距離を真っすぐに移動するのだ。


 それは美緒も同様だったらしい、厳しい表情を浮かべると、鋭く一回舌打ちした。




 結局、美乃理と美緒、二人がかりでも孝明を止めることは出来なかった。さすがにその上で積み込みまでは行えなかったようではあるが、美乃理の方も山を記憶することは出来なかった。


 結果、場は平打ち(イカサマを行わない自然な対局)となったが、この状態でも生徒達の分は決してよくなかった。



 孝明は豊富な知識と経験で、無駄なく牌を集める上、美乃理や美緒のあふれ牌を正確に狙ってくるのである。

 その癖、彼女達がアガリが遠いと見るや、容赦なくリーチをかけて、悠然とツモあがりを行うのだ。


 恭介とは全くタイプは違うものの、隙のない打牌に、美乃理達はどうすることも出来なかった。




「……そこまでだ。本日の対局はここまでとする」


 気が付くと既に、現在の時刻は十九時を回っていた。孝明は小さく息を吐くと、ゆっくりとその場から立ち上がった。


「やれやれ、この年になると長時間椅子に座っているのが堪えるな……」


 孝明が右手で腰をトントンと叩くのを見て、黄泉が近づいてきた。


「すっかりオッサンだな、孝明。悪いが明日は、朝の九時にまたここに来てくれ」

「店の方も、ずっと空けておくわけにはいかんのだがな。まあ、もう少しの間だけ付き合ってやるさ」


 雀荘のオーナーである孝明は、バイトに店を任せてここに来ていた。忙しい身でありながら仕方ないと思ったのだろう。もう一度ため息をつくと、そのまま対局場を出て行った。


 直後、生徒達が一斉に肩を落とした。


「……どうした? ひょっとしてもう降参か?」


 黄泉の問いかけに、顔を上げた佐緒里だったが、その表情は見るからに落ち込んでいた。


「……正直なところ、私達が勝つ様子が想像できません。本当に勝てるのでしょうか?」

「やれやれ、頼りないことだな。他の者も同じ意見なのか?」


 黄泉の問いに、生徒達は声をあげることが出来なかった。しかし言葉には出来ないものの、想いは同じらしい。

 美乃理でさえ、俯いたまま唇の端を噛んで、押し黙っていた。


「しょうがない。今回は少しだけヒントをやるか」


 黄泉の言葉に、生徒達は一斉に顔をあげた。期待するような眼差しを受けた黄泉はため息をつくと、そのまま口を開いた。


「お前達の狙い自体は悪くない。ただ一つ、足りないものがあるだけだ」

「足りないもの……? それは何なのでしょう?」


 佐緒里の問いに、黄泉は首を横へと振った。どうやらその答えを教えてくれる気はないらしい。


「そこは自分達で考えろ。孝明に勝つには、『一人だけの力』では無理だ。各々が自分の役割を正しく判断し、行動する必要がある。そのことをしっかり考えるのだな。……ということで、今日は解散!」


 黄泉の号令と共に、生徒達はぞろぞろと対局場を出ていった。さすがにいつもの元気はなく、足取りは重そうだった。



 生徒達が出て行ったのを確認すると、傑が黄泉に声かけた。


「珍しいな。今日は随分優しいじゃないか」

「……フン。あいつらに勝ってもらわないと、私も困るからな」


 黄泉はもう一度ため息をつくと、そのまま窓の外を見ていた。


「だが、望みはある。どうやら『アイツ』の中で、何かが変わりつつあるようだ」

「……やっぱり黄泉も気づいていたか」


 二人が話題にしているのは、『巡』のことだった。孝明との対局の際、目立った活躍こそ出来なかったものの、『一度も振り込まなかった』のである。


「孝明との対局。鍵を握るのは、間違いなくあいつだな」

「それと、美乃理あいつの力も必要だ」


 傑と黄泉は各々の想いを口に出すと、何とも言えない表情を浮かべていた。それぞれの身内であるため、成長を望みつつも複雑な心境だったのだ。


     ★


 明くる日、明け方の四時頃、ふと目が覚めた巡はベランダに出ると、そのまま夜空を眺めていた。


(孝明さんとの対局。本当にすごいと思ったけど、不思議なことに、どうしようもないとは思わなかった……)


 それが巡の率直に抱いた感想だった。自分の中で確固たる考えがなかったのと、落ち込む皆の手前言い出すことは出来なかったのだが――。


(もう少し……もう少しで私は、何かを掴めそうな気がする……)


 巡が空に向かって手を伸ばした先には、ひときわ大きく輝く一等星があった。巡はそのままゆっくりと右手を握りしめるのだった。

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