第二十八話 ~巡VS美乃理「中編」~
【現在の点数】
巡:122,100 一ノ瀬高校大将:62,900 美乃理:138,400 三星高校大将:76,600
『東二局』 親:『美乃理』 ドラ:『白』
東一局の美乃理の渾身の跳満ツモにより、場は東二局に移行していた。美乃理の親であるこの局。巡の立場からすれば、何としても流さなければいけない勝負所だった。
「ポン!」
その想いは、他のメンバーも同じだったのだろう。美乃理が第一打で捨てた「中」に対し、巡の下家である一ノ瀬高校高校がポンを宣言する。更に次の順、巡の捨てた「2」をチーしていた。
そして八巡目、親の美乃理が動いた。
「……リーチ」
【美乃理の手牌】
二三四①①③④567789
その瞬間、卓の周辺温度が一℃くらい下がったような錯覚を受ける。美乃理は冷たい視線で、巡達の捨て牌を狙っているようだ。
【巡の手牌】
一一三四六六九④⑤⑥⑧99西
(……ダメだ! この手牌じゃとても間に合わない)
巡のこの形では、流れを引き込んだ美乃理のリーチにはとても及ばないだろう。仮にテンパイまで辿り着けたとしても、先に美乃理にツモあがられてしまう……巡は咄嗟の直感でそう感じていた。
(考えろ……ここで美乃理ちゃんにアガられたら、この先かなり厳しくなる、何とかアガりを防ぐ方法を考えるんだ……)
巡は目を閉じ、考えを巡らせる。そして導き出される答えに、巡は目を開いた。
(危険だけどやるしかない……私に美乃理ちゃんみたいな『読み』は出来ない。直感だ。直感で、下家の待ちを読むんだ……)
巡の額を、一滴の汗が流れて落ちる。彼女は小さく息を吐き出すと、手に持っている「三」を河に捨てた。
「……ロン! 中のみ千点!」
【一ノ瀬高校高校大将の最終手】
二四67811 234中中中
巡が捨てた「三」に対し、一ノ瀬高校高校がロンを宣言する。無事下家がアガってくれたのを見て、巡はホッと息をつく。当然美乃理は、巡の捨てた牌が、下家への差し込みを狙ったものであることに気づいていた。
(……やって、くれる)
アガリの成就しなかった手牌を崩しながら、美乃理は笑っていた。ちなみに、美乃理の次のツモは「⑤」だった。もしここで巡が差し込みしていなければ、美乃理のアガリは親のマンガンになっていた可能性もある。
すんでの所で巡は、危険を避けることに成功したのだ。
(……けど、私のアガリを防いだところで、点差を詰められなければ同じこと)
続く東三局。先ほど中のみをアガった一ノ瀬高校の大将が、十巡目にリーチを敢行。美乃理と巡は振り込まないように細心の注意を払った結果、一ノ瀬高校がリータンヅモ、ドラ一のマンガンをツモあがる。
三星高校の親が流され、巡が親になる東四局が開始された。
【現在の点数】
巡:119,100 一ノ瀬高校大将:72,900 美乃理:135,400 三星高校大将:72,600
『東四局』 親:『巡』 ドラ:『南』
巡の親であり、間違いなく勝負所である東四局の八巡目。美乃理が切った「三」を見て、巡は考えていた。
【巡の手牌】
三三六八①①445779南
(ここまでの流れを見る限り、たぶんこの局は対子場(同じ牌が重なってくる局のこと)。なら思い切って……)
「……ポン!」
結局、巡はポンを宣言し、面前ではなく、鳴きによるアガリを目指すことにした。続く九巡目に一ノ瀬高校が捨てた「7」を見て、再び宣言する。
「ポン!」
そして十三巡目。有効牌を引き入れた巡はテンパイに至っていた。
【巡の手牌】
六①①44南南① 777三三三
不要牌の「六」を切り出し、巡は「4」「南」待ちとなった。トイトイにドラ二が付くのでこの手、マンガンになることは確定している。
アガリに期待を膨らませる巡だったが、それを阻止したのは、やはり美乃理だった。
「……ロン! タンヤオピンフで二千点です!」
【三星高校の最終手】
③④⑤⑤⑥⑥⑦⑧45688
九巡目に美乃理が捨てた「⑦」に対し、三星高校がロンを宣言する。巡が「⑦」を捨てているのを見た美乃理による、差し込みだった。
親のチャンス手を潰された巡は、肩を落としていた。
(覚えておくといい。差し込みはこうやって……するもの)
巡の親が終了したことで、ちょうど一順し、次は南一局である。初回の跳満ツモ分を取り返す必要がある巡は、逸る気持ちを何とか落ち着かせようとしていた。
【現在の点数】
巡:119,100 一ノ瀬高校大将:72,900 美乃理:133,400 三星高校大将:74,600
『南一局』 親:『一ノ瀬高校大将』 ドラ:『6』
【巡の配牌】
二八③③⑨34南西西北白中1
親でアガることが出来なかった巡の配牌は、かなり厳しいものになっていた。おまけに対子になっている「西」はオタ風なので、鳴いてアガリにいくことも難しい状態だ。
特別な手を狙うのを無理と判断した巡は、順当に字牌から切っていくことにした。
「……リーチ」
七巡目、美乃理が「④」を切ってリーチを宣言した。ここで美乃理にアガられると相当厳しくなる巡は、懸命に美乃理の待ちを読む。
【巡の手牌】
七八③③⑧⑨11334西西発
(形が悪いとはいえ、まだ場は七巡目。すぐに降りるってわけにもいかないよね……)
ふと見ると、一ノ瀬と三星の河に「発」が一枚ずつ捨てられていることに気づく。
(と、いうことは……少なくとも美乃理ちゃんの手に「発」二枚はない。だったら……)
「発」を安全と見た巡は、不要牌として切ることに決めた。だが、巡が「発」を捨てた瞬間、美乃理は静かに宣言する。
「……ロン。リーチ一発チートイツ、ドラ二で跳満」
【美乃理の最終手】
二二四四⑦⑦116699発
(「発」の……地獄待ち!(最後の一枚で待つこと))
狙いすましたようなアガリに、巡は俯いてしまった。さすがに、ここでの跳満直撃のダメージは大きかったようだ。そんな彼女の様子を、美乃理は悠然と見下ろしていた。
(麻雀は諦めない限り、何が起こるかわからない。でも、途中で心が折れてしまえば……)
巡から直撃を取り、戦う心を折ること――それが美乃理の狙いだった。事実、このアガリで美乃理と巡の点差は三万点以上になる上、残る局は三局。美乃理から見れば、守りに回れば充分凌げる点差である。
ここから逆転するのは、かなり難しいと言わざるを得なかった。
★
(……見事だ美乃理)
決勝戦の対局を見ていた赤星は、心の中で感心していた。美乃理は自分が指摘した欠点に気づいて克服した上、自分の麻雀にプラスアルファして、更に強力な物に昇華している。
公平な目で見ても、巡が勝つ目はかなり厳しくなったと言えるだろう。
(……巡。俺の目から見ても、勝ち目はほとんど無くなったと言っていい。だがもし、お前がまだ諦めてないのだとしたら……)
赤星はかけていたサングラスを外すと、真っ直ぐに巡の方を見つめていた。巡はその視線に気づくことは出来なかったが、赤星は複雑な心境を抱いていた。
(……お前が自分で選んだ道ならば、俺は何も言わん。だが出来ることなら、今まで培った物を……ここで見せてみろ!)
赤星は、言葉には出来ない想いを胸に抱き、拳を握るのだった。