第一話 ~初対局開始!~
黄泉に連れられて巡がやってきた場所――そこは都内のマンションの一室だった。
四十四階建ての上部に相当する、四十階の角に当たる部屋である。
「う……わぁ」
「どうした? 何を驚いている」
「い、いえ、あまりにすごいお部屋だったから……」
連れられた一室は、元々二部屋を一つにしたのか、正方形の広い洋室だった。
あまり女性らしさはないものの、ガラス製のテーブルやポットが置かれており、インテリアに関して気を使っている様子が見て取れた。
「くだらないことを言ってないで、早く準備しろ」
「遅かったすね。……あれ? その子は?」
その時、奥の部屋から、一人の男性が顔を出した。服装は紫のパーカーにグレーのチノパンツ。年齢は二十歳くらいだろうか?
長めの茶髪を後ろで縛っており、整った顔立ちをしているものの、いかにも軽薄といった印象を受ける。
「私の娘だ」
「げげっ、マジ!? 黄泉さん、いつの間に結婚とか……」
黄泉の冗談を真に受けたのか、男はいかにも驚いたようなリアクションを見せる。すぐに黄泉はため息をついた。
「馬鹿、冗談に決まっているだろう。傑の娘だ」
「娘……? では奴は来ない……ということか?」
黄泉の発言を受けて、奥の部屋からもう一人男性が顔を出す。
服装は緑系の甚平の中に、青色の着物を着ている。年齢は四十歳くらいだろうか?
目じりにシワはあるものの、キリっとした輪郭が大人の雰囲気を醸し出している。
「残念ながら、そういうことになる。この娘は、傑の代役として連れてきた」
「くぅ~! 残念っすねぇ。今日こそ絶対、一泡吹かせてやろうって思ってたのに
「えっと……、そちらのお二人は?」
三人のやり取りに不安を覚えた巡が、尋ねてみる。すると黄泉は、巡の存在を今思い出したかのように、その場から振り返った。
「ああ、そうか。一応紹介しておこう。このチャラいのが久遠恭介、そしてこのおっさんが周防孝明だ」
「ども~、チャラ男っす! って! なんすかその紹介は!?」
適当な紹介を受けた恭介は、以下にも不満一杯という感じで、口を尖らせていた。もう一人の孝明は小さくため息をつくと、やれやれという感じで口を開く。
「孝明だ。夜遅くすまないな。どうせこいつに、無理矢理連れてこられたんだろう」
「あ……いいえ。それはもう……」
巡は孝明のあまりに丁寧な謝罪に、思わず否定するしかなかった。しかし、そこで当然の疑問を口にしてみる。
「ところでお二人は、お父さんとどういった関係なんでしょう?」
「それについては、ちょっとややこしいな。どう説明したものか……」
考え込む孝明に業を煮やしたのか、黄泉が会話に割り込んできた。
「自己紹介はそのくらいでよかろう。要するにみんな、麻雀仲間ってことだ」
「麻雀仲間……ですか」
黄泉のあまりにザックリとした説明に、巡は苦笑するしかなかった。
(おかしいな。父さん、麻雀なんか出来なかったはずだけど……)
少なくとも、巡は父の傑から、麻雀を打つといったことは聞いたことがなかった。
傑は基本会社勤めのサラリーマンであり、日頃のストレス解消にと、夜中遊びに出ることはある……と聞いている。
「とにかく、時間のこともある。早速始めるぞ!」
黄泉は部屋の中央にあるテーブルの前の椅子に座り、置かれている牌に向かって手を伸ばした。その様子を見た恭介と孝明が続いたが、巡は申し訳なさそうに手を挙げた。
「えっと、そのことなんですけど、実は私……」
「何? 麻雀を知らないだと!?」
巡の宣言を聞いて、黄泉はあんぐりと口を開いて硬直していた。そこまで驚くことはないのに、と思いながらも、巡は続ける。
「……はい。どんなゲームかくらいは知ってますが、やったことはありません」
「馬鹿な! 傑の娘が麻雀できないだと!? 奴は一体、娘にどういう教育をしてるんだ!?」
「す、すみません」
巡は思わず謝ってしまったが、心の中では不平を漏らしていた。
(って、教育に麻雀は関係ないような……)
「けど、どうするんすか? しょうがないし、三人打ちでもします?」
提案したのは恭介だ。しかし黄泉はそんな馬鹿なという感じで、首を振る。
「馬鹿を言うな! 今更そんなこと、出来るはずがないだろう!!」
「しかし麻雀を知らない子に、打たせるわけにもいかないだろう」
この発言は孝明によるものだ。まさに正論だったのだが、納得がいかない様子の黄泉は、伏せられていた牌をいくつかめくると、手に取って並べ始めた。
「くっ! かくなる上は……いいか? よく聞け!!」
黄泉は並べた牌を巡の前へと移動させると、説明を始めた。
「麻雀とは、順番に一枚ずつ牌を取る&不要牌を一つ捨てて、一番早く決まった形を作った者が勝利するゲームだ。お前もドンジャラくらいはやったことあるだろう?」
「ええっと、ドンジャラならわかりますけど……決まった形というのは?」
「例えばこんな形だ」
三四五②③④⑦⑧⑨456北北
「と、いうわけだ。四面子、一雀頭の形が出来たら手を倒せ。いいな!?」
「揃え方だけ教えるとか、メチャクチャっすねぇ。せめて、リーチとロンくらいは……」
恭介のため息交じりの呟きに、黄泉は語気を強める。
「うるさい! ではお前は、素人に場をかき回されてもいいというのか!?」
「確かに、それはそうっすけど……」
徐々に殺伐としてくる空気の中、巡はどうしたものかと思っていたが、孝明が助け船を出してくれる。
「あまりにザックリとした説明だったから補足しておこう。先ほどの形で言うと、数字の部分は『数牌』といって、三つ順番に並べることで【面子】になる牌のことだ。逆に漢字の部分は【字牌】といって、並びを作ることは出来ないが、三つ同じ牌を集めると同様に【面子】とすることが出来る」
「あ、ありがとうございます。ちなみに『雀頭』というのは?」
「麻雀の手牌は合計『十四枚』で構成される。三枚×四組だと十二枚になるだろう? 残り二枚は同じ牌を二つ揃えることで『雀頭』という扱いをするのさ。面子が龍の胴体、雀頭が文字通り頭と思ってくれ」
「な、なるほど。ちなみに同じ牌が、四つ集まった場合はどうなるんですか?」
「基本的に四つ集めることに意味はない。その場合は一面子+余剰牌一枚となる。ちなみに数牌も、同じ牌を三つ集めれば面子として扱われる。並びを作れる分、数牌の方が揃えやすい。ただ、『一八九』や『三④5』みたいな形は、面子として扱われないから注意してくれ。あと、全ての手牌を二つずつ集める、こんな形でもアガリと認められる。一応覚えておいてくれ」
一一五五八八③③⑥⑥東東北北
「わ、わかりました。ありがとうございます」
そこまで説明すると、孝明はニッコリと笑い、自分の椅子に着座した。一通りの説明が済んだと判断したのか、黄泉は腕を組んだまま、椅子に腰を下ろした。
「四人で打つにしても……、レートはどうするんだ?」
孝明の問いに、黄泉はあっさりと答える。
「いつも通りで問題ない。ただし、こいつの負け分は換算しない」
「まあ、妥当なところだな。ちなみに、この娘からの出アガリはOKなのか?」
「うむ。そこまで特別扱いする必要はないだろう。皆、条件は同じわけだしな」
「なんか可愛そうな気もするっすけどねぇ……」
三人の会話に全くついていけない巡は、恐る恐る問いかけてみる。
「えっ……っと、結局どういうことなんですか?」
巡の問いに、黄泉は牌を両手でかき混ぜながら答えた。
「簡単に言えば、お前は負けても何も問題はない。だから、好きに打てってことだ」
「は、はい。わ、わかりました」
巡は反射的に答えてしまったが、心には一つの不安を抱えていた。本日の日付は日が変わって四月一日。学校が始まる日なのである。
(困ったなぁ。明日から始業式なのに……)
今更帰りたいと言えない巡は、一人途方に暮れるのだった。