第十二話 ~牌効率の重要性~
坂下美乃理は夢を見ていた。それは幼き頃の記憶だったが、巡と異なっていたのは、『悪夢』だということ。
道路の脇に横たわる血まみれの父の姿。周囲に出来た人だかりが、何か起こったことを如実に示していた。
「お……父さん……?」
美乃理は何が起こったのかわからなかった。だが、冷たくなって動かないその姿を見た美乃理は、叫び声をあげた。
「あ……ああぁぁぁ!!」
そこで彼女は目を覚ました。窓の外が暗い様子から、まだ夜中らしい。見ると時刻は、午前二時を過ぎたところだった。額からにじみ出る汗を袖で拭うと、美乃理は身体を起こした。
(また……あの時の夢……)
それは、彼女を幼い頃から苦しませてきた悪夢だった。美乃理は大きく息を吐くと、部屋の扉に向かって歩いていった。
(外は、まだ寒い……)
夜中、屋上に一人やってきた美乃理は、そう感じていた。彼女は東征学園が経営している寮に住んでいる。本来であれば屋上は立ち入り禁止だったのだが、一人になりたい時はこっそりやってきて、空を見上げるのだ。
「星が……綺麗」
肩口まで伸びた髪が、風に吹かれて揺れる。美乃理はそっと目を閉じると、首に巻いてきたストールを右手で押さえた。
彼女は空を見上げるのが好きだった。嫌なことがあって落ち込んだ時、風に吹かれていると、モヤモヤとした気持ちも一緒に吹き飛ばしてくれる気がするからだ。
(今年も、この時期がやってきた……)
美乃理は閉じていた目を開くと、そのまま遠くを見ていた。東征学園の麻雀部に所属する彼女は、昨年一年ながら、レギュラーに抜擢された。そして所有している『ある能力』によって、県大会を勝ち進んでいったのである。
(もっと、強くならないと。私の目的を果たすためにも……)
美乃理は小さく息を吐き出すと、少し冷えた身体を引きずるように、寮の中へと戻っていった。
★
「失礼、致します」
日は変わって四月十一日。授業を終えた後、部室にやってきた遥だったが、そんな彼女を意外な人物が出迎えた。
「やぁ、遥。久しぶりだね」
それは堺北学園麻雀部の副部長である谷本志信だった。少し茶色味がかったショートヘアに、スラっとした体形と、整った顔立ち。パッと見ると美少年のような容貌を持つ女生徒である。
「志信? あなた、どうしてここに? 確かまだ、休部中だったはずでしょう」
「うん。まあ、休んでる理由もなくなったからね。また部活に出てくることにしたんだよ」
両手を広げておどけて見せる志信。遥が口を開こうとした時、ちょうど奥の部屋から、黄泉が出てきた。
「来たか。まあ、まずは座るがいい」
座るように促された遥だが、立ったまま黄泉に問いかける。どうやら何か聞きたいことあるらしい。
「平田先生。お伺いしたいことがあります。志信がここにいるということは、先日の件……」
「その様子だと、既に薄々は感づいていたようだな」
黄泉は遥と志信の傍までやってくると、そこにあった椅子に腰を下ろした。その様子を見て、遥も隣の椅子に腰かける。
「お前の予想通り、武田の素行を学園に密告したのは、この志信なのだ」
「やはり……そうでしたか」
「あれ? あまり驚いてないみたいだね。もしかして、僕の仕業だって……気づいてたのかな?」
遥に尋ねる志信の表情は笑顔だった。遥は志信の顔をチラ見した後、そっとため息をついた。
「平田先生から事の発端を聞いた時、そうではないかと思っていました。あなたに会って、その疑惑が確信に変わったというだけです」
「ふふ、そういう冷静なところ、変わってないみたいだね。でもまあ、何だか安心したよ」
「それで、話とは、何でしょうか? そのことを伝えるためだけに、わざわざ呼び出したわけではないのでしょう?」
遥は単に部活だから来たというわけではなかった。授業が終わった後、教室を訪ねてきた黄泉に『話があるからすぐ部室へ来い』と言われていたのだ。
「うむ、そのことについてだが」
黄泉はそこで立ち上がると、奥にあるホワイトボードに向かって歩いていった。そして振り向くと、両腕を組む。
「先日、麻雀部も無事一つとなり、今日から大会に向けて準備を進めていくことになる。そのためにはまず、部員から大会への出場メンバーを決めなければならないのだ」
「なるほど、話の流れは把握致しました。それをこの場で話し合うということですね」
「ああ、その通りだ」
遥の確認に、黄泉を大きく頷く。遥は言葉の続きを待っていたのだが、黄泉が何も言いそうになかったので、自分から尋ねてみることにした。
「ちなみに先生は、どのようにお考えですか?」
「競技トーナメントに出場選手として登録出来るのは、各校で四名までだ。まずは部長のお前に、副部長の志信……」
黄泉は組んでいた腕を解くと、遥達に背を向けた。
「そして、巡と良子で行こうと思っている」
「……本気、ですか?」
表情が見えないので、真意こそわからないが、少なくとも冗談というわけではなさそうだ。見込みはあると思ったものの、彼女達が麻雀初心者であることも、また事実だった。
「確かに素質は認めますが……あの子達はまだ、初心者ではないですか」
「お前は、その初心者に負けたわけだがな」
「それを言われると、辛いところではありますが……」
痛いところを突かれた遥は、二の句が継げなかった。ギュッと唇を噛むと、そのまま俯いてしまう。
「大会まで、あと三ヶ月しかありません。今回は別の者を出し、あの二人には来年出てもらうというのが、順当ではないでしょうか?」
「普通に考えれば、まあそうだな」
黄泉はため息と共に、ハッキリと落胆の意思を見せた。この場に遥と志信しかいないのも、どうやらその辺りが原因らしい。
「だが、残念ながら、他の部員達では、到底トーナメントを勝ち上がっていけるとは思えん。見たところ、一定レベルに達しているのは、お前達二人くらいだな」
「確かにそれは……その通りかもしれません」
遥はあえて言い返さず、右手を顎に当てたまま、考え込んでいた。三年生が抜けた今年のメンバーは、控えしか残っておらず、チーム力の低下は、遥も充分知るところだったのである。
「しかし、平田先生の中で既にメンバーが決まっているというのであれば、この場で話し合う必要がないのではありませんか?」
「この場に来てもらったのは、話し合いがしたかったからではない。お前達二人に、あいつらの教育を頼みたいのだ」
黄泉はようやく振り向くと、目の前にあった教壇を両手で叩いた。どうやらこれが今回の本題らしい。
「……なるほど。大会までの間に、あの二人の麻雀を、実戦レベルまで引き上げろ、そういうことですね?」
「うむ、まあ、そういうことだ」
話はわかったものの、遥は当然の疑問をぶつけてみることにした。
「何故私達に? あの二人を連れてきたのは平田先生です。先生が直々に指導されればよいではありませんか」
「そんなめんど……いや、私は天才だからな、凡人にモノを教えるのは苦手なんだ」
黄泉は一瞬口ごもった後、そっぽを向いてしまった。その様子に、遥は冷や汗を流す。
(今、一瞬、本音が見えた気がしますが……)
遥のシラケた表情に気づいたのか、黄泉が慌てた様子で言い訳を始めた。
「あー、ほら、あれだ。天才ゆえ、先に答えがわかってしまって、そのぅ……」
「物理学者、アインシュタインの話ですね。先に解答が閃くがゆえ、その過程を説明出来ないという……」
志信が出した助け船に、黄泉はもろ手を打った。
「うむ! それだそれ!! とにかく私は、指導には向いていないのだ!」
(この発言、教師としてはどうかと思うのですが……)
再び飛び出した問題発言に、遥は何も言えなかったが、今回は黄泉も特に気にしなかったらしい。スッと表情を引き締めた後、ゆっくりと告げた。
「それにこれは、お前達二人のためでもある」
「私達の? どういう意味ですか?」
「あいつらは麻雀を知らないが、知らないが故に、経験者とは違った角度で麻雀を見ることが出来る。逆にお前達は麻雀をよく知っているために、どうしても一定の視点で麻雀を見てしまいがちだ」
それは、遥が巡達との対局で感じていたことでもあった。理由としては納得のいくものであったため、遥は小さく頷く。
「……なるほど。お考えはわかりました。ですが、今回は時間がありません。かなり厳しくなると予想しますが、よろしいのですね?」
「うむ、勿論遠慮など不要だ。聞き分けがないようであれば、張り倒してやっても構わんぞ」
言いながら、黄泉は猪木ばりの張り手を素振りして見せる。遥はその姿に、本日何度目かの冷や汗を流した。
(度々不審に思いますが、どうしてこの方は、教師をなさっているのでしょう……)
「とにかくそういうことだ。頼めるだろうか?」
「わかりました。やれるだけのことは……やってみましょう」
「うむ、志信の方もそれでよいな?」
「僕は初めから異論はありませんよ。中々、面白そうなメンバーではありませんか」
「そうか。じゃあ後は、任せたぞ」
要件を伝え終えた黄泉は、振り返ると、そのまま部室を出て行こうとする。
「お待ちください」
しかしそんな黄泉を、遥が呼び止めた。
「ん? 何だ?」
聞き返す黄泉に、遥は真剣な眼差しを向ける。そして最も気がかりだった点を、思い切って訪ねてみた。
「先生は勝てるとお思いですか? 東征学園、いや……あの『坂下 美乃理』に……」
遥は去年、美乃理の実力を嫌というほど思い知らされていた。直接対決はなかったものの、東征学園が去年地区優勝したのは、間違いなく彼女の力によるものだったからだ。
「安心しろ。私は勝算のない戦いはしない主義だ。他のメンバーに対してなら、お前達で何とかなるレベルだ。肝心の美乃理には……あいつをぶつけてやればいい」
「高岡 巡……ですか?」
「うむ」
遥も薄々考えてはいたのだが、黄泉の頭の中では既に決まっていたらしい。もしかすると彼女は、そのために巡を麻雀部に引き入れたのかもしれない。
「奴の『能力』は確かに強力だが、完全であるものほど、意外性に対して、モロいもんさ」
黄泉は大きくため息をつくと、これで話は終わりだとばかりに、背を向けた。
「そういうわけだ。じきに他の部員も来る。後は任せたぞ」
「先生は、どうされるのですか?」
「私はちょっと、ツレと打ってくる。ここにいると、どうにもカンが鈍りそうなんで……な」
「あ……先生!」
今度こそ黄泉は部室を出ていってしまったようだ。ため息をつく遥の肩を、志信がポンと叩く。
「残念だけど、もう行ってしまったみたいだ。じきに、皆も来るだろうし。とりあえず僕達は僕達で、やるべきことをやろう」
「ええ、わかっています」
(けれど、ふと、疑問に思ったのですが、あれほどまでの実力を持つ平田先生……彼女と渡り合えるような打ち手が、そうそういるものなのでしょうか……?)
それは、遥の頭に浮かんだ、素朴な疑問だった。
「……と、いうわけで、私達四人で大会に参加することになりましたので、よろしくお願いします」
遥は後から来た巡と良子に、黄泉とのやり取りを伝えていた。案の定は、二人はびっくりしている様子だ。
「またすごく唐突なんですが、たぶんもう決まっちゃった……ことなんでしょうね」
巡のぼやきにも似た質問に、遥はアッサリと頷いた。
「はい、平田先生いわく、参加申込書は既に提出してしまったそうですので、既に決定事項、です」
(ほんと、黄泉さんはどうしてこういうこと、先に言ってくれないのかなぁ……)
巡は考えながらゲンナリしていた。戦う決心はしていたものの、いきなりレギュラーを宣告されれば、ビックリするのも当然のことだろう。
「とにかく、決まってしまったことは仕方がありません。つきまして、大会までの期間、私とこの志信がみっちり指導することになりますので、しっかりついてきてくださいませ」
「あ、じゃあそっちの人が……」
良子の指摘に、釣られた巡の視線が移動する。そこには笑顔で手を振る志信の姿があった。
「申し遅れました。僕は谷本 志信。一応、麻雀部の副部長をやらせてもらってます」
志信は手早く自己紹介を済ませると、スッと頭を下げた。釣られて巡と良子も、同時におじぎする。
「よ、よろしくお願いします」
「巡ちゃんに、良子ちゃんだね。黄泉さんから、ウワサは聞いてるよ。よろしくね」
志信はニコッと笑うと、巡に握手を求めてきた。咄嗟に手を握り返した巡だったが、表情には苦笑いを浮かべていた。
(黄泉さんかぁ、本当に色々言われてそうで怖い……)
「志信……先輩は平田先生とお知り合いなんですよね? もしかして、前回の対局に参加されなかったのも、何か関係があったりするんですか?」
それは良子のちょっとした疑問だった。しかし案外的を射ていたらしく、志信は大きく頷いてから答えた。
「うん、君は中々鋭いね。ちょっとしたことがあって、僕は武田先生のことが信用できなくなった。だからなるべくなら……君たちに勝って欲しかったんだよ」
志信の表情は明るかったが、良子は俯いてしまった。部内のいざこざを笑って話す気にはなれなかったからだ。
「そうだったんですね。ええと……谷本先輩は、どうして武田先生を……」
「挨拶はそのくらいにしておきましょう」
その時、遥が唐突に話に割り込んできた。もしかすると、あまりこの話を続けたくなかったのかもしれない。
「先ほども申し上げました通り、私達にはあまり時間はありません。早速、麻雀の指導に入らせていただきたいと思います」
「あ、はい。よろしくお願いします」
頷く良子を後目に、巡は先ほどのやり取りについて考えていた。
(もしかしたら、あまり立ち入るべき部分じゃなかったのかもしれない。今は……この件には触れずにおこう)
そう結論付けた巡だったが、良子は特に気にしていなかったらしい。おずおずと右手をあげると、質問を口にした。
「えーと、すみません。質問してもいいでしょうか?」
「牧村さん、何でしょうか?」
「私、実はまだ……ちゃんと役を覚えてないんです。だから、もし内容についていけなかったら……」
自信なさそうにする良子を励ますかのように、遥はハッキリと答えてくれる。
「問題は、ありません。これから話すことはむしろ、役を覚える前に知っておいた方がよいくらいですから」
「え、そうなんですか?」
「よく誤解されがちではありですが、麻雀を上達するために、最初に取り組むべきは役ではありません。『牌効率』です」
「牌効率……それって何のことでしょうか?」
聞き覚えのない単語を、良子は思わず復唱する。その言葉は遥の予想の範疇だったのか、ホワイトボードに向かって歩いていく。
「簡単に言うと、『効率の良い牌の揃え方』のことです」
遥は近くにあったマーカーを手に取ると、ホワイトボードに手牌図を書き込んでいく。几帳面な性格に見合う、綺麗な字だった。
「もし、全員の手牌とツモが全く同じと仮定した場合、勝敗の優劣を決めるのは、何だと思いますか?」
「ええと、最初の一人しかあがれないわけですから……、牌を切る順番……でしょうか?」
良子の答えを受けると、遥はゆっくりと頷いた。再びホワイトボードの方を向くと、図を書き足していく。
「その通りです。麻雀とはあがりを行う際、最後に必要となる『待ち牌』がありますが、待ちの種類が、いくつあるかはご存知ですか?」
「ええと……すみません。わかりません……」
答えたのは巡だったが、特に遥は落胆の様子は見せなかった。わからなくて当然とばかりに頷いて見せる。
「そうですか。では例をあげて説明致します。あがりを行う一歩手前のことを『テンパイ』といいますが、テンパイ状態からアガリを行うために必要となる待ち牌は、一牌~三十九牌になります」
「ええっ! そんなに差があるんですか!?」
遥の話に、巡は驚き、立ち上がってしまった。いくら計算が苦手な巡でも、それがどれほどの差か、理解出来たのだろう。
「この状態の二人がそれぞれリーチをかけたとしたら、どちらがあがれる可能性が高いかは、説明する必要もないと思います」
「しょ、勝負にならないですね……」
良子が冷や汗ながらに呟く。遥はマーカーの蓋を閉じると、ゆっくりと巡達の方へ振り返った。
「牌効率の理論も、基本的にはこれと同じです。ですが、状況をテンパイだけに限定しなくても、テンパイに至るまでの過程でも同じことが言えます」
「ええと、つまり……」
巡は頭の中でシミュレートしてみたのだが、うまくまとまらない様子だ。そんな彼女に遥はわかりやすく、補足する。
「麻雀を打っていれば、必ず手を進めるために必要となる牌が出てきます。必要とする牌は多いほど良い、ということです」
「そっか。数が多い方が、有利になるんですね」
納得がいったのか、良子はうんうんと頷いていた。しかし、巡の方はまだ要領を得ない様子だ。
「運に左右されることが多い麻雀ではありますが、確率の高い方法を選ぶこと。これが勝率を高めるための、基本となります」
「うう、数字はちょっと苦手です……」
案の定、顔を顰めたのは巡だった。しかしそんな彼女にも、遥は落ち着いた様子で語りかける。
「慣れてしまえば、それほど難しいことではありません。かといって、すぐに出来るものではありませんので、対局を行う際には、意識するようにしてみてください」
「はい、わかりました」
巡と良子が同時に返事すると、満足した様子で遥が頷く。そして傍らにあった麻雀牌の入った箱を手に取ると、中を開いて見せた。
「では早速ですが、これから私達四人で対局を行いたいと思います」
「い、いきなり、ですか?」
「麻雀が強くなりたければ、とにかく回数をこなすこと。経験に勝る上達の道はない。少なくとも、私はそう思っています」
「が、がんばります」
巡と良子は自信なさそうにしていたが、避けられないと思ったのだろう。一つのテーブルを囲んだ状態で、巡達は座って前を向いた。
「それでは早速、始めましょう」
★
「三回半荘勝負を行った結果、トータルトップは私、二位が志信、三位牧村さん、四位が高岡さん、ですね」
遥の宣言に、巡はガックリと肩を落とした。
「うう、最初は調子よかったんだけどなぁ……」
「あと一歩が届かないってことが、多かったよね」
落ち込む様子巡を、良子が励ます。巡より順位が上だったこともあり、少しだけ余裕があったのだろう。しかしそんな二人に、遥はキッパリと言い放った。
「その一歩がそのまま、牌効率の差と捉えてください。事実、先ほどの対局。高岡さんがもう一巡早くテンパイしていれば、リーチをしていた私は振り込んでいました。そうしたら、順位は入れ替わっていたはずです」
遥の厳しい指摘に、巡と良子は同時に俯いてしまった。勝てるチャンスを逃してしまったのは事実だったからだ。
「今行ったのはたった三回ですが、数をこなせばこなすだけ、確率はそのまま差となって現れてきます」
「り、理屈はわかるんですが、難しくて……何かコツとかはないんですか?」
巡の助けに答えてくれたのは、志信だった。
「巡ちゃんは、難しく考えすぎだと思うよ」
「谷本先輩……」
「恐らく、だけど。巡ちゃんは、『~が欲しい』と思いながら、手を作ってないかな?」
「は、はい。そうですけど……」
志信の発言が図星だった巡は、たじろいでしまう。
「人間の目ってさ、何かを見ようとすると、その周りが見えなくなっちゃうんだ。だから、順番を待つ時は、『~が欲しい』じゃなく、『~が来たらどうしよう』と考えるようにすると、いいと思うよ」
「そっか。そう考えると、予想外の牌を引いた時、対応しやすいですね」
志信の話を理解したのか、良子の顔がパアッと明るくなる。対照的に、巡の表情は浮かないままだった。
「ううん。私はどうもピンとこない……。やっぱり私、頭悪いのかな……」
「それほど落ち込む必要はありません。牌効率に関して言えば、私や志信も、完璧に出来るわけではありませんから」
「そ、そうなんですか?」
予想外の遥の言葉を受けて、巡は顔をあげたのだが、遥の表情は何故か曇っていた。
「確率の高くなるよう捨て牌を選ぶためには、自分の手牌、周囲の捨て牌、ドラ表示牌など……目に見える牌の数を、全て把握しておく必要があります」
遥は卓にある牌をいくつか指し示すと、左手で移動させながらグッと握った。すかさず逆方向にあった右手で卓を叩くと、その音に驚いた巡と良子が、一斉にそちらへと目を向ける。
「ですが、状況把握に気を使いすぎると、周りのテンパイに気づかずに、うっかり放銃してしまった……なんてこともあります」
「そうなんですよね。色々考えると、他のことにまで気が回らなくて……」
確率の話はよくわからなかったが、今の話は理解出来たようだ。事実巡は、今回手牌を上手くそろえようとするあまり、他のメンバーのリーチに気づかず、放銃してしまうことすらあった。
「ですから、通常麻雀を打つ者は、状況把握は最小限に留め、周りの状況を優先する場合が多いのです」
「難しい……ですね」
良子は眉をしかめていたが、遥は唐突にため息をつく。しかしそれは、巡や良子に落胆したというわけではなかったらしい。
「ですが中には例外がいて、一瞬で、見える牌全てを把握、記憶してしまうものがいます」
「そ、そんな人がいるんですか?」
遥の言葉に、巡は驚きを隠せなかった。言うのは簡単だが、実践するのは至難の業。実際体験した彼女には、そのことがよくわかっていたのである。
「ええ。単純なことですが、そのことがもたらす影響は、大きいものです。何せ、保持している情報をそのまま、読みに応用できるのですから」
「ふぇぇ、プロの人はすごいんですねぇ」
良子の言葉に、遥は突如真剣な視線を向けた。
「プロではありません。私達と同じ学生……。そのものは去年。その力を使って、大会を制したのです」
「去年の大会を制した、って……もしかして、その人……!」
「東征学園二年、『坂下 美乃理』。『ロジック』と呼ばれる、彼女の……能力です」
突如告げられた名前に、巡は一瞬気が遠くなったような気がしていた。
プチ麻雀講座
・牌の揃え方について
麻雀でアガれる人は一人だけなので、何よりも『スピード』が優先されるのだけど、早くアガるためには、上手に牌を揃える必要があるんだ! ここでは上手に牌を集める方法である『牌効率』について考えてみるね。
二三四④⑤⑥⑦⑧⑨3456
まずこの手牌について考えてみよう。テンパイしているんだけど、何待ちかわかるかな?
答えは「3」と「6」。アタマがない状態だから、同じ牌が二つ必要だね! 「3」か「6」があれば、四面子+一雀頭になるのがわかると思うよ!
二三四④⑤⑥⑦⑧3456北
先ほどから一つ戻した状態の、この手牌について考えてみよう。状態は「イーシャンテン」なのだけど、何がくればテンパイになるかわかるかな?
答えは「③」「⑥」「⑨」「3」「6」「北」だよ! 先ほどのテンパイ状態から考えるとわかりやすいね! つまり足りない牌が何かを考えるんだけど、どの牌をアタマにするか考えてみると良いよ。この場合もやっぱりアタマがないから、どの牌が二つになればテンパイになるかを考えるといいんだね。
ちなみにこの状態だと、テンパイするために必要な牌の総数は4*6種類で、持っている牌を除くと、21牌ということになるよ! この数が多ければ多いほど、良形のイーシャンテンということになるね!
こんな感じで、どの牌を切れば、有効牌の数が多いかを考えながら手牌を進めていくといいんだ! 最初は難しいけど、慣れてくると自然に出来るようになってくるよ!
・「国士無双」について
麻雀で唯一(七対子を除く)、四面子+一雀頭でない形でアガれる役だよ! 割とよく見かける三大役満の一つなんだけど、ちょっと揃え方が特殊なんだ。例を記述するね。
一九①⑨19東南西北白発中中
こんな感じで、全ての一九字牌を揃えて、その中の一つをアタマにすれば、アガることが出来るんだ。上の形から「中」を一つ取り除くと、アタマが足りない状態になるのはわかると思うんだけど、その場合はなんと『十三面待ち』になるんだ!
これが麻雀で言うところの最多面待ちにあたり、この形の国士無双はダブル役満扱いになるよ! 一度はアガってみたい役だね!
・「九蓮宝燈」について
麻雀で最も達成が難しい役と言われていて、当然役満になるよ! 条件というよりは、決まった形を揃える必要があるので、例を挙げて説明するね!
一一一二三四五六七八九九九九
こんな感じで、同じ種類の数牌(ルールによってはマンズでないとダメな場合もある)の「一」と「九」を三つ所持、残りを全て一つずつ揃えて、いずれかの牌をアタマにする必要があるよ! 鳴くと達成出来ない上、完全にこの形にするのはものすごく難しいんだ! これでアガると死んじゃうんじゃないかとまで言われているよ!
国士無双と同じく、待ち形によっては『九面待ち』になる、多面待ち可能な役満でもあるんだ。上の形から「九」を除くと、「一」~「九」の牌全てがアガリ牌になって、ダブル役満になるよ! この役でアガれたら拍手喝采間違いなしだね!!




