第十話 ~本当の麻雀~
『南四局』 親:『黄泉』 ドラ:『②』
始まった黄泉と武田の最終戦。第一ツモを掴んだ黄泉は、ゲンナリとした視線を武田へと向けていた。
(あいつ、またあんな見え見えのイカサマしおって……)
武田がやろうとしていること。それは『ぶっこ抜き』と呼ばれるイカサマだった。予め自分の山の端に飜牌を仕込んでおき、皆が理牌(牌を見やすいように並べ変えること)している隙をついて、すり替えを行うのだ。
麻雀における、最も初歩的なイカサマだった。
(仕方ない。少しばかり脅かしてやるか……)
黄泉は小さくため息をつくと、素早く両手を前後させた。時間にして、一秒にも満たないであろうその動きを、確認できたものはこの場にはいなかったようだ。
「どうした? 早く第一打を……」
中々牌を捨てようとしない黄泉を不思議に思ったのか、武田が問いかける。しかし黄泉は首を小さく横に振ると、ゆっくりと手牌を前へと倒した。
「……悪いな。アガっているようだ」
黄泉の手牌を見たその場の全員が、一斉に目を見開く。しかしよくわかっていない巡だけは、おろおろと周囲を見渡していた。
【黄泉の手牌】
東東東南南南西西西北北北白白
「うむ、これはすごいな。天和、大四喜、四暗刻、字一色の五倍役満だ」
ニヤニヤする黄泉を見て、武田がプルプルと全身を震わせる。
「ふ……ふざけるなーー!! そんな見え見えのイカサマ! 認められると思うのか!?」
武田の怒りはもっともだっただろう。このようなアガリ、イカサマ以外にありえなかった。
「ほう? では貴様の見え見えのイカサマは許されるのか? ちなみにイカサマとは、現場を掴まない限りはただの水掛け論にすぎないのだぞ」
黄泉の指摘に、一瞬武田の表情が強張る。しかし黄泉はやれやれと両手をあげると、そのまま手牌を崩した。
「なぁに、ただの冗談だ。一応釘を刺しておいたまでだよ。チャチな小細工はするもんじゃない、とな。何なら、チョンボの一万二千点をくれてやってもいいぞ?」
「い……いらん! さっさと親をやり直せ!!」
黄泉のあまりの余裕に、武田は怒りを抑えることが出来なかった。かろうじてプライドが勝ったのだろう。黄泉の施しを拒否すると、フーフーと息を荒げていた。
「やれやれ、人の好意は素直に受け取っておけば良いものを……」
黄泉はワザとらしくため息をついた後、牌をかき混ぜる。そうして南四局が再度やり直されることになった。
『南四局』 親:『黄泉』 ドラ:『八』
再び行われる南四局。さすがに今度は武田の方もイカサマをするのは止めたようだ。理牌を終えた後、血走った目で黄泉の方を睨んでいた。
そんな武田などどこ吹く風で、黄泉は颯爽と第一ツモを取ってきた。
【黄泉の手牌】
二四八八③④⑤12357発三
(やれやれ、全くもってつまらんな)
黄泉は心の中で、盛大にため息をついていた。既にテンパイ状態の黄泉は、ダブルリーチをかけることも出来たのだが、またイカサマと言われるのも、非常に不本意だった。
(何より、あっさりと勝負を決めてしまってもつまらん。少しばかり遊んでやるとするか……)
そう決めた黄泉は、あえて必要牌の5を切っていった。
【武田の手牌】
一四五五七八九③④⑤123三
八巡目、武田は有効牌を引き、テンパイに至っていた。そのまま武田は次のツモ牌へと目を落とす。
(次の私のツモは五……。リーチをかけなくても、ツモあがれば私の勝ちだが、どうする……)
武田はリーチをかけるべきか、悩んでいた。本来なら華麗にリーチ一発ツモを決めて、勝利を飾りたいところではあるが、いかんせん相手の得体がまったく知れないのである。
(……まあいい。ここはリーチをかけずにアガる道を選ぼう。静かにただ勝つ。それこそプロの打牌というものだ)
武田は小さく息を吐き出すと、不要牌の「一」に向けて手を伸ばした。しかしその時、不意に黄泉が呟く。
「……私からの忠告だ。今貴様が捨てようとしているその牌。切らない方がいいぞ」
それは黄泉の挑発とも取れる言葉だった。その発言を受けて、武田の手が止まる。
「……どういう意味ですか? 何か私を動揺させるための作戦ですかな?」
武田は若干緊張した面持ちで尋ねたが、黄泉は大げさに両手を上げてから答えた。
「リーチをかけるかけないは貴様の自由だが、どのみちその牌を切った時点でゲームオーバーだ。負けたくないなら、手を回すことをお勧めしよう」
(……ふざけるな!!)
怒り心頭の武田は、危うく卓に両腕を叩きつけてしまうところだった。かろうじて感情を抑えると、ゆっくりと黄泉の手牌に視線を移す。
【黄泉の手牌】
八八八③④⑤123発発発?
牌の背にガンをつけていた武田には当然黄泉の手牌が何なのかわかっていたのだが、黄泉の右手で覆っている一番右の部分だけが何なのかわからない。どうやら黄泉は、意図的に一牌だけ隠しているようだ。
(まったく、ふざけたことを。この牌を通せば私の勝ちなんだ!! ここで降りてどうなる!?)
なんせ次の牌は、武田のアガリ牌なのである。黄泉の手は発ドラ三のマンガンは確定しているものの、「一」は既に場に二枚切られているため、残り一牌。そのことからも、ここで武田が振り込む可能性は限りなく低かった。
(ハッタリだ。ハッタリに決まっている。挑発することで、私を勝負から降ろそうとしているだけだ……)
武田は大きく息を吐き出すと、掴んでいた「一」から手を離した。切るのを止めるのかと思いきや、そうではないようだ。
「いいでしょう。あなたの挑戦……受けてたちます。私はここでアガリを取り、正々堂々と勝負を決めるとしましょう」
武田は自分の点棒入れに手を伸ばすと、そこから千点棒を掴む。そして高らかに宣言した。
「……リーチ!!」
武田は改めて、不要牌である「一」を河に向かって叩きつける。その様子を見た黄泉は、急に真剣な表情に変わると、真っ直ぐに武田の目を見据えた。
「……馬鹿が。せっかくの忠告を無視して、負けに走るか」
黄泉はまず、右手を添えていた一牌だけを前に倒す。やがて姿を現す「一」に、武田は思わず目を見開いた。
「発ドラ三。マンガン。逆転だな」
そのまま黄泉は、ゆっくりと残りの牌も倒していく。全て晒された手牌を見た武田は絶句したが、何が何だかわからない巡は、やはりおろおろと周囲を見渡すのだった。
プチ麻雀講座
・「天和」について
親が第一ツモ(配牌時点)でアガっている状態のことを言うよ! これを「天和」って言って、アガると死ぬんじゃないかってくらい珍しい役なんだ! 当然役満で、親であることもあり、全員に何もさせることなく一万六千点ずつ奪い取る極悪な役だよ! ある意味麻雀で最強かもしれないね!(ちなみに作者は一度やられた経験があります( ;∀;))
・「大四喜について
東南西北をそれぞれ三つずつ集めることで達成出来るよ! これも役満で、場合によってはダブル役満(六万四千点)になる、超強力な役なんだ! 鳴いても認められるんだけど、それでも滅多に見られない珍しい役だよ!!
余談だけど、東南西北のいずれかをアタマにする以下のような形を「小四喜」といって、これも役満になるよ!
123東東東南南南北北 西西西
こちらはダブル役満にはならず、普通の役満扱いになるんだ!
・「字一色」について
手牌を字牌のみで構成することで達成出来るよ! これも役満で、かなり難しい役なんだ。鳴いても認められるけど、大体途中で警戒されちゃうから、作るよりアガる方が難しい役なんだよ!
・役満の重複について
役満って麻雀の役の中でも別格扱いされるため、通常の役と同時に達成できないんだ! ただし役満同士だけは別で、手牌が複数の役満の条件を満たしている場合、その数の分だけ得点は跳ね上がっていくよ。
本編で黄泉が達成した手牌は本当にあり得ない形で、自然に出来る確率は、宝くじ一等を当てるくらい難しいんじゃないかな!
・「ダブルリーチ」について
親子問わず、配牌時点でテンパイしている時にかけられる特殊なリーチのことだよ! 普通のリーチと違って役が二つつくんだ! しかも河に全く何も捨てていない状態のリーチだから、待ちが全く読めないんだ!!
・「一発」について
リーチをかけてから、自分の次のツモまでにロンないし、ツモあがりを行うと発生する特殊役のことだよ! 狙って出来るものじゃないけど、役が一つつくんだ! この役があるから、誰かがリーチした直後は、極力危ない牌は切らない方がいいね!
・リーチの「成立タイミング」について
鳴かずにテンパイした状態でリーチがかけられるのは、何度か説明したけれど、リーチの成立するのは、不要牌を誰もアガらなかった時なんだ! 本編では最後の武田のリーチに合わせて黄泉がロンをかけているから、このリーチは不成立になるよ! 本来場に支払う千点棒は元に戻せるのだけど、もう決着はついちゃってるから意味ないね!
・「アガリ止め」について
南四局の時の親がアガった時点で、所持点数がトップの時に限り、その時点で半荘を終了させることが出来るんだ!(その判断はアガった親が有している)。これを「アガり止め」っていうんだけど、確実にトップで終了したい時に下す判断だね!
本編ではラス親が黄泉で、アガった時点でトップになっているし、得点差に意味はないから、当然終了を選択しているよ!
・「チョンボ」について
麻雀を打っている時に「やってはいけないこと」をやっちゃった(例:違う牌でアガってしまった等)時に支払う、罰金みたいなものだよ! マンガン分を場に支払う必要があるんだ! 初心者は結構色々やっちゃうんだけど、落ち着いて一つずつ覚えていけば大丈夫だよ!