偽桃太郎
この村には、大変風変わりな名前をした人がいる。桃太郎という青年は、村生まれの村育ちで、決して桃から生まれてきた訳ではないらしい。寧ろ彼は出生に関する話題をとことん避けており、桃太郎だから桃から生まれた、という弄りを本人は強く嫌っている。そして何よりも、桃太郎だから鬼退治に行きたがる訳ではなく、人並みに鬼を恐れている。特に起伏もなく、生まれてこの方模範的な人生を送ってきた彼であったが、最近妙にかしこまっており、前までの豊かな顔つきが、今では真剣そのものの表情を貫いている。
桃太郎「ああどうしよう、これは僕にとって人生最大の決断のような気がする。こんな事で悩んでいるようじゃその時点で駄目なのかも知れないが…そもそも彼奴を倒せるような人間がこの世に存在するのだろうか。仮に、選ばれし人間が存在したとしても、僕な訳が無いじゃないか。鬼退治なんて一言で言えるけど、そんな簡単な事じゃないことぐらい分かってるけど…」
彼が考え事に耽っていると、家の呼び鈴が声高に鳴り響いた。彼は訪問客が分かった様子で、直ぐに扉を開けた。
雪乃「今日は、桃太郎君。そんな暗い顔してどうしたの?一昨日のあの事件の事、もう知ってる?」
桃太郎「そんなこともう知ってるよ。いや、実はその事で僕は悩んでるんだ。村の会議中に突然現れた青年の事だろ?彼奴、桃の中から出てきたらしい。小雪と言ったかな?最近村にやって来た人が川で発見したんだってな。」
雪乃「そうなの!桃から出てくるなんて凄いじゃない?びっくりするよね!でもそんな事霞んじゃうぐらいに私は嬉しかったの。あの人、率先して村の為に鬼退治をしてくれるんだって!本当にやってくれそうで期待してるの。」
こんなに喜んでいるのは、雪乃が鬼の被害者の一人であるからだ。しかし、彼女が直接被害を受けた訳ではないらしい。彼女の母親が鬼に殺されたのである。母親と入れ違いでこの世に生まれてきた雪乃は、生まれてこの方村の養護施設で大事に育てられてきた。悲しみを背負って生きてきたからなのか、大切に育てられたからなのかは分からないが、彼女は村一番の優しい心を持った少女であった。
桃太郎「でも桃から生まれた奴にろくな奴いねえよ。彼奴に鬼を退治できる訳無いんだって。あんな奴に期待するだけ損だぜ。」
小雪「なんでそんな事言うの。彼が退治しなかったら誰がしてくれるって言うのよ!もう桃太郎君なんて知らない。貴方みたいな人は、何にもできない癖に安全な場所から文句ばっかり。そんな人が一番嫌いなの。私もう出てくわ。もうすぐ鬼退治の出発式があるから一緒に行こうと思ってたけど一人で行く。」
彼はより一層暗い気持ちになった。自分が鬼を殺せるぐらい強い男だったなら、どんなに嬉しかっただろう。その事を考える程、小雪との距離が離れていくような気がした。
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