偽桃太郎
とある山の麓には、盛んな勢いで流れる川があった。その日は久しぶりの小春日和で、村人達はいつもよりも少し幸せな気持ちで、その日を過ごしていた。丁度、一個の大きな桃が、1人の小悪魔を運んでその川に揺られながら、国境の辺りに差し掛かる頃、この村の人々はそんな事は知る由もなく、呑気に会議を開いたが、全く話し合いが進まないままその日が暮れた。解散のムードが漂う中で、ようやく村長がビクビクした様子で、この会議の方針を小さなホワイトボードに書き始めた。
村長「あの、遅くなってすいません。今回の会議は、我々の宿敵の、あの鬼の様子を誰が偵察しに行くかを決めることです。希望してくれる方は挙手をしてくれると…」もちろん、この村にそんな勇気のある者は1人も居なかった。この話し合いが始まると察した人の中には、隠れて部屋を出ようとする者さえいる。今年21歳になる、この村では貴重な若さを誇る女性は、席が扉の側である事を利用して、こっそり部屋を後にした。部屋を出た後もゆっくりはしておられず、村の河川敷まで心臓を躍らせながら慌てて走って行った。到着し一安心しようとしても、安心が益々逃げて行くのが感じられる。雪子はこの村に来てまだ一週間も経っていない。どうやって来たのかも自分では全く覚えていないらしいが、何故か水に濡れていたのは記憶しているらしい。会議室を逃げ出してからはずっと走ってきたので、飲み水を求め、すぐそこの川まで歩いて行った。水を手で掬うと、その手にゴスンと何かがぶつかる感じがした。ハッとした雪子はそれを見たとほぼ同時に夢と現実を行ったり来たりした感覚に陥った。巨大な桃のようなものが雪子の手に、運命かのように辿り着いたようだった。彼女は不意に閃き、村長へのお詫びの品にこれを送ってやろうと考えた。雪子の手に流れ着いたこの大きな大きな桃の見た目をしたものは、川岸に転がり込んで漂着した。今すぐにお土産としてこの大きな桃を持って帰ろうと決めた雪子は、その桃を転がしながら村の会議室まで戻って行った。
雪子「村長!あそこの川に、大変大きな桃が流れてやって来ました。これを鬼への貢物にして、鬼と和解を図ってやりましょうよ!」村長は腰を抜かして立ってもいられない様子であった。村長だけでなく、会議室に集まっていた村民全員が、悲鳴をあげた。それは、桃があまりにも大き過ぎて、化け物みたいな桃を畏れていた訳ではなく、ただ単に、その大きな桃から血気盛んな青年の姿をした人間が生まれてきたからである。おまけにその青年の肩には大人しそうなキジが一羽、何食わぬ顔で乗っている。村民全員が、その名も「桃太郎」と名付けたくなるようなその姿と、奇妙な現れ方は、本来のそれとは少しばかり違った雰囲気に包まれていることは、この時代の人々には知る由もなかっただろう。彼は、鬼を退治してくれそうな勇敢な瞳で、村長を発見した。
偽桃太郎「貴方が村長さんですか、何故そんなにビクビクしているのでしょう。そんなに驚かれたら私だって、とてもいい気持ちがしませんよ。」
村長「君は何者だ…桃から生まれる青年など、私の人生で見たことも聞いたこともない…」
偽桃太郎「桃から生まれるのは決まり事なんです。ニワトリが卵から生まれるのと何ら変わりはないのです。それに、人間はお腹の中から生まれてくるらしい。それの方がよっぽど奇妙じゃありませんか。それよりあなた方は何をしておられる?」自分が一番ビックリしていると言いたげな雪子が上ずった声で言った。
「この村を破壊しようとする鬼を誰が偵察しに行くか決めている所なのよ…」
偽桃太郎「偵察?そんな事は必要ないです。今すぐにでも私が退治しに行きましょう。鬼、でしたっけ?村長さん。」偽桃太郎は含み笑いを押し殺し、優しい笑みで村長に向かって宣言した。村の全員の緊張がようやく解放され、さっそく明日に開かれる歓迎会の準備に取り掛かった。彼が鬼を退治しに行く日程は、落ち着いてから決める、と村の総意で決定していたが、その日の夜には、既に鬼と逢っていた事が最近証明されたらしい。
続編へゴー!




