また3人で。
5月7日(木)
早朝、雨が屋根を叩く音でマオは目を覚ました。
「雨か」
マオが2年生になり始めての雨。
朝の支度を終えたマオは黒い傘を持って寮の出入り口前に到着した。
「おはよう」
既に出入り口に到着しマオを待っていた晋二とユウキ、遥にマオは声を掛ける。
「おはよう〜」
ピンク色の傘をさした遥が笑顔で返す。
「おはよ!」
「……おはよう」
青い傘の晋二と透明な傘のユウキも返事をする。
「遥、朝は久しぶりだね」
「4月号の校内新聞が無事に書き終わったしね〜 これでやっと一緒に登校できるよ!」
マオと遥が何気ない会話をする。
「今日は雨か〜 俺あんまり好きじゃないんだよな、靴が濡れるし」
晋二は雨空を忌々しそうに見つめる。
「たしかにね! 着替えとかタオルとか荷物も増えるし」
遥が晋二に賛同する。
「……でも、雨が降らないと困る……1ヶ月以上も降っていない」
ユウキが空を見ながら呟く。
「じゃあ行きますか」
マオの言葉を合図に4人は学校へ向かう。
学校へ到着したマオは自分の席に荷物を置いた。
「おーす」
「おはよう猛」
猛が右手を挙げてマオの席へ歩いてくる。
「時差ボケ、どうだ?」
眠そうな猛がマオに質問をする。
「帰国した昨日は酷かったけど、眠さを堪えて22時に寝たから今日はなんとか大丈夫かな」
マオは平然と答える。
「まじか! 俺、帰国して朝そのまま寝ちまったから夜寝れなくて、そのせいで。ふぁ〜ぁ」
猛は大きなあくびをした。
「おはよう、マオ」
マオと猛が話していると1人の男子生徒がマオに話し掛けた。
「正輝、おはよう!」
最近では全く話し掛けてこなかった正輝が久しぶりに話し掛けてきた事を嬉しく感じたマオは笑顔を見せた。
「ハワイは楽しめたか?」
「ああ、今度は一緒に行こうな……」
正輝の目つきにマオは微かな違和感を覚えた。
「ソウダネ」
正輝はそう告げると自分の席へと帰ってしまった。
「あいつ、本当にどうしたんだ最近?」
隣の猛が不思議そうに席に着く正輝を見る。
「わからない」
マオが複雑な表情をした。
「みんなさん、おはようございます」
予鈴と同時に白衣姿の砂田が教室に入る。
「あれ岸田は?」
「砂田先生?」
生徒たちは疑問に満ちた表情をしている。
「岸田先生は終日、夢図書館本部に行っています。なので今日は私が代わりです」
棒読みの砂田が岸田の不在を告げた。
午前中の授業が終わり昼休み。
正輝は自分の席を立ち校舎南館へ向かう。
(今……行くよ遥…………)
正輝の顔には表情がない。
「ここか……」
正輝は校舎を移動して南館5階の第3研究準備室の前に到着した。
(これでやっと……また…3人だけの時間が……待っていてくれ遥、マオ…俺が今、助け出す……アトシバラクノシンボウダ)
正輝が秦から受け取った銀色の鍵を取り出して、第3研究準備室のスライドドアを開けた瞬間、遠吠えと共に300体の狼が一斉に飛び出す。
「うわーーーーぁ」
驚いて尻餅を着く正輝を避け猛スピードで解き放される狼の大群。
「待って正輝!! きゃあーーーーぁ」
狼の大群が近くにいた遥に襲い掛かる。
(今の声って、まさか!?……何で遥がここに? ……)
遥の悲鳴が聞こえ正輝は後方を振り向く。
「……はるか? 遥ぁーーー」
正輝の悲痛な叫びが廊下に響き渡る。
時間は遡り 8時10分。
マオたちと登校した遥は自分の席に荷物を置くと、1人の生徒を目で探す。
(あっいた!)
目線の先には正輝がいた。
(あ!! 今日はマオと話してる! 仲直りできたのかな?)
遥は久しぶりにマオと話す正輝の姿を見て嬉しそうに笑った。
(よし、行ってみよ!)
勇気を出した遥は、ハワイで買ってきたお土産のマカダミアナッツのクッキーがカバンに入っている事を確認し立ち上がった。
(今日は2人でお昼食べて、その後にお茶しながらクッキー食べて、正輝に告白しよ!)
「よし!」
遥は両方の頰をペシっと叩き席を立つ。
(あれ、まさき……?)
遥はマオと話し終わり振り向いた正輝の表情に違和感を覚える。
(あんな正輝の顔見た事ない……)
表情が全く無く刃物のような目つきの正輝に恐怖を感じた遥は再び座ってしまう。
(……本当にどうしちゃったんだろ……)
遥は笑顔が作れずに俯く。
それから遥は休み時間の度に正輝となんとかして話そうと試みるが、正輝の普段とあまりにも違う表情に話し掛ける事ができなかった。
(もう、こんな時間)
気づけば時間は昼休みになっていた。
(私は正輝が好き! 多分、正輝は今何かで苦しんでいる。私が逃げてちゃダメ、まずはしっかり話をして正輝の支えにならないと)
遥はお土産のクッキーを手に持って正輝の席に向かう。
(あれ、正輝は?)
正輝の席は空席になっていた。
「いた!」
辺りを見回すと教室から出る正輝を発見した。
「正輝!」
呼び掛けるも正輝は反応しない。
「あれ?」
遥も教室から出て正輝を追いかける。
「正輝、ちょっと待って」
遥は再び呼び掛けるも正輝は振り向かない。
(あれ? なんでこんな方向に? 昼休みだから購買や学食のある1階に行くと思ったのに)
遥は正輝が南館へ向かう事に疑問を持つ。
(もしかしたら、これで何かが分かるかも!)
正輝の変化の原因が分かると思った遥は正輝の後を尾行する事にした。
(ふふ! 新聞部で尾行や張り込みは慣れてるよ〜!)
正輝が第3研究準備室の前で止まった。
(あれ? ここって司書専門の私たちに関係あまり関係の無い場所のような?)
正輝が鍵をズボンのポケットから取り出す。
(あれは鍵? なんで正輝が持っているの? 担当の先生が厳重に管理しているのに、なんで正輝のポケットから?)
「待って正輝!!」
何かを察した遥はドアを開こうとする正輝を止めようと走り出す。
突如、スライドドアから飛び出した300体の狼の大群は遥を目掛けて襲いかかった。
「きゃーーーぁ」
身体中を強烈な力で噛まれた遥は一瞬にして意識を失った。
突然現れた狼の大群に襲われて血まみれで倒れる遥。
「………………」
正輝の頭はすぐに現状を理解できなかった。
(何で……遥がここに? 秦さんは3体って言ってたし……人は襲わないって言ってたし……じゃあ目の前の光景は? なぜ目の前の遥は血を流して狼に襲われている?)
そして正輝は目の前で起こった事態を理解した。
「……はるか? 遥ぁーーー」
「やめろーーぉ!!!」
正輝は叫ぶが狼たちは遥への攻撃をやめない。
「なにを……なにをやってんだぁーーーぁ」
正輝は1mの鉄パイプを創造すると1体の狼に殴り掛かる。
鉄パイプはタイヤを叩いたような鈍い音を立てて狼の頭にヒットした。
鉄パイプが狼に当たった瞬間、ターゲットは遥から正輝に変わり飛び掛かる。
狼の牙が近付いてくる刹那、正輝の頭に秦の言葉が過ぎる。
「あなたは危害を加えなければ襲ったりしませんので」
(そうか……俺って騙されたのか……なんで? シンさん)
正輝は身体中を10体の狼に噛まれ薄れゆく意識の中で自分が騙された事を悟る。
「……遥は?」
昼休み遥を探すユウキ。
「あれ? さっきまで席に座っていたのに?」
晋二も不思議そうに誰もいない遥の席を見る。
「さーな、浦和は友達多いし、そっち行ったかもな」
遥が正輝を追い掛け教室から出たのを見た猛は2人の邪魔をしまいと話をはぐらかす。
「たしかに遥は人気者だからね」
マオは納得した様子で話す。
「じゃあ、今日はこのメンバーで昼食だね」
晋二が財布をカバンから取り出す。
「そうだな〜 そうと決まったら購買へレッツゴー! 腹減ったメシメシ飯〜」
上機嫌の猛が購買へ向かおうと教室のドアに手をかけた瞬間。
「緊急連絡! 緊急連絡!」
学校中のスピーカーから放送が入る。
「なんだ?」
猛が振り向く。
「これは訓練ではありません。校舎南館内にランクCの夢獣が大量に発生、原因は不明。生徒、教員は落ち着いて校庭に避難して下さい、司書専門の生徒は絶対に応戦しないで下さい」
「きゃーーー」
「えええ!? マジかよ?」
校内放送が終わると教室がパニック状態になる。
「早く逃げないと」
生徒が一斉に我先と他を押し退けて避難しようとする。
「みんな!!! 落ち着いて!!!」
普段から口数の少ないユウキの大声が教室に響き渡る。
「え? 今の声って相川さん?」
驚いた生徒たちの視線はユウキに集まる。
「……落ち着いて! 歩いて避難して下さい……私と五木司書は1年生と3年生の避難を支援します」
ユウキの指示で生徒たちが避難を始める。
「くそ! 岸田司書長や他の司書課の先生が不在のこのタイミングで」
晋二が怒りを露わにする。
「……五木、今はそんな事を考えちゃダメ……みんなを安全に避難させる事が最優先」
「ああ、すまん。ふぅーー」
冷静なユウキは晋二を宥め、晋二は1階の1年生をユウキは4階の3年生の教室へ向かう。
降りしきる雨の中、2人の司書の活躍でスムーズに校庭への避難を済ませた生徒と教員。
「先生、現状は?」
晋二が男性教員に質問する。
「第1発見者の研究者専門の男子生徒は逃げる途中に転んで軽傷の打撲。校舎南館と本館をつなぐ廊下に防災用のシャッターを下ろしたが、いつまでもつか」
暗い表情の男性教員。
「分かりました」
晋二が男性教員から後方へ振り向き、高さ1mの朝礼台を創造すると朝礼台に上がった。
「夢図書館、本部鈴木班、五木晋二! 只今から現場の指揮を取ります」
晋二が大声で話すと校庭にいる全員の視線は晋二に集まる。
「各クラス担任の教員、もしくはクラス委員は人員の安否確認を行い至急報告をお願いします」
晋二の指示通り教員が次々と生徒の安否を晋二に報告する。
「たく! 砂田はどこ行ったんだ?」
猛は不在の砂田の代わりにクラスの人数を数える。
「…おい……マオ」
青ざめた猛はマオに話し掛ける。
「どうした猛?」
「浦和と工藤がいない……」
「え!?」
猛が冷や汗をかいてマオに2人の行方不明を伝える。
「まさか、まだ校舎に」
マオは校舎へ向かい走り出した。
「待て、マオ! マオーーぉ」
止めようと猛が叫ぶがマオは校舎に向かった。
「……吉村君、どうしたの?」
大声をあげた猛にユウキが心配した様子で話し掛ける。
「マオが、浦和と工藤を探しに校舎へ」
「えっ」
茫然とした猛の返事にユウキが止まる。
ガラスが割れる音と共に割れた窓から狼の大群が飛び出した。
「もう来たか! 仕方ない、ユウキ頼む!」
「……分かった。ふぅーー」
ユウキは深呼吸をして集中する。
6秒ほどの時間で晋二とユウキ以外の校庭内の全員を覆う結晶で出来た透明なドームを創造した。
「すげぇ、こんな巨大なドームをあの短時間で」
ドームが完成する最中、男子生徒が思わず声を出す。
「……この中なら、大丈夫」
完成したドームに向かいユウキが話す。
「大丈夫じゃねえ! まだマオや浦和たちは校舎の中だ!」
「……マオなら大丈夫、きっと遥と工藤君を連れて帰ってくれる」
大声をあげる猛にユウキは優しい声で諭すように話した。
「……マオを信じよう」
「ごめん……」
まるで自分に言い聞かせるようにユウキは猛を宥めた。
「ユウキ、先生から本部に連絡をしてもらった。岸田司書長がこちらへ向かっている。俺たちに課せられた任務は、学校敷地内からランクCを1体も逃さない事」
狼が迫り来る中、晋二は両手に短剣を創造して話す。
「……了解」
(マオ、みんな無事でいて)
ユウキは結晶で出来た120cmの先の尖った槍を創造し両手で構えた。
「たく、連休明けの朝早くから召集かけやがって。まだ時差ボケで眠いのによぉ。ふぁ〜ん」
岸田はあくびをしながら夢図書館本部の第1会議室を目指し廊下を歩いていた、近未来的な造りの建物は内装が青白い壁で統一され、床は白いパネルで出来ている。
「大体こんな堅苦しい格好は嫌いなんだ」
岸田が着用している制服は装飾こそ他の司書と同じデザインだが色は黒ベースでボタンや縁などの装飾は金色で統一された司書長のみが着用が許されたものだった。
「おーぉ、岸田じゃねぇか! 久しぶりだなぁ! 相変わらずのダラけ具合で落ち着くぞ、わははは」
前方から熱苦しい声で話し掛けられる。
「コートの上2つは閉めなくても良かったはずだが」
岸田は自分のコートを見て反論する。
「違う! Yシャツとネクタイだ」
岸田のYシャツはシワだらけで第1ボタンが開けてあり、黒のネクタイが緩み切っていた。
「……うるせ〜なぁ、お前は生活指導の教師か?」
「いや! お前が教師だろ!! わははは」
「と言っても、その格好のお前には言われたくない」
「そうか?」
岸田の服装を指摘した大柄な男はボディービルダーのような体つきで、ズボンこそ黒の制服を着用しているものの、上は白いぴっちりとしたタンクトップ、右肩に制服のコートが掛けてあった。
「当たり前だ! お前は相変わらず熱苦しいな、雹丸」
「わはははは! 俺は変わらん」
――― 雹丸 恋 38歳 身長195cm 体重150kg大柄で髪型は黄色いベリーショートの日焼けが趣味、岸田とは学生時代からの友人で司書長の1人 ―――
「おお、剛に恋やないかぁ〜 えらい久々やなぁ」
関西弁も女が岸田と雹丸に話し掛けた。
「お前も相変わらずだな、崩巌」
岸田に崩巌と呼ばれた女性は夢図書館の女性司書はスカートを着用するが、男性と同じズボンで上半身は黒のチューブトップを着て露出度が高く腹筋が割れていた。
―――崩巌 雫 38歳 身長170cm 体重59kg 筋肉質で胸はDカップほど、髪は1cmに刈りそろえてある。
雹丸同様に岸田の学生時代からの友人にして司書長の1人 ―――
「おい! 司書長が3人も集まったぞ、レアだぞ! レア! 司書長は世界中に任務で動き回るから本部にはあまり帰ってこないけど」
「今日の会議じゃないか? 司書長が3人も出席するから大事かも」
「あの3人って、学生時代は同じクラスの友達ってのがすごいよなぁ!」
「たしかに、黄金世代ってやつだね」
「てか3人とも個性強!!」
個性的な3人の司書長は、会議室前に集まった他の司書の注目の的となった。
音を立てて扉が開く。
「おっ準備ができたみたいだな」
岸田の一言で雹丸と崩巌の2人と会議室に入る。
会議室は廊下と同じく青白い機械的な造りで窓は無く、奥には映画館のスクリーンのようなディスプレイと机がコの字型に並べてあり、入り口の右側の最前列に雹丸、岸田、崩巌の順番で座り、しばらくすると30名ほどの司書たちで席は埋まった。
「みなさん、早朝からご苦労」
ダークスーツを姿で紫色の七三わけの男性がコの字の中心に置いてある机の前に立つ。
(何度も見るがいけ好かない野郎だ)
岸田は男を睨む。
「相川 築総館長が任務で不在の為、副総館長の竹宮が今回の会議を進行する」
竹宮と名乗った男は偉そうに話し出す。
―――竹宮 陣 49歳 身体180cm 体重70kg オペレーター出身の夢図書館副総館長で営利主義にして冷酷な性格 ―――
「なにかな、岸田司書長?」
岸田の視線に気付いた竹宮が岸田を睨み返す。
「いや〜 なんでも〜」
岸田が適当に返す。
「では、緊急会議を始める。まずはここ3ヶ月で多発しているランクC、夢獣の大量発生で」
竹宮の発言中、会議室の扉が勢いよく開く。
「今は緊急会議中だがね」
入ってきた女性構成員を竹宮は睨む。
「たっ大変です。夢図書館高等専門学校に大量の狼型ランクCが」
「!?!!」
女性構成員の発言で騒がしくなる会議室内。
「岸田司書長、どこへ行く?」
席を立つ岸田に竹宮が質問する。
「どこ? 学校に決まってんだろ! 俺の生徒がいんだぞ!」
「なんだ、その口の利き方は!」
激怒する竹宮を尻目に岸田は会議室から走り去る。
「俺も行きますわ!」
「ほなぁウチも」
雹丸と崩巌も岸田の後を追いかける。
「あっああ」
竹宮は唖然と走り去る3人を見て立ち尽くす。
「クッソ! これだから司書は!」
竹宮は机を蹴り飛ばした。
(どこだ? どこにいる?)
「正輝ーーぃ遥ーーぁ! どこだーーーぁ!」
(教室、購買、学食、新聞部部室、遥たちがいそうな場所は探したが見つからなかった)
マオは校舎の中を2人の名前を叫びながら走り回る。
「もしかして避難したのか?」
マオは本館1階に戻ってくる。
(たしか、夢獣が大量発生したのは南館だったはず)
嫌な予感のしたマオは南館へ向かった。
(防災シャッターか)
本館から南館へつながる廊下は黒いシャッターで塞がれていた。
(瞬間創造)
マオは本館の窓から外に出ると南館の窓を創造したハンマーで割り中に入る。
「遥ーぁ! 正輝ーぃ!」
マオが2人の名前を叫び走る。
南館の1階、2階、3階、4階をくまなく探すが2人は見つからない。
「……はるか?……まさき?」
南館の5階の第3研究準備室前の廊下で血まみれで倒れている遥と正輝を発見する。
「……おい…なんだよ……これ」
マオは目の前の絶望的な現実に膝から崩れ落ちた。
「んっ痛」
「正輝!?」
マオは僅かに動いた正輝に急いで近付き首を抱きかかえる。
「正輝、しっかりしろ!!」
マオは必死に正輝の名前を呼ぶ。
「……ま…お?」
マオの呼び掛けに正輝は意識を取り戻す。
「よかった、今、助けを」
安心したマオが立ち上がろうとする。
「うっっうううっグズ……すまない」
泣きながら正輝は力なくかすれた声で口を開く。
「うっおでぇ、うううっ。マオと遥と、ながなおりしたくでぇ」
「正輝、大丈夫だよ、気にしてないよ」
涙ながらに謝罪する正輝にマオの目尻にも涙が溜まる。
「ううっ、おではだだぁ、また、3人でぇ。ながよくぅ」
「ああ、また3人で遊びに行こう」
「ううっっう、ほんどにずまねぇ」
「いいさ! すぐに助けを呼んでくるかたら待っていてくれ」
マオは左袖で目尻に溜まった涙を拭くと正輝の頭に自分の制服の上着を枕がわりに置き走り出した。
マオが南館1階に降りると行く手を阻むように1体の狼がマオ目掛けて突進してくる。
「邪魔だ」
マオは左手に日本刀を創造し襲い掛かる狼を切り裂くと狼は跡形も無く消滅し、ガラスが割れるような音と共に左手の日本刀は粉々に砕け散った。
雨が降る校庭は迫り来る狼の大群に晋二とユウキの緊張感が高まる。
「来るよ、準備はいい?」
「…………」
晋二の問い掛けにユウキは無言で頷く。
「はああああ!」
(応援が来るまでに少しでも数を減らすんだ!)
晋二は飛びかかる狼の首を短剣で突き刺すと狼は跡形もなく消滅する。
「…………」
ユウキは晋二を死角から狙う狼を棒で串刺しにしていく。
「あれが司書の戦闘………」
「すごい」
「俺たちよりも年下なのに………」
ドーム内の生徒と職員は晋二とユウキの戦闘を見守る。
(くそ! いつも教室で一緒に笑っている友達に力を貸すことさえできないのか。見ている事しかできないのか……俺は)
猛は自身の無力さに苛立ち拳を握りしめる。
戦況は多勢に無勢、次々と襲い掛かる狼に対し次第に追い込まれる晋二とユウキ。
(やはり、この数を相手に2人は厳しいかった)
圧倒的に不利な状況に晋二は狼から後方へ距離を取る。
「ユウキ、10秒だけ時間を稼ぐ、その間に俺たちが入れる檻を!」
「……了解」
晋二の指示を聞いてユウキは晋二より更に後方へ距離を取り檻のイメージを膨らませる。
(人間を襲う習性がある夢獣、特にランクCはドームのような密閉空間にいる人間はターゲットにしない。もし俺たちまでドーム内に入ってしまえば次のターゲットは学校敷地外の一般市民になってしまう。隙間のある檻の中なら夢獣の注意を引ける)
晋二は飛びかかる狼たちの首を寸分の狂いなく短剣で切り裂き倒していく。
(あと2秒)
ユウキの檻が完成する間際、両手の短剣は鈍い音を立てて粉々に砕ける。
(このタイミングで)
武器が破壊されバランスを崩し晋二は逃げ遅れる。
「五木ーーーぃ!」
完成した檻の中でユウキが叫ぶ。
倒れた晋二に1体の狼が距離を縮める。
(くそ、ここまでか)
晋二が死を覚悟した瞬間。
「晋二!」
左手にロングブレードを創造したマオが狼を切り裂く、狼は消滅しマオのロングブレードは粉々に砕け散った。
「マオ、よかった……」
檻の中のユウキは安堵した。
「大丈夫か晋二?」
「ああ、ありがとう」
マオは晋二の無傷を確認する。
「マオ! 後ろだーぁ! 逃げろーーーぉ」
ドームの中の猛が武器を破壊され手ぶらのマオに叫び掛ける。
「……」
マオは流れるような仕草で振り向き、左手に日本刀を創造し狼を切り裂いた。
(え!?!!)
突然の事にドーム内の人間は何が起こったか理解できていない様子。
「マオ逃げろ!!」
猛は再び叫ぶ。
マオが武器を失い再び手ぶらになると、すぐさま2体の狼が襲い掛かる。
マオは狼に両手を振り出す。
(瞬間創造)
マオは右手にロングブレードと左手にレイピアを創造すると2体の狼を同時に倒した。
「何なんだよ? あの創造スピードは………」
「一体なにが起こった?」
「あれが本当に学生か?」
ドーム内の生徒と教員はマオの戦闘を見て唖然とする。
(今、俺の目の前で何が起こっている?)
猛は初めて見るマオの瞬間創造に驚きを隠せない。
次々と飛びかかる狼を超人的な反応速度で切り裂くマオ、その度に瞬間創造で武器を創造する。
(やっぱりおかしい、夢獣は致命傷を与えると夢粉同士の結び付きが崩壊して消滅する。だけどマオの圧縮率は17%でランクCは最低でも65%。この圧縮率の差は、いくら刃物で攻撃しているとはいえ大したダメージにならない、けれどマオの攻撃を受けた狼は消滅している。俺の感じた異常なまでの攻撃の重さと威力、マオの攻撃は根本的に何かが違う気がする)
晋二はマオの戦闘に見入る。
「あいつ創造スピードも桁外れだけど、体術も化け物だ」
「俺たちと同じ学生があんな数の夢獣を倒して」
初めて見る瞬間創造に驚愕する生徒と教員たち。
(速く、もっと速く動け! 正輝と遥が!!)
マオは凄まじい速度で狼を倒していく、気付けば狼は残り10体ほどになっていた。
(くそ! マオの瞬間創造と動きが速過ぎて前に出れない、俺が迂闊に前に出ればマオの足手まといになってしまう)
晋二はマオの後方で立ち尽くす。
マオの両手からロングブレードが砕け散る。
(あと1体、待っていて正輝、遥)
残り1体になった狼がマオに襲い掛かる。
(瞬間創造)
マオは左手に日本刀を創造した。
(!?くっ)
マオが日本刀を掴んだ瞬間に創造した日本刀は粉々に砕け散った。
(しまった、集中力が)
250体以上の夢獣を倒し、その数だけ武器を創造したマオの体力と集中力は限界を超えていた。
「マオ!! くそがーーぁ」
晋二がマオを助けようと急いで前に出るが間に合うタイミングではない。
「マオーーーー!」
ユウキが叫ぶ。
(遥……正輝……ごめん)
マオに狼の牙が触れる瞬間。
銃声と共に狼は消滅した。
「はぁはぁはぁ、よくやった。五木に相川、そして瑠垣」
右手にコンバットマグナムを装備し息を切らした岸田が狼を撃ち抜いた。
「岸田司書長!!」
「……よかった」
岸田の到着に目を輝かせる晋二と槍で檻の柵を壊して外に出るユウキ。
「岸田先生! 遥と正輝が血まみれで倒れて」
緊迫した表情のマオは岸田に2人の負傷を伝える。
「なんだと?」
「こっちです」
マオの話しに焦る岸田はマオの後を走って追いかける。
「今、マオなんて言った?」
青ざめた晋二はユウキに問いかける。
「……」
ユウキはショックで答える事ができなかった。
「ちょっと待ってえなぁ〜」
「落ち着け岸田!」
崩巌と雹丸が岸田を追い掛けて校庭に到着した。
「あれ? 岸田は?」
(おかしい、大量のランクCが出現したと聞いていたが1体もいない!?)
雹丸が晋二に問い掛ける。
「こっちみたいです」
晋二とユウキは雹丸と崩巌を連れて校舎へ走る。
「おやおや」
同時刻、夢図書館高等専門学校から直線距離で5km離れた市街地、15階建の高層ビルの屋上に1人の男が立っている。
「彼は面白いですね」
セミロングの金髪と黒縁のラウンド型メガネを掛け、青いコートとパンツとネクタイに白いYシャツ、革靴を履いた執事のような服装をしている男は夢図書館高等専門学校の方角を向いていた。
(そろそろ計算通り司書長たちが到着する時間だけど、全滅した〜?)
男の脳内に直接聞こえた声は幼く中性的な印象だった。
「ええ、全滅です」
男は突然聞こえた声に驚く様子も無く返事をする。
(だよねだよね! 生徒が全員死んで悔しがる司書長たちの顔が目に浮かぶよ〜)
幼い声は笑って話した。
「全滅したのは夢獣の方ですがね」
(ええ? そんなバカな、僕の計算が外れるわけがないじゃん!)
予想外の結果だったのか、幼い声は強く否定した。
「それが、面白い誤算がありまして」
男はマオの戦闘の一部始終を伝える。
(へ〜ぇ、そんな人間がいるなんて、今日は1人も司書課の教師がいないから僕の計算には五木晋二と相川ユウキの情報しか入れてないよ。だって後の学生はゴミしかいないじゃん)
「そのゴミに、してやられたましたね」
(はああ? この僕が? その面白い生徒の情報があれば、とっくにあの学校は全滅してたよ。だいたい五木晋二と相川ユウキの2人だけならランクCが300でも多いぐらいだよ! 僕の計算は間違わないからね〜)
冷静な男のツッコミに幼い声は負け惜しみを言う。
「確かに計算は間違えていません。実際にランクC300体に、あの2人は対処しきれていませんでしたし」
(へへん! そーだよ! 今日はたまたま問題にイレギュラーがあっただけ)
「そうですね、私は一度そちらに戻ります。報告したい事ができましたので」
(へ〜ぇ、こっちに帰るなんて珍しいね。今じゃダメなの?)
「ええ、まだ調べたい事があるので」
男は冷たい目をした。
(わかった〜 僕から言っておくよ! じゃあ、またねシン)
「はい、それでは後ほど」
シンと呼ばれた男と幼い声の会話が終わると男は振り向いた。
「あれが正輝君の言っていた瑠垣マオ君ですか。ふふふ」
男は冷たい笑みを浮かべながらビルの屋上から姿を消した。
「はぁはぁはぁ」
マオと岸田が走っている本館から南館につながる通路を防災用シャッターが行く手を阻んでいた。
「瑠垣、離れていろ」
岸田が地面に右膝をついてしゃがみ込んだ。
「はい」
マオは後方へ3m距離を取った。
「アキュラシーインターナショナル AS50」
膝撃ちの姿勢の岸田は4秒ほどの時間をかけライフルを創造した。
強烈な銃声と共にシャッターが吹き飛ぶ。
「行くぞ」
「はい」
マオを先頭に2人は階段を上がり南館5階の第3実験準備室に向かう。
「正輝!! 遥!! 助けが来たぞ!!」
第3実験準備室が見えマオが安堵の表情で口を開く。
「工藤ーぉ!浦和ーぁ!」
岸田は2人の名前を叫ぶ。
「!?」
横たわる2人の周りは血がまるで水溜りのようになっており岸田の表情が曇る。
「先生! 早く2人に手当てを!」
「ああ」
焦っているマオを尻目に岸田は2人の首と目元を確認するように触った。
「くっ」
岸田は俯いたまま立ち上がった。
「岸田先生? 何を? 早く、早くしないと正輝と遥が」
マオが岸田の右袖を引っ張った。
「瑠垣、手を貸せ」
岸田が静かに話す。
「そんなの当たり前です。2人は友達なんですよ。だから早く」
マオが更に岸田の袖を引っ張る。
「ふぅ、2人の遺体を運び出す」
岸田は1回息をはき出し悔しさに滲んだ表情で告げた。
「えっ……」
マオは岸田の言葉の意味が理解できず引っ張っていた袖を離した。